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第2話 アオシマ

夜。胸や腹のあたりに指先を刃物で傷つけた時のような鋭い痛みを感じてアオシマは飛び起きた。寝間着として着ていた淡い水色のシャツが自分の汗でびっしょりと濡れている。あわててシャツの襟を開けて痛みを感じた部分を確認してみるが特に目立った異常はない。


(この……痛みは)


『……知ってるくせに。自分のマガタマを他人に渡すからこうなるのさ』


どこかから低くくぐもった声がしてアオシマははっと顔を上げる。


「誰だ、なぜ……それを知ってる」

『何故?決まってるだろう、俺がやった事だからだよ』


頭の中ではない、別の声は《自分の口》からしている。


「どうしてそんなことをした。あれが大切な物なのは知ってるだろう!」

『もちろん、よ〜く知ってるとも。だからこそ試してみたくなった……本体から分離させたらどうなるのか』


自分の口を借りて自分ではない何者かが平然と言う。アオシマは頭を抱えた。なんなんだこいつは。


「とにかく……すぐに返してもらいに行く」

『今夜のKスポットの場所も聞いてないのに、どうやって彼女に会いに行くつもりだ?』


アオシマの考えを見透かしたのように別の声が聞いてくる。無視してベッドのそばに置かれたテーブルの上のスマートフォンを手に取る。今日の午前中に金本という女性が連絡用にと置いていったものだ。ホーム画面のロックを解除して電話帳を開く。ひとつだけ登録された電話番号を迷わず押した。続いて呼び出し音が鳴り始める。


(……出てくれ)


コール音が続くが、金本が出る気配がない。一旦通話を切ってかけ直すがやはり出ない。


『あ〜そりゃ無理かもなあ。だって彼女』

「うるさい、黙ってろ‼︎」


口を挟む何者かの言葉を遮って、アオシマはコールを続ける。


『……人がせっかく忠告してやってるのに。ま、いいか。どうせ明日になれば分かることだしな』

「ま、待て。お前何か知ってるのか」


何者かの言葉の後のほうが引っかかってアオシマは思わず聞き返す。


『知ってる。彼女……金本ちゃんだっけ?今夜のKスポット巡りで向かった先の横断歩道で落としたお前のマガタマを拾おうとして…………車にねられたのさ』

「な……な、なんてこと」


アオシマの体が手足の先から冷えてくる。体中の神経がピリピリして息をするのが苦しい。


『おいおい……大丈夫か?出かけるなら俺に体の主導権を譲れよ、彼女のいる場所まで連れて行ってやるから』

「…………嫌だ。譲ったらお前が何をするかわかったものじゃない」


アオシマが食い下がると自分の口を借りる何者かがため息をつく。


『俺を悪者扱いするのは勝手だが、ストレスの溜めこみはよろしくない……こういう時は発散させるにかぎる、俺に譲れ』

「誰が、お前なんかに……!」


アオシマがそう叫んだ時、頭を殴られたような激しい頭痛が襲った。痛みに耐えきれず、ベッドから床へ転げ落ちる。


『俺の言う事を素直に聞かねえからだ、強制的に借りるぞ』


アオシマの髪の水色のメッシュ部分が濃い青色とピンクが混ざった色に変化してゆく。肌は青白くなり、頭の右側にねじれた深紅の木の枝のような欠けた角が片方だけ生えてくる。


「……しばらく裏で寝てろ。心配するな、用が済んだら返す」



一瞬時間が止まったように思えた。目に映るもの全てがスローモーションになる。土砂降る雨も、自分に迫ってくる乗用車も。落ちたマガタマを拾うことだけに精一杯で避ける余裕などなかった、金本は思わず目をつぶってしまう。


「金本ぉ!」


離れた場所から誰かが叫ぶ。その途端大きな破裂音と光が炸裂した。目を射る強い光に金本は片腕をとっさに顔の前にかざす。


(……なに、何が起こったの)


金本はしばらく経ってから薄く目を開く。手に握りこんだマガタマが発光し、青と赤の入り混じった不思議な色の炎が燃え上がっていた。燃えてはいるが熱くはない。迫ってきていた乗用車は金本を避け、少し奥で停車している。


「……おい、大丈夫か。今のうちに貝木荘に戻るぞ、人に見つかるとややこしいことになる」


横断歩道に座りこんで動けなくなっていた金本に走り寄ってきた夜見が手を貸し助け起こす。水木、蔵田、桜野も遅れて集まる。


「さ、行きましょう」


桜野にもうながされて金本とそのメンバーたちはその日のKスポット調査を断念することとなった。



貝木荘の2階に続く階段をふらつく足でなんとか登りきり、金本たちは妖怪課が借りている204号室に戻ってきた。


「……あら、変ね。部屋を出る時に鍵をかけたはずなんだけど」


ドアノブをひねった桜野が不審がる。鍵はかかっていなかった。


「まさか、泥棒とか……じゃないですよね」


とは心配そうな顔の蔵田。


「ないない。中に盗めそうなもんなんて一つも置いてないしな」


と言うのは夜見だ。


「他にこの部屋の合鍵って持ってる人いましたっけ」

「さあ?管理人さんならあり得そうだけど……。とりあえず入りましょう、みんな風邪ひいちゃうわ」


水木の質問に答えながら桜野が先陣をきって中に入る。他のメンバーも後に続いた。いつもの部屋、電気は点いておらず人の気配は……。


「誰、そこにいるのは」


桜野がちゃぶ台の奥の人影に気づいて驚いた声を出す。人影がゆらりと動きこちらを振り向く。


「あ、アオシマ……さん?」

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