アーカイブ内でアミーナの回復を待った後、ジェノ達三人はそれぞれに光学迷彩のマントを着て放置区域へと戻っていた。
理由は簡単。公には放置区域にいる感染獣は一体だけと言われていたが、他の感染獣がうろついている可能性があったからだ。
出歩いている隙にアーカイブに入られても面倒なのでゲートこそ閉じられてはいるが、いざとなればジェノのホシマチでアーカイブにすぐさま三人は逃げるつもりの算段をたてていた。
「しかし、お前は無理する必要は無いんだぞ? まだ身体の疲れが完全に抜けきってないだろ?」
マントを着たアミーナに声を掛けるジェノ。しかし、アミーナはそんな彼の言葉に笑みを浮かべてみせる。
「冗談だろ。この身体になってから、異様に回復力は上がっているんだ。ジェノ以上に体力もあるし、いざとなった時にアタシがいた方が生存率が上がるだろう」
「それは、お前が感染獣の力を使うのが前提だろうが」
「三人揃って全滅するよりはマシだろう?」
アミーナを気遣うジェノに対して、肩を竦めてみせるアミーナ。そんな二人を生温かい目で微笑ましそうにビビが見ていたが、急に彼女の足が止まる。
そしてビビは二人に対して向かう先を指さした。
「どうした。まさか感染獣か?」
「いえ、そうではないんですけど、この場所には不釣り合いなものが落ちていて……」
ビビの言葉に彼女の指さす方向を見るジェノとアミーナ。行く先にはやはり瓦礫が散乱し、倒壊寸前の建物が幾つも並んでいる。
だが、その一角に積み上げられていたものは、明らかにこの放置区域には不釣り合いなもの。それは金属製で造られた幾つかのコンテナだった。
「コンテナ? 何だってこんなものが……」
訝しげな表情を浮かべるアミーナ。しかし、ジェノはそのコンテナを見て、あり得ないと目を丸くしていた。
「そんなこと……ある訳ないよな……」
瓦礫を乗り越えてマントを羽織った状態でジェノがコンテナに走り寄る。コンテナは鉱山都市同士を繋ぐ鉱山列車によって運ばれる大型ものであり、人が20~30人が乗れるだけの大きさがある。そして今、そのコンテナの扉は大きく開かれていた。
「ジェノ、どうしたんだよ。こんなコンテナなんて、駅に行けばいくらでもあるだろ?」
「違う。違うんだ。これが……ここに置かれている訳が無いんだよ」
言いながらコンテナの中に入っていくジェノ。そして彼はコンテナの中に入ると、コンテナの中に落ちていたあるものを拾う。
それは芽が僅かに出て痛み始めていた芋。商業区域や食卓にも上がる芋だが、それがコンテナの中には大量に残っていたのだ。
「芋? それがどうしたんだ?」
「これは……俺が作ったかもしれない芋なんだ……」
「はぁ?」
ジェノの言葉をすぐには理解できないアミーナ。だが、ジェノは全身に広がっていく悪寒を止められそうに無かった。
「花街に来る前、俺は黒岩学園にいたことは知ってるだろ?」
「ああ、それがどうした」
「そこで俺は炭鉱夫としての仕事をさせられていたんだが、同時に先輩達から温室のジャガイモなんかの栽培を押しつけられていたんだよ」
「おい、それってまさか……」
「収穫が終わったら、俺達は学院内のコンテナに芋を運ぶように言われていたんだ。俺達はずっとその芋が自分達の食事や、商業区に持っていかれていると思っていた。それなのにそのコンテナが、ここにあるんだ」
ジェノの言葉に表情を引きつらせるアミーナ。
「よく似たコンテナである可能性は?」
それでもビビは冷静にジェノに問いかける。放置区域に置かれていたコンテナは列車にも積まれている一般的なもの。確かにジェノの考えすぎだとも考えられる。だが――、
「だったら、これはどう説明するんだ?」
ジェノがコンテナの入り口の扉を叩く。そこには黒い塗料で黒岩学園と文字が描かれていた。
「おいおい……、だとしても訳がわからないだろ? どうして黒岩学園で使ったコンテナが、この放置区域に残されているんだよ? どう考えてもおかしいだろ」
確かな証拠を見つけても、それでもアミーナは納得できない。だがビビは一つの可能性に辿り着いていた。
「食料じゃ……ないでしょうか?」
その言葉に今度こそ二人が凍り付く。それは考えるだけで最悪の可能性だったからだ。
「最初から不思議だったんです。あの感染獣は凶暴で瓦礫を粉砕するだけの力があります。それなのに、あの感染獣はどうして放置区域と居住区を分けるあの壁を乗り越えなかったんでしょう?」
「それは、あの壁が乗り越えられなかっただけで……」
「本当にそうでしょうか? 感染獣の力なら何度か体当たりすれば、壁を壊すことが出来たはずです。それなのにここに感染獣が居続けたのは、これが原因だったんじゃないですか?」
言いながらコンテナを指さすビビ。
「餌があるなら……、わざわざ壁を壊して居住区に向かおうとはしませんよね? このコンテナは、感染獣の餌を届けていた証拠なんじゃないですか?」
「だったら今までジェノが作らされていたのは……」
言葉を失うジェノとアミーナ。
それも無理は無い。ジェノは自分の作った食料が、少なからず街の人々や自分達の食事に還元されていると思っていたのだ。だが、その実態は感染獣の餌を作らされ続けていたのだ。
それは上層の富裕層に独占されるよりも、ジェノにとっては衝撃的な事実だった。
「餌を与えて、感染獣をここに留めて、居住区を守っていた可能性もあるだろ? それなら、ジェノは間接的に街を守っていたことになるんじゃ無いのか?」
「いいえ。それなら食事に毒を混ぜるなり出来たはずです。それに、アミーナさんも気付いていますよね?」
ビビが言いながらコンテナを出る。そして彼女が周囲に視線を向ければ、そこには幾つもの放棄されたコンテナが並んでいた。
「もしも殺すのなら、この餌を絶てば良い。このコンテナの金属を使って、居住区を守る為のもっと強固な壁を作れば良い。そうしなかったのはきっと、ここに感染獣が居なくてはいけない理由があったからです」
どうしていなければならなかったのか?
その答えはもう三人は推測できている。自分達が苦労して復旧したゲートが答えだ。
「感染獣はきっと、ゲートがあったからここに置かれたんですよ。だとしたら、誰かが感染獣を利用して、ゲートに近付く人を排除していたんじゃないでしょうか?」
そんなことが出来るだけの権力を持っているのは黒岩城の上層に暮らしている富裕層でしかあり得ない。
「感染獣を転送したことは暫くは口外するな。この放置地区にまだ感染獣がいると思わせておく方がいいだろう。出歩く時は、このマントを絶対に手放さない方が良さそうだ」
ジェノの言葉に頷くビビとアミーナ。
そして二人は幾つも残されたコンテナを後にする。ゲートの復旧ができたというのに、ジェノは自分の足下に、何かが纏わり付いているかのような不気味さを拭えなかった。