そんな彼女も困った顔をしながら「でも人の口コミって本当に怖いよ」とため息をついた。
「今西くんって別に一般人に危害を加えたわけじゃないでしょ。なのにぶっきらぼうだから誤解されてるのかも……って思うんだよ。って皆には言ってるんだけどさあ、私一人の言葉より悪い噂の方が広まるの早くて勝てないの」
「へえ……。委員長は色々彼のために動いてるんだ。すごいね」
教室でたった一人ハブられているヤンキーにも手を差し伸べ擁護しようとするその姿、まさに学級委員長という立場にふさわしい人格――主人公ヒロイン枠だ。
勝行は優等生を演じて生きているが、そこまで無償の愛を振り撒こうと思わない。
自分にとってメリットのある方がわかるまでは、中立の立場でいたい。これは何度も味わった転校生活で手に入れた世渡り術でもある。
「まあ……一度流れた噂はそう簡単には消せないよ。幸い俺は何も知らないから、彼に対する先入観はないし、これからも自分の目で見て確かめる。何か情報が掴めたら共有するよ」
「ありがと。相羽くんって顔に似合わずクールな分析家タイプなのね」
「……顔に似合わずって」
「へへっ。こうやって話すまで、ぽわんってした可愛い男の子のイメージしかなくて……今西くん相手にしてても終始笑顔だったし。本当にアイドルか天使ーって感じで。なのに言ってることは芯がブレてなくてカッコいい……ってごめん、嫌だった?」
(――可愛い。アイドル)
「いいよ。気にしてないし」
(嘘つけ、思いっきり気にしてるくせに)
ちっともこない成長期のせいで未だに幼く見られる。
しょっちゅう女子と間違えられるし、顔も声も子どもっぽいせいか、第一印象でまず『可愛い系』に分類される。これはちょっとしたコンプレックスだ。
だがそんな本音は一切おくびに出さず、勝行は張り付いた笑顔を向けた。
「うわあ……どうりでクラスの女子が騒ぐわけね」
「どういうこと?」
「テレビでファンサしてる姿が容易に目に浮かんだわ。笑っただけでキャー!って誰か卒倒してそう。まあ、私はアイドルとか興味ないんだけどね」
それはディスられているのか、興味ないと一刀両断されたのだろうか。
さっぱりわからない藍の語録に首を傾げつつ、とりあえず彼女が「裏表もない、歯に物着せぬ言い方をする人」なのだということだけはわかった。気は合うかもしれないが、慣れ合う関係にはなれそうにない。
だが――イマニシヒカル攻略の協定相手としてはもってこいだ。
「まずは当初の目的通り、彼と友だちになれるよう頑張るね。応援してくれる?」
「ほんと⁉ 心強いわ! もちろん応援するし、何かあったら手伝うからね!」
藍はそういうと、勝行の手を掴んでまだまだ饒舌に話し続ける。
「やっぱり男子同士の方が親しみやすいじゃん? なのにうちの副委員長ったら部活と塾が忙しいとか適当に言って逃げてばかり。全然ダメ」
「いいよ。俺は自分から交友関係開拓するのも慣れてる」
「今西くんから近寄ってくることはないから、こっちから行かないとだよね」
「ウザがられるぐらいがちょうどいいんじゃない?」
「ええーっそうかな。今西くんにキレて殴られそうとかって思わないの?」
「うーん……ヤバいと思ったら逃げるかな。運動神経には自信ある」
散々話題にされている当の本人は未だに無防備な顔ですやすや居眠り中だ。清々しいほど起きてくる様子がない。
まるで二人だけの秘密の作戦会議を立てているようだ。勝行と藍は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
「さて、そろそろ本気で起こさないとね。俺も部活あるから」
「相羽くん、どこか入ったの?」
「うん、一応。吹奏楽部」
「へえ、前もそうだったの?」
「そうだよ。まあ、もう三年だしちょっとしか居られないけどね」
そう答えながら勝行は、光の無防備に晒された耳たぶを思いっきりつねってみた。
「起きろってば」
「……いっ……いてててっ、いてえっ何すんだ!」
さっきまで寝ていた光は叫んで飛び起き、逃げるように耳を塞いだ。ギッ、と睨み付けてきた眼には大粒の涙が滲んでいる。
――ああ、耳が弱いんだな。にやっとほくそ笑んだ勝行は、脳内【イマニシヒカル情報】にしっかりインプットした。
「起こしてって言ったのはそっちだろ。起こし方まではリクエスト聞いてない」
こんな可愛らしい不良になめられてたまるか。
起きるなり怒鳴り散らす光に対し、負け怖じすることなく言い放つと、勝行は自分の鞄を持って立ち上がった。
「相羽くんの本気……こわ」
隣でびっくりしている藍を振り返り、意味深にウインクする。
「これだけ寝たらもう十分でしょ。あ、そうだ。ピアノ弾いてよ、帰る前にさ」
「……は?」
「何でもいいから一曲弾いて。起こしてあげたお礼に」
「なんで俺が」
「終わったら起こしてって言ったの、そっちだろ。これは貸しだよ」
「……うっ……」
「俺のパート練習の場所、ちょうど第二音楽室なんだ。ほら行こう、
勝行は下の名をさらりと呼ぶと、光の腕を強引に引っ張った。
「じゃあ。中司さんも部活頑張って」
「おつかれ! 今西くんもバイバイ、また明日」
「……? ……おう……」
光は寝ぼけた目をこすりながら、小柄な同級生に連れられ歩きだした。
その姿はとてもじゃないが危険な不良少年の噂話とはかけ離れたものだった。