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第34話:ラプラスのお願い

 二つ目のゲートを無事に発見することに成功したアミーナとビビ。


 本当はすぐにでもアーカイブに戻り、ホシマチを介してジェノを助けようとする算段だった。だが――


「う~……、どうやら幾つか回路の修理が必要なようです……」


 ゲートの状態を確認してビビが顔をしかめる。


 見た目には劣化が少なく見えたが、状態は放置区域のゲートよりも酷い様子らしい。聞けば、スラムの人々がこのアーチが何かを調べようとして、いじくっていたことがあったようだ。


「直せるのか?」

「時間さえいただければ……。少しだけお時間をいただけますか?」

「ああ、わかった」


 ゲートに直接手を触れさせるビビ。


 直後に駆動音を響かせながらゲートが青白い光りを放てば、ビビもまた瞬き一つすること無く、ブツブツと聞き取れない速さで何事かを話し始めていた。


(本気で修理してるってことか……)


 その様子を見て、何もすることができないアミーナが地底湖に戻れば、そこでは手持ち無沙汰のラプラスが2人の戻りを待っていた。


「えっと……第1ドームへの案内は……」

「ああ、悪いな。それはもう大丈夫そうだ。アタシ達の一番の目的が見つかったからな。ラプラスのおかげだよ」

「あぁ……、ありがとうございます♡ アミーナさん達の役に立てて良かったです」


 にぱっと明るい笑みを浮かべるラプラス。しかし、直後に彼女は聞きにくそうにアミーナに問いかける。


「もしかして、アミーナさんとビビさんは、他の街から来たんですか?」

「え? あっ……、あぁ……そうだな。アタシとビビは都市間列車に乗って、緑園街とは違う黒岩城って所から来たんだ」

「そ、そうなんですか!」


 アミーナの答えに瞳を輝かせるラプラス。そして彼女はアミーナに足して懸命に頭を下げていた。


「お願いします! 私を、この街の外に連れて行ってください。アミーナさん達の役に立ちますから、私を雇ってください!」

「おっ、おい……」


 いきなりのラプラスのお願いにたじろぐアミーナ。だがラプラスは真剣な様子で、アミーナに縋るように言葉を続けた。


「私……、この緑園街で親に捨てられたんです。スラムで産まれて、気付いた時には同じような子供と一緒にくらしていました。でも、少しずつ生活は苦しくなって、ドームから貰えるご飯も減っていて、最近は昨日みたいな仕事をして、どうにかご飯にありついていました」


 見た目には可愛い顔立ちをしているラプラス。


 年齢はカミナと変わらない10代前半。にもかかわらず彼女がしている仕事は、カミナが今まで暮らしている花街で立ちんぼをしている女性達と何も代わらない。


 僅かばかりの食事を得る為に春を売ることしかできないでいたのだ。


(もしもここでアタシが断わったら……)


 アミーナの脳裏によぎるのは、「ご奉仕」と言いながらビビの股座に顔を寄せようとしていた彼女の仕草。


 そういうことを求める男がスラムの中にいたのだろう。もしかしたら、既に彼女の処女は、スラムの男性によって散らされているのかもしれない。


 そんな彼女の境遇が、同じように花街で育った自分と重なる。そう思えば、アミーナはもう彼女を放り出すことはできなかった。


「わかった。連れてやっていってもいい」

「本当ですか!」

「ああ、但し二つほど条件がある」

「条件ですか?」


 膝を曲げてラプラスと視線を合わせるアミーナ。そしてアミーナは彼女の瞳を覗き込みながら語りかける。


「一つは、今までやっていたような『ご奉仕』とかそういうことを、今後に度としないことだ」

「え……? で、でも……しないとご飯は……」

「別の仕事を与えてやる。だから、今後はそう言うことはしないとアタシに誓ってくれ。もしも、ラプラスが売春を続けようとするなら、アタシはアンタを黒岩城には連れ帰れない。この場だけの口約束として裏切ったら、その時には私と同じ傷を背負って貰う」


 言いながらアミーナは自分の目の下に走る傷痕を指さす。


 どれほど可愛い顔立ちをしていても、傷痕を負えば、もう黒岩城でも娼館の遊女としては働けなくなるだろう。立ちんぼとしても敬遠する男性が出てくるのは当然だった。


「どうだ? 約束できるか?」

「は、はい、できます! 約束します」


 アミーナの言葉に頷きを返すラプラス。そんな彼女の栗色の髪をクシャリと撫でると、アミーナは「そうか」と微笑みを向ける。


「条件のもう一つは、今後はアタシのことを姉だと思ってくれ」

「姉ですか?」

「ああ、アタシもラプラスと境遇は違うが、花街の娼館で育ったんだ。娼館の中でアタシも面倒を見てくれた人達を姉さんだと思っている。だからアタシもラプラスのことを妹として面倒を見てやる。だから、ラプラスにもアタシを姉だと思って欲しい」


 花街の娼館で育った女としての姉妹としての関係性。それはノエルとアミーナの関係に等しく、アミーナとカミナの関係性にも等しい。


 アミーナにとってラプラスを妹にすると言うことは、彼女を新しい家族に迎える行為に他ならなかった。


「わ、わかりました。アミーナお姉さん!」


 その言葉の意味をちゃんとは理解しているのだろう。僅かに瞳を潤ませながら頷きを返すラプラスは満面の笑みを浮かべていた。


 それから二日後、ビビがゲートを復旧させると、アミーナはラプラスをゲートを通して黒岩城へと連れ帰ることとなったのだった。

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