アミーナが目を覚ました時、彼女が目にしたのは見たことの無い白い天井と、彼女の様子を覗き込んでいるジェノの真剣な顔だった。
「目が覚めたな。ったく、心配掛けやがって……」
「ここはどこだ?」
「何というか説明しづらいんだが、とりあえず天国じゃない」
「ってことは、地獄か? 作戦は成功したのか?」
「ああ、あの感染獣は何処かは知らないが、まだ稼働可能な何処かのゲートのある雪原に放り出された」
「……そうか。上手くいって何よりだ」
言いながらアミーナが起き上がろうとする。しかし、やはり異形の力を使った反動が残っているのだろう。身体を上手く支えることも出来ずに、その場ですぐには起き上がれそうも無かった。
放置区域に居座っていた感染獣。
それを排除する為にジェノが考えた作戦は、世界中の何処にでもあったゲートと、放置区域のゲートをつなげる作戦だ。
ジェノやビビは勿論、例え感染獣であってもゲートの機能を使えば未だに0.3%は稼働しているらしい何処かのゲートに転送することは可能らしい。
感染獣がどこかに行って欲しい、というビビの発言にヒントを得て、それならば何処かへ送ってしまえばいい、というのが発端だった。
「いやぁ~……、一時はダメかと思いましたけど、上手くいって良かったですよぉ。このマントもボートも、ただの玩具ですからねぇ~。見つかったら壊されちゃうかもってヒヤヒヤしました」
言いながら顔を出したのは、ジェノとは違ってアーカイブで何かの作業をしていたビビだ。言いながら彼女は、エネルギー切れの『ボート』と名付けた円盤と、光学迷彩のマントを何処かへと仕舞っていた。
「これも俺が囮として頑張ったおかげだな」
「そんな事言って、最後はアミーナさんに助けて貰ったじゃないですか」
「ビビの造った円盤のエネルギー切れが問題だろ? せめて数時間くらいは逃げ切れるようなものをつくってくれよ、このポンコツ!」
「あぁぁっ! またポンコツって言いましたね! ジェノさんはもう少し私に感謝すべきですよ!」
口げんかを始めるジェノとビビの二人を見て、苦笑するアミーナ。しかしやはり身体に疲れが残っているのか、表情は優れない。
そんな彼女の様子にビビがどこからかゼリーのようなものを取り出すと。アミーナにそれを差し出していた。
「これは?」
「ちょっとした栄養補給用の非常食です。少しは体力が戻ると思います」
ゼリーを片手に訝しげな表情を浮かべるアミーナ。それでもビビの言葉に従って、ゼリーを口にすればアミーナは自分の身体がいくらか軽くなったのを実感した。
「凄いな。これもロストテクノロジーなのか?」
「はい。もっとも、非常用だけあって、あんまり数は無いんですけどね。今回はアミーナさんも頑張ってくれましたから」
ニコリと微笑みを浮かべるビビに対して照れくさそうに頬を搔くアミーナ。それからアミーナは部屋の中を見回して感嘆の声を上げていた。
「ジェノから話には聞いていたけど、これがアーカイブって奴なんだな。この天井とか壁が全部光ってるのか? それに見たことの無い道具までいっぱいあって……」
「ええ、まあ。アーカイブは人類の知識の宝庫ですから」
アミーナに対して無い胸を張って自慢げな表情を浮かべるビビ。
「と言っても、エネルギー切れ寸前で殆ど何も出来ないらしいがな」
「それを言わないでくださいよぉ。でもとりあえず、ゲートが一つ回復しましたから、少しはマシになると思うんですけど」
ビビが情けない声を出しながら落胆する。聞けばゲートにはアーカイブに太陽光、地熱、風力、水力などを利用して自動的にエネルギーを供給する役割があるらしい。
今回放置区域で見つけたゲートでは太陽光などは利用出来ないそうだが、殆ど廃墟同然の遺跡にある為、風力ならいくらでも使えるらしい。
さっそくビビはゲートの傍に何本かの風車を建てていた。
「今回は無事だったものの、あの力を使うなって言われてただろ? 助けてくれたことはありがたかったが、もう少し自分の身体も大事にしてくれ」
「あ、あぁ……そうだな。ただ、ジェノが殺されるかもしれないって思ったら、勝手に身体が反応したんだ」
「だからって自分が倒れたら元も子もないだろ」
「うるさいな! カミナを助けてくれたお前が死ぬ方が、アタシにとっては深刻な問題なんだよ! あとは……、察してくれよ」
頬を染めながら視線を逸らすアミーナ。そんな彼女の様子にジェノも若干の居心地の悪さを感じて頬を赤らめる。
アーカイブの中に漂う、どこか甘酸っぱい雰囲気に、キョロキョロとジェノとアミーナの表情を伺うビビ。そして彼女はポンッと手を打つと、うんうんと頷いて言ったのだった。
「人口増加の兆しですね。いやぁ~……、ジェノさんが世界再建に協力的で良かったです。出産とか育児とかなのシステムもできる限り早めに復旧すべきですね、これは」
期待に瞳をキラキラと輝かせながら、とんでもないことを言い始めるビビを見て、思いっきりビビの脳天にゲンコツを下ろすジェノ。アミーナはもう耳まで真っ赤になっている。
「何するんですか、ジェノさん!」
「頼むから、これ以上余計なことは言わないでくれ、ポンコツ」
頭を抑え得て涙目になるビビを見つつ、ジェノは深くため息を吐いていたのだった。