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第4話 イマニシヒカルを捕まえろ

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そんなわけで、正々堂々と音楽室に行く権利を手に入れた勝行は、休み時間のたびに出向き、彼の行動を調査するところから始めた。


今西光。

一、二時間目の授業中、どこかでふらっと登校し、ピアノで遊んでいる。

三~四時間目には姿を消す。委員長情報によると、基本は保健室で寝ていて、給食はそこで食べるという。実際に行ってみると、本当に保健室で寝ていた。

放課後は気づけば下校済み。部活には入っていない模様。


朝起きられない。教室になじめない。登校するだけで疲れる。

そんな理由で保健室登校する同級生は今どき珍しくはない。どこに転校しても、だいたいクラスに一人はいた。

そういう子はだいたい教室に友だちがいないと悲観するので、新しい友人として寄り添い相手になるのは得意だった。


(転校するたび、友だちゼロからスタートだからなあ、俺)


伊達に何十回と転校していない。とりあえず笑顔を振りまいておけば、表面上の友だちなど簡単に作れる。彼はなかなかの難攻不落な予感しかしないが、自分の笑顔にはそれなりに自信があるのだ。

それを協力者の委員長に伝えたところ、心強いと称され、『イマニシヒカル捕獲計画』と書かれた可愛い便箋を手渡された。過去に他の子が何人もチャレンジしては悉く失敗した作戦らしい。よく見れば失敗したメンバーがみんな光と初見だったことに気づき、そりゃ無理だろうと思った。


「ああいう人見知りしそうなタイプにはまず毎日顔を見せて慣らすところから始めないと」


勝行は自室の机に便箋を投げ置き、ギターをジャジャジャンとかき鳴らした。


ああ、早く色んなことを話してみたい。

なんでそんな頭髪なんだ。どうしていつもピアノ弾いているの。

音楽は、好き――?

謎めいたあの子のピアノをもっと知れる、絶好のチャンス。

明日早速、計画を実行しよう。仲良くなれた時のためにギターも練習しておかなければ。



**

「今西くん、給食下げちゃうよ? いらないの」

「……んぁ……食う」


昼休み。今西光は枕を抱きしめ、保健室のベッドの中で縮こまっていた。

横になった後、本気で寝てしまっていたようだ。口から涎を垂らしながら起きてきた光を見て、養護教諭の西畑は苦笑する。光はソファに移動し、きちんと両手を合わせると、寝起きとは思えぬスピードで冷めかけた給食をかっ込んでいく。


「相変わらず、食べっぷりはすごいわね」

「……」

「顔色よくなったみたいだけど、今日も教室には行かないの?」

「……」

「給食さえあればいいって顔ねそれは」


分かってるんならいちいち聞くな、と言わんばかりの不満げな顔をしながら、光は西畑の小言を無視して飯を食べ続ける。


「修学旅行、ちゃんと行ける?」

「……?」

「六月に入ったら修学旅行で九州に行くのよ。今西くん、学校行事のこと全然覚えてないんでしょう」


体育祭も文化祭も、去年の校外学習も不参加だったものね。

光はそんな西畑の話を無視したまま、味噌汁をずずっと啜りきって「ごちそう様」と呟いた。


「自分で食器返してらっしゃい」

「……返すとこ、どこだっけ」

「んもう。まだ覚えてないの?」


光はトレイを持ったまま首をかしげてフリーズしている。ため息をつきながら西畑は廊下に出て、ドア越しに説明し始めた。


「この廊下の突き当りを左に曲がってね……すぐ右手に見えるわ」

「あ、今西くん!」


突如、誰かが光の名を呼んだ。髪の長い女の子だ。

彼女へ一瞬視線を向けるも、見知らぬ他人と認識したらしい光は、無視して廊下を歩き出す。


「ち、ちょっと今西くん、場所わかった?」

「今西くん待って! 一緒に」


二人の声が廊下に響き渡るが、行先のみを凝視する光の足は止まらない。

配膳室は廊下を道なりに左折しただけですぐたどり着く場所だ。目前に同じ食器のかたまりが見えてくると、なぜかそこにはこちらに向かって笑顔で手を振る男子生徒が一人。


「ありがとう今西くん。片付けに来てくれた?」

「……?」

「相羽くん! そこで捕まえて!」


後から追いかけてきた女子が叫ぶ。男女二人の生徒の挟み撃ちで、光は進路を阻まれた。驚き目をぱちくりしていると、待ち伏せしていた男子こと、相羽勝行はふふっと肩を揺らした。


「ピアノ弾いてる時じゃなかったら、睨まれないんだな」

「今西くん、午後は一緒に教室行こう」

「……っ」


後ろからやってきた女子にいきなり腕を掴まれ、驚きを露にした光はその手を振り払って一歩下がる。


「……なんだてめえ」


彼女をじろりと睨み、光は低い声で唸った。眉間を狭め、鋭い眼光でガンを飛ばしてくる。

だがこの女子はまったく動じなかった。てめえじゃないわよとふんぞり返ると、光の胸倉を掴んでまくし立てた。


「まだ授業あんのよ! これから修学旅行の班分けとかするんだから、いつまでもサボってないで教室来なさい。来なきゃアンタの役割、勝手に決めるわよ!」


自分より背の低い場所から、とんでもなく高飛車な発言を浴びせられたせいだろうか。光は面食らったようだ。

食器返却をしていた勝行は二人の様子を見て苦笑する。


「中司さん、それはちょっと脅し文句じゃない?」

「そ、そうかな」

「女王様みたいで恰好いいけどね」

「じょ……ちょっと相羽くん!」

「……てめえら、誰だ?」


いきなり自分を囲ったまま普通に会話を始める二人を睨み、光は訝しげに尋ねてきた。すると二人はぱっと笑顔を見せ、ほらね、と再び語り始める。


「やっぱり覚えてない」

「あー……そういえば俺は、まだ自己紹介したことなかったかも」

「えっ、そうなの?」

「……お前。みたことある」


ふと、勝行の顔を見つめていた光がポロリと漏らす。勝行は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「うん、殆ど毎日会ってるよ。よかった、顔覚えててくれて」


――相羽勝行だよ、よろしくね。

そう言ってにっこりと優しい笑顔を浮かべる勝行の横で、私のことも覚えてよね、と女子生徒が再び怒り口調でまくし立てる。


「私は中司藍なかつかさ らん! 毎日給食持って行ってあげてるのに……なんで覚えてないかなー全く! それにほら、今西くんとは去年街中で出逢ったでしょ⁉ 聖苑市うちで一番強い男、中司真也しんやの妹よっ」

「……はあ」

「この私がわざわざ保健室まで給食運んであげてるのに……。未だ覚えてくれないなんて、屈辱の極みだわ」


藍からは高飛車な女王様発言ばかりが飛んでくる。隣で勝行はくつくつと笑った。


「彼女は五組の実権を握る学級委員長だから、逆らわない方がいいよ」


冗談ぽく毒づくと、勝行は光の目の前に手を差し出した。光の反応は待たずに、優しく握りしめる。光はその行為に驚きつつも、振り払いはしなかった。


「行こう」

「……どこに?」

「三年五組。君の教室だよ」


来たことないでしょ?

可愛く穏やかな笑顔とは裏腹に随分強引な力で光の手を引くと、勝行は藍と談笑しながら歩き出した。


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