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第30話:第2ドームでの畜産

 下手をすれば凍死をしてしまうかのような厳しい寒さに晒されている緑園街の人々。そんな彼等だが、一日の大半の時間を彼等はドーム内で過ごすことが許されている。


 もっとも彼等が入ることができるのは畜産の行われている第2ドームか農業の行われている第3ドームであり、ドーム内で過ごすことを許される代わりに、朝早くから夜になるまでドーム内での仕事に従事することが義務づけられていた。


「なるほどな。体力仕事や汚れ仕事は、できるだけスラムの奴らにやらせればいいっていう考えか……」


 ジェノが露骨な階層構造に毒づくが、行われていることは黒岩城と大差は無い。ただ行われている仕事が、炭鉱夫から農業・畜産に置き換えられただけだ。


 とは言え、スラムに暮らしているジェノ達にとってはドーム内にゲートがあるかどうかを探る絶好の機会になっていた。


 スラムの人々に混じって朝になればドームの仕事に従事する為に第2ドームへ向かう人々の列に並ぶジェノとアミーナ。


 そしてビビは光学迷彩のマントを羽織って、労働の人々に混じってドームへと入っていく。


 ジェノとアミーナの二人は働きながら、ビビは秘密裏にドーム内にゲートがないかを探ることが目的だったのだが……。


「ちょっ……、こっちに来るなっての!」


 鶏小屋の卵回収を命じられたジェノが卵を集めようとすれば、鶏達がジェノに対して威嚇するように襲い掛る。ジェノ自身、初めて目にする鶏に怯んでおり、その様子を見てアミーナはニヤニヤと笑っていた。


「ジェノ、相手はたかが鳥だぞ? 感染獣に比べたらかわいいもんじゃないか」

「いや、コイツらの飼育小屋に入ったらそんな事言ってられないって! 見ろよ、散々追い回されて引っかかれて散々だ」

「だらしねぇなぁ。まぁ、アタシにやらせてみろって」


 言いながらアミーナが今度はジェノに代わって鶏小屋に入る。先程はジェノを相手に大騒ぎをしていた鶏達。しかし、アミーナが小屋に入れば、まるで彼女から距離をとるように鶏達が離れていく。


「ほらな。どうって事無いだろ? ジェノが騒ぎすぎなんだよ」


 言いながらアミーナが卵の回収を進めていくが、鶏達はまったくアミーナに対しては近寄ろうともしない。その状況を見てジェノがアミーナに続いて小屋に入れば、ジェノに対しては威嚇を始める鶏達。


「コイツら、俺になんか恨みでもあるのか?」

「あ~……、まぁ、ジェノに畜産は向いてないって事だろ?」


 その様子を見てアミーナが苦笑する。


 卵の回収を終えて小屋の掃除や餌やり、水替えなどする事はいくらでもあるが、昼近くになれば仕事が一段落して、ドーム内ではスラムからの労働者に食料が振る舞われる。


 しかしその食料はやはり蒸しただけの芋だ。


 どうやら黒岩城で作っていた芋は、この待ちの労働者にも少なからず振る舞われていたらしい。


「どうでした? 作業場にはゲートらしいものはありませんでしたか?」


 昼休みになって、ドームの他の場所を見ていたビビも合流するが、ジェノとアミーナは揃って頭を振る。


「アタシ達がいたのは鶏の飼育小屋のすぐ近くだったが、見た感じゲートらしいものは無かったよ」

「まぁ、ドームの中は思ったよりも広いみたいだから、もしかしたら何処かに隠されているのかも知れ無いけどな……」

「そうですか……。私の見た場所にもゲートらしきものは無かったです。ただ、このドーム自体はやっぱり旧時代の技術が使われているらしくて、一部老朽化はしていましたが、気温調整なんかはロストテクノロジーに頼っているようでした」


 老朽化しているというあたり、おそらくは緑園街にもロストテクノロジーに詳しい技術者はいないのだろう。ジェノとしてはその機械について調べてみたいと思いながらも、とりあえずはゲートの捜索に注力することになる。


 しかし、そんな三人の計画に狂いが出たのは、午後の仕事からだった。




 昼からは牛の世話をするようにと仕事を任されたジャノとアミーナ。


「この牛っていうのは感染獣とは違うのか?」


 アミーナも牛は初めて見るようで警戒をしていたのだが、相変わらずアミーナに動物達は近寄ろうとしない様子。


 仕方なくジェノが他の労働者の見よう見まねで乳搾りやブラッシングを行っていると、不意に落ち着きが無くなる牛達。


 遠くの小屋からは嘶きに似た声も聞こえ、ジェノが何事かと顔を上げれば、程なくして現われたのは数人の憲兵。


 そして、その憲兵を連れていたのは、ここでは絶対に会いたくなかった憲兵団のトップらしき女性・スカディだった。


(なんでスカディがここに……)


 咄嗟に世話をしていた牛の後ろに隠れようとするジェノ。


 しかし、スカディが姿を現わしたせいなのか、牛達はスカディから距離をとるように飼育小屋の奥へと逃げ出してしまう。


 幸いにもアミーナは水くみの為にその場を離れていたが、牛達が小屋の奥へと逃げた所為でジェノは隠れることもできず、逃げることもできずにスカディと目が合ってしまった。


「君は……、何故ここにいる?」

「ははっ……。ちょっと事情がありまして……」


 いる筈の無いジェノを見て、僅かに目を丸くするスカディ。だが、そんな変化も一瞬のことだった。


「……どうやらこちらで事情を聞く必要があるようだ」


 表情一つ変えずに、スカディがジェノを連れていくように命令する。


 瞬間、彼女と行動を供にしていた憲兵達がジェノをその場で拘束して、取り押さえる。


 その様子を見ていたアミーナがジェノを助けようと力を解放しようとする。だが――、


「それは駄目です、アミーナさん!」


 不意に聞こえた彼女を引き留める声。その言葉に動けなくなるアミーナとジェノの視線が交錯する。

何もするな。


 ジェノの目がアミーナにはそう言っているような気がして、それ以上アミーナは動けず、連れて行かれるジェノを見送ることしかできなかったのだった。

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