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第3話『北の謀略』

東門での戦いは、骸の歩みから始まった。

反乱軍は南門に兵力を集中させている。籠城軍への連絡路を断つためだ。しかし、それは彼らにとって致命的な判断となった。東門の守りが手薄になっていたのである。


反乱軍の武者たちが、骸の姿を認める。噂に聞く織田の『頭狩り』。その正体を目の当たりにした者の多くは、もはやこの世にいない。朝もやの晴れた空の下、その姿は誰の目にも明らかだった。


「攻め手を集中させろ!」


反乱軍の隊長が号令をかける。しかし、その声には僅かな震えが混じっていた。隊長の目の前で、骸は歩みを止めることなく進んでいく。その姿には、不思議な違和感があった。腰の刀を帯びているにもかかわらず、まるでそれを意識していないかのような自然さ。雨上がりの空気の中で、その存在だけが異質に感じられた。


骸はただ歩く。

刀は鞘に収まったまま。その姿には不自然なほどの自然さがあった。まるで、刀を持っているという事実すら意識から抜け落ちているかのように。その様子に、戦場の空気が凍りついていく。地面に残された水たまりの表面が、かすかに震えていた。


反乱軍の武者たちが、次々と槍や薙刀を構える。しかし、誰一人として先陣を切ろうとはしない。彼らの目の前で、骸は呼吸をするように自然に歩を進めていく。その動きには、戦場にいることすら意識していないような、危うい安らかさがあった。雨に濡れた甲冑が、朝日に照らされて鈍く光る。


「何をしている!二十対一だぞ!」


隊長の叫びに、ようやく動きが生まれる。

三人の武者が槍を構えて突進してきた。泥濘を蹴立て、水しぶきを上げながら、彼らは骸に襲いかかる。しかし、骸の歩みは変わらない。その眼差しには、もはや彼らを見つめる意識すらない。ただ、「殺す」という一点に、全ての意識が収斂していく。


刀を抜く音は誰も聞かなかった。

三つの首が宙を舞う。その光景に、残りの武者たちが動きを止める。彼らには、今の一瞬で何が起きたのか、理解できなかった。


次の瞬間、さらに幾つもの首が舞い散った。骸の動きは誰にでも見えていた。しかし、その動きの中に、殺意も殺気も感じることはできない。ただ、無心の境地で行われる必然の行為として、死が訪れるだけだった。


最後まで残された武者たちの中から、震える声が上がる。

「撤退を!あれは——」

その言葉は途切れた。声の主の首も、既に宙を舞っていた。


骸は静かに守衛所の中へ入った。戦いの痕跡は、ここにも生々しく残されていた。床には散乱した書類、倒れた机、そして血の跡。しかし、その中に一つだけ、不自然な秩序が見て取れる。


奥の棚に置かれた一枚の書状。他の書類とは違い、丁寧に折り畳まれ、上質な紙が使われている。骸は静かにそれを手に取った。封蝋は既に割られており、誰かが慌ただしく開封した形跡があった。


文面を読み進めるうち、骸の目が僅かに細まる。そこには、隣国の大名の花押が記されていた。内容は明確だった。兵糧、武器、そして人員の手配について。反乱軍への詳細な支援計画が、克明に記されている。


「やはり」


骸の囁きは、誰に向けられたものでもなかった。信長の読みは正確だった。この反乱は、単なる一地方の騒乱ではない。隣国が仕掛けた、より大きな謀略の一部なのだ。


書状の端には、日付が記されていた。これが書かれたのは、ちょうど一月前。反乱の計画は、既にその頃から進められていたということだ。しかし、それを見抜いていた信長は、この時をただ待っていたのだろう。


骸は静かに書状を懐に収めた。これこそが、次なる戦いの口実となる証拠。信長の野望は、着実に北へと伸びていくことだろう。


南門では、まだ戦いの音が続いていた。しかし、それはもはや骸の関心を引くものではなかった。この戦いは、信長の次なる野望のための序章に過ぎない。骸はそれを誰よりもよく理解していた。


彼は静かに城内へと歩を進めていく。その足跡に、薄い血の跡が続いていた。朝日は次第に高くなり、戦場を照らし出す。その光の中で、血の跡はやがて乾いていくだろう。しかし、この戦いの記憶は、生き残った者たちの心に、消えることのない傷跡として残り続ける。

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