鉱山都市・黒岩城での生活事情はそれほど快適ではない。
富裕層ではどうかは知らないが、大多数の一般市民は鉱山としないでも凍えるような寒さを感じながら生活をしているし、雪でも降り始めれば外で行動をする事も難しくなる。
それでも朝と正午、そして仕事の終わりを伝える夜の鐘の音を合図に人々は生活をしている。そして一般市民にとっては、その鐘の音がそれぞれ食事をとる時間にもなっていた。
と言っても、一般市民の食事は昼と夜の二回が殆どだ。
それも殆どの市民が食べているのは安価な芋やサツマイモが殆どで、肉や魚などが食卓に上がることは少ない。
そんな食生活が市民の食事の基本になっているのだ。スラムで生活をしている貧民層になれば、その食事環境は過酷であり、昼・夜と芋が続くことも少なくなく、栄養失調で体調を崩す者も多いのが実情だ。
そしてビビもまた、ここ最近の食事には不満を覚えていた。
「お待たせしました」
夜を知らせる鐘の音が鳴り響く少し前、今日も今日とて、アミーナの妹のカミナが甲斐甲斐しく料理を用意してくれる。本来なら夜を知らせる鐘の音が鳴ってから食事をとることが殆どなのだが、花街で客引きをしているアミーナにとっては夜からの仕事が忙しい為、家を出る前に食事をとることにしていた。
しかし食卓に並ぶのはやはり芋で、それ以外にはアミーナが商業区で手に入れてきた野菜が僅かに並んでいるだけ。
お世辞にも食生活は豊かとは言えなかった。
「うぅ……、今日もお芋ですか?」
食卓に並ぶ芋を見て、少しげんなりとした様子のビビ。しかし、ジェノにはビビがどうして不満を持っているのかがわからなかった。
「ビビは芋が嫌いだったか?」
「いえ、嫌いという訳では無いですよ。お芋も食べれば私のエネルギーになりますからね、そう言う意味では大切なエネルギー源です。でも、こう毎日お芋が続くと……」
「ご、ごめんなさい。明日はサツマイモにしますね」
ビビの言葉にカミナが申し訳なさそうに謝る。しかし、ジェノとしてはカミナには落ち度があるようには思えなかった。
「文句言うなら食うな。黒岩城じゃ、こうして普通に食事を取れることの方が珍しいんだ。アミーナが猟犬組の仕事をしているおかげで、食事にありつけているんだからな」
「それはわかってますけど~……」
注意をされて、無言のままに芋を食べるビビ。しかし、やはり芋には嫌気が差していたのだろう。
「早急に食糧事情を解決しましょう」と、アミーナが仕事に出た後、ジェノとカミナを相手にビビは宣言していた。
「食糧事情を解決って……。具体的には?」
「芋中心の食生活から脱却するんです。お肉とかお魚とか、そういう物を普通に食べれるようになりたいとは思いませんか?」
「そりゃ……食べられれば嬉しいが……」
ビビに対して言葉を濁すジェノ。しかし、ジェノはそれがどれくらい難しいことかをしっかりと理解していた。
「肉屋や魚なんて、黒岩城では採れないんだ。黒岩城はあくまでも炭鉱を中心に発展した鉱山都市だからな。肉や魚は商業区に卸される高級品だし、簡単に食べることはできない。上層に行けば別だろうがな」
「うぅ……、で、でしたら! せめて食べ方を変えましょう! 芋を材料に食品を作れば良いんです!」
「芋を材料に?」
ビビの言葉に首を傾げるジェノ。それもその筈、ジェノやカミナにとっては、食事を食べられるだけでも恵まれているという意識が強い。
だからこそ食材を料理することや、加工するという意識が低い。
芋なんかは蒸して食べることが殆どだし、味付けだって僅かに塩を使えばまだ良い方だった。
「いや、そもそも芋はどうするんだ? 料理を作るって言っても、他の食材が無ければどうしようも無いだろ」
「ふふっ♪ ジェノさん、私を誰だと思っているんですか」
「ポンコツアンドロイド」
「も、もうっ! 私はこう見えてもアーカイブの管理を任された高性能アンドロイドなんですよ! そして、アーカイブには当然、色々な食材の加工方法だって蓄積されているんですから!」
言いながらビビがどこからか芋を大量に取り出す。その量はとてもジェノ達だけでは処分できるような量でも無かった。
「その芋はどうしたんだ?」
「放置区域のコンテナの中に残っていた芋ですよ。あんまりにも勿体ないから、一応ストレージの中にとっておいたんです」
「これ料理を作るってどうするんだ?」
「まぁ、任せておいてくださいよ。アーカイブの凄さを見せてあげます。さしあたって……、料理経験があるのはカミナさんですね。ちょっと私に協力してくれませんか?」
「わ、私……ですか?」
そう言ってカミナを連れてホシマチからアーカイブに戻ってしまうビビ。若干の不安を覚えるジェノだが、こうなったらどうしようも無いと諦めてもいた。
そして数日後――、ジェノは何故か花街の中を一台の屋台を引いて歩いていた。
屋台の上に置かれているのは大きな鍋。そして屋台が花街に到着すると、ビビが笛のような物を吹く。その音で花街の人々の意識を引くと、ビビは街の人々に対して言ったのだ。
「花街にお越しの皆さん、アーカイブ屋の開店です! どうぞ、お芋からつくった温かいラーメンを御賞味ください!」
ビビの言葉に訝しげな表情を浮かべる街の人々。彼等の前でカミナが屋台に積んでいた鍋の蓋を開けると周囲に広がるのはかぐわしいスープの香り。
「一杯くれ」
遠巻きに見る人々の先人を切るように、客引きをしていたアミーナが注文をすれば、差し出されるのは木製の椀に盛られた一杯のラーメン。
具材も何も無い麺だけのラーメンだが、ほかほかと湯気を立てている麺をアミーナが啜って「美味い上に温かいな」と笑みを浮かべれば、彼女に続くように、ポツポツと人々が並んでいく。
そして最初は数人だった列は、程なくして長蛇の列となっていた。
「しかしまさか、芋からこんな物ができるとはな……」
ラーメンを啜りながら感嘆の息を漏らすジェノ。
驚くべき事に、なんとビビはロストテクノロジーを使って、ジャガイモからいも粉を原料に麺を作り、ラーメンを作り出してしまった。
凍えるような寒さの花街のそこかしこで訪れた男性達が食べ始めれば、その姿が広告塔となって、新しい客を更に呼んでくれる。
ラーメンという耳馴染みの無い食事を楽しんでいる人々を見て、ビビは嬉しそうに胸を張っていた。
「ふふっ♪ やっぱり寒い時には温かい物に限りますね。さぁ、ジェノさんも働いて下さいね。食器は回収して、次のお客さんに提供しないと」
「わかってるって」
ビビの指示に従って、食べ終った客から木製の皿を回収して洗い始めるジェノ。そして、その隣ではカミナが忙しく次の麺をゆでている。
カミナ自身も、こうして料理を街の人々に提供することに、やり甲斐を得ているようだった。
「ジェノ、精が出るな」
「あぁ……お前か。サクラ役、ご苦労さん」
皿洗いを続けるジェノに声を掛けたアミーナ。そんな彼女は楽しそうにラーメンを作るカミナを見て、何処か安心したような笑みを浮かべていた。
「いや、本当は猟犬組から、カミナを遊女にするのかって聞かれていたんだよ。だけどこれなら、カミナは遊女に成る必要は無さそうだし、アタシみたいに傷をつける必要も無さそうだ」
カミナの将来についてアミーナも心配をしていたのだろう。だが、遊女以外に生きる道もあるとしって、アミーナも安心したようだった。
「ビビにも礼を言わないとな。カミナの事を心配してくれたのかもしれないし……」
「いや、たまたまだろ。たぶん、美味い飯を食いたかっただけだよ」
ジェノがビビを見れば、さっきまで客引きをしていたビビは今、ラーメンを食べている人達に混じって、幸せそうに食事をしている。
その姿を見てジェノはやれやれと肩を竦めていたのだった。