**
西日本にある、ごく普通の都会でも田舎でもない街・佐山。
車と電車が行き交う国道の向こう、見渡す限りの田園。緩やかな丘を登りきった先には、一面似たような形の屋根が連なる。
今春中学三年生に進級した
受験シーズンに転校だなんて大変そうと誰かに同情されたが、当の本人は何とも思ってない。
(この町は空気が澄んでるのかな。……弦の響きがいいかも)
空に近い高層階の新居で白いギターを抱え、好きな曲のフレーズを指弾きしながら、勝行は新しくやってきたこの土地にそんな感想を抱いた。
「勝行。進級祝いは何が欲しい?」
年単位で勤務地を変え、家庭を一切顧みない社畜系の父親は、なぜか愛息子に甘い。
勝行は遠慮なくこのストラトキャスターのギターを所望した。中級者向けだが、白が限定カラーだと聞いて前から狙っていたのだ。見た目がまさに好みのフォルム。
ちなみに去年はシンセサイザーとパソコンを買ってもらった。その前の誕生日にはクラリネット。サックス。幼少期に習っていたバイオリンも複数台持っている。
金額は気にしないものの、増えていく楽器だらけの部屋を知る父親は呆れていた。
「お前、まだ楽器がいるのか!?」
「趣味なんで」
しれっと答え、狙いのエレキギターを店頭で弾き鳴らす。その手つきはとても初心者とは思えないものだった。
「学校で先輩に教えてもらったんです、ギターってカッコイイですよね」
ジャジャンとそれっぽく弾けば、お上手ですねえと店員の世辞が飛んでくる。父親はあっさり弾きこなす息子の雄姿を見るだけで「うちの子は天才か」と喜び、即購入してくれた。
流行りの人気ゲームが次の転校先でも流行っているとは限らない。必然的に、一人で好きな音楽に浸ることが趣味になった。
正確に言うと、楽器演奏だけが趣味なのではない。
密閉型ヘッドホンを付け、好きな曲を楽器ごとに演奏、録音する。そうやって集めた色んな音源をいくつも並べてはパソコンを使ってあれこれと編集し、オリジナルのカバー曲を作る。これが今ハマっている「遊び」だ。
壮大なクラシックをロックに変えたり、切ないピアノ独奏をファンキーなジャズに変えたり。素材と道具さえあれば、その時の気分次第で一風変わったオリジナルサウンドへと進化する。
この変換の瞬間が、たまらなく好きだった。
まだどこにも披露したことはないが、まあまあいい編曲ができていると自負している。
今度は生音ギターのロック曲が作りたくて仕方ない。まずは理想通りに弾けるよう、ゴールデンウイーク中にたっぷり練習しなくては。
勝行はギターをチューニングしながら、今日は何の曲を弾こうかと思案する。
こんなお遊びに愛息子がハマっていると知れば、父はきっと鼻で嗤うだろう。
相羽といえば、東京都内に広い豪邸を構える著名な政治家一族。元総理大臣の祖父をはじめ、先祖代々皇族を支えて生きてきたやんごとなき家系である。勝行は次男坊ながらいわゆる『御曹司』というやつだ。
だが家庭内は殺伐としていて、両親は物心ついた頃に離婚。母親は顔すら知らないし、父親もたまに帰ってきてはおもちゃを買い与えてすぐ出て行く。代わりに家事手伝いや私設ボディガードが傍にいる生活だったが、父の転勤について回れる年頃になってからは、まるで一人暮らしのような転居生活を謳歌している。
そう、ここは誰にも気遣わないで済む、一人きりの自由な創作スペース。
遊びに夢中でいても怒られない。学友がコロコロ変わる転校ライフでも、趣味が充実しているので別に問題ないのだ。
夕日を浴びながらギターを弾くと、白い鏡面がほんのり黄金色に光っている。
それはまるで今日聴いたあのピアノのように、神秘的だった。
ギターを一旦下ろし、机上に置いたシンセサイザーの鍵盤に指を乗せると、勝行は一、二小節ほどのフレーズを叩いてみる。ポン、ポロロン、ジャジャン。
たしかこんな感じだったかな?
いや……こんなのもあった。
そうだ、このフレーズ。
オレンジに色づく鍵盤をなぞり、それを今度はギターコードに変えて演奏してみる。差し込む夕日があの子の髪色に似ていると思った途端、メロディを刻む指が楽し気に跳ねる。
――今日もあの男の子のピアノ……すごかったな。
面白い曲弾いてた。
何の曲だったんだろう。ジャズ? ロック? それとも、あの子のオリジナル?
明日も逢えるかな。ああくそ、ゴールデンウイークだった。四日も会えないなんて拷問じゃないか。
あの子のピアノ、もう一度聴きたい。あの子ともっと、色々話してみたいよ。
勝行は、休み前に音楽室で出逢った少年のことばかり考えていた。