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第28話:ドームとスラム

 都市間列車を降りた時、ジェノとアミーナの二人は顔を赤くして、それぞれに高鳴る心臓の鼓動をどうにか抑えながら、辿り着いた街の駅で、隠れるように駅の外に向かっていた。


 原因は主に、都市間列車での移動時間にある。


 列車の運行時間自体は半日にも満たなかったのだが、貨物室の寒さはジェノやアミーナの想像以上だったのだ。


 貨物室内であれば降っている雪や吹きすさぶ風の冷たさからは身を守ることはできる。だが、客席はいざ知らず、二人がのっている貨物室は、そもそも人が乗ることを前提に作られてはいない。


 その為、通気用の穴から冷たい空気が入ってきて、移動時間の間二人は身を寄せ合うように寒さに耐えるしかなかったのだ。


「ビビが居なくてよかったな」

「ほ、本当にな……。居たら何を言われていたか……」

「また子孫繁栄がどうとか言い出していたはずだ」


 さっきまで身を寄せ合っていた互いの質感を反芻する二人。


 寒さで体力を奪われながら、積み荷を運んでいる人々にまぎれて駅を出て行く。そして二人が駅を出た時、最初に二人が見た光景は白いドーム型の天井に覆われた空と、一面に広がる緑だった。


「な、なんだ……ここ。妙に温かいな……」

「外じゃないのか?」


 外に出て人目から逃れるように街を行く二人。しかし、目に映る物全てが二人にとっては初めての物ばかりだ。


 黒岩城では常に曇天の空が見えており、雪が降ることも多く、花街で生活をしていたとしても、時折やって来る吹雪に悩まされることも少なくない。


 しかし、二人のやって来た街は温かな空気に満ちており、とても寒さとは無縁に見える。何よりも、空が見えない程の大きなドーム型の天井など二人にとっては初めてだったのだ。


「と、とりあえず……、アミーナ……これを……」


 言いながらジェノがホシマチから取り出したのは、いつかビビに出して貰った身体を温める効果のあるビスケット。


 列車の中でも二人が凍死を免れたのは、ビビの渡してくれたビスケットの効能が大きい。温かな建物の中で二人がビスケットを食べると、徐々に戻ってくる体温。


 そして二人は落ち着ける場所を探して。マントで姿を消しながら歩き出した。


「それにしても……、本当に訳わかんないな。どうしてここはこんなに温かいんだ?」


 黒岩城の寒さに慣れている二人にとっては、暑くすら感じる建物の中歩き続ける二人。二人がいるのはどうやら農業の区画らしく、ドームの中央を走る道を歩いていると、そこかしこで農作業をしている人の姿が見受けられる。


 二人の身長よりも高い農作物を前に、ジャガイモやサツマイモしか育てたことのないジェノは驚きを隠せなかったが、アミーナはなっている野菜を見て「これはトマトか……。なっているのを初めてみた」とマジマジとトマトを見ていた。


「これを知っているのか?」

「ああ、野菜だよ。商業区でも偶に売ってるだろ? ノエルの姉さんに、たまに憲兵が持ってくることがあってな。アタシはあんまり好みじゃないけど、なんか水っぽい野菜だよ」


 言いながらなっているトマトの一つを拝借すると、アミーナがジェノに投げ渡す。


 僅かに空腹を覚えていたジェノが食べてみると「なるほど」と少し顔をしかめる。少し甘く瑞々しい野菜は、普段ジャガイモになれているジェノにとっては初めての食感だった。


「それで……これからどうする?」

「そうだな。とりあえずはゲート探しを進めるしか無いんだが……。当てもなく彷徨っても仕方ないだろ? とりあえず、どこか拠点になる場所を探すべきだろ」

「わかった」


 勝手のわからない新しい街を彷徨う二人。程なくしてドームの端まで辿り着くと、そこから外に出る二人。すると慣れ親しんだ凍てつくような寒さが二人を襲った。


「あぁ……、だよなぁ……。やっぱ、温かいのは建物の中だけか……」


 建物からでたジェノが空を見上げれば、目に入ったのは見慣れた曇天。そしてハラハラと舞い落ちるように降っていた雪だ。


「ドームの中に拠点でも作るか? 外よりはマシだろ?」

「いや、そういう訳にはいかないだろ」


 外の寒さにアミーナが中に戻ろうとする。しかし、ドームの中に残ることは難しいだろう。


「ここの憲兵らしい人が何人か歩いていただろ? 声を掛けられたりはしなかったけど、俺達が何の許可もなく街にやって来たことがバレると面倒な事になる。それにだ……」


 ドームから離れるように足を進めると、やがて見えてきたのは幾つかの灯。見れば、ドームのすぐ近くにあばら屋のような建物が幾つも建てられていた。


「俺達にとってはこっちの方が落ち着くだろ」


 言いながらマントを脱ぐジェノ。アミーナもそれに習ってマントを脱いでスラムに入っていけば、見慣れない二人に視線を向ける者も数人いたが、二人にスラムにいるのが当然の様な雰囲気を感じたのか、声を掛けてくる者もいない。


 程なくして何も無い一角に辿り着くと、ジェノはホシマチを使って簡易的な小屋をあっさりと作ってしまう。


「仮拠点ならこんなもんだろ」


 言いながら小屋に入っていくジェノ。小屋自体はアミーナとカミナが暮らしているものよりも少し小さいが、材料が放置区域の瓦礫で作った為、そこらのあばら屋よりも寒さはしのげそうだった。


「そ、そうだな……」


 だが小屋に入るジェノに対してアミーナの様子がおかしい。見れば、どこか気恥ずかしそうに髪を弄っていた。


「ここで……その……しばらくは暮らすんだよな?」

「ああ……。そうだけど……」

「その……、二人でか?」


 アミーナの言葉に彼女が何を言いたいのか察して、ジェノの顔が再び赤くなる。小さい小屋で一緒に、というだけで二人の中に込み上げてくる感情。


「そ、そうだよな。もう一軒くらい建てるか?」

「ア、アタシは別にかまわない……ぞ。材料の問題もあるだろ。だから、一緒で……」


 動揺しながらジェノがアミーナ用の小屋を建てることを提案したが、アミーナに断わられてしまえば、強く言うこともできない。


 頬を赤く染めながら二人が小屋に入っていく。そしてどこかそわそわと落ち着かない雰囲気を感じていれば。


「ようやく着きましたか。お疲れ様です、ジェノさん、アミーナさん」


 ジェノのホシマチから出てきたビビが、そんな甘酸っぱい雰囲気を木っ端微塵に砕いたのだった。

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