アミーナが回復して一晩が経った翌日――、ビビは何食わぬ顔でジェノの家へと戻って来ていた。
「あぁ、アミーナさん。目が覚めたんですね。いえ、外傷は無かったので、そのうち目が覚めるだろうとは思っていたんですが、良かったです」
「だったらそう言って行けよ。心配するだろうが」
「いやぁ……、いない方が都合がいいかと思いまして。本当は今日だって昼過ぎくらいまでは気を使った方がいいかと思ったんですよ。あっ、カミナちゃんがお祝いって言ってましたよ? なんせお泊りですからね」
「カミナに何話してんだ! このポンコツ!」
ビビの言葉にジェノが思わず脳天に拳骨を食らわせる。
「な、なにずるんでずがぁっ!」
「お前が馬鹿な事を言うからだろ!」
「バカな事じゃないですよ! 人口の回復は再建には必要だって言ったじゃないですかぁ……」
「時と状況を考えろ」
ビビとジェノのやり取りに、アミーナは頬を紅潮させる。ただ満更でもないのか、僅かに口元を緩めていた。
「ったく……、それよりも話すことがあるんだ」
話題を変えるように一つ咳払いをすると、ジェノは昨日のうちにアミーナから聞いた注射の話をする。
やはりビビはその技術や原理については知らないらしい。ただアミーナの血液を採取すると、「なるほど遺伝子情報に変化ありませんが、身体の構造が確かに普通の人とはちがっていますねぇ」と分析をしていた。
「ってことは、アタシはやっぱり感染獣みたいなバケモノになっているってことか?」
「そういう訳でもないですよ。身体はあくまでも人がベースになっていますからね。ちょっと骨が丈夫になったり、筋力が普通よりもある程度です。こうして言葉を交わしている辺り、知能の低下みたいなリスクがあるようにも感じません」
「ってことはアミーナはバケモノじゃないってことか?」
「当然じゃないですか。あの見境が無かった感染獣とは違います。外的な要因での機能ですから、将来的に子供に遺伝することも無いでしょう。ですからジェノさんとの間に赤ちゃんができても、その子は変身はできないだろうってことです」
「いや、余計なことは良いから。それじゃあ、アミーナが力を使うことに問題は無いのか?」
「いいえ、それは別問題です。あんまりお勧めはしないですね。普通にはあり得ない因子が身体に混ざって、任意のタイミングで使えるだけですから。倒れたのは変身による負荷が帰って来たものだと考えてください」
ビビの言葉に僅かに表情を暗くするアミーナ。そして三人は本題であるゲートと、そのゲートの近くにいる感染獣についての話を進めることにした。
「とりあえず、現状はあのバケモノを討伐するしかないだろ? ビビがゲートを復旧させたところで、あんなのがいるんじゃ碌に使えないし。ビビ、アーカイブで感染獣を倒すような武器は作れないのか?」
「そうですねぇ。そういう知識が無いわけじゃないですが、現状では何を作るにしても材料が圧倒的に足りてません。簡単な便利グッズや、その辺の建材を使って武器くらいは作れますけど、そんなもので倒せるとは思いませんし……」
「ナイフとか剣片手に、あれに向かっていくようなことはしたくないな」
剣を片手に特攻したところで、感染獣の片腕が直撃すれば、傷一つ負わせることなく死んでしまうのは想像に難くなかった。
「アタシが感染獣の力で戦うのはどうだ? 同じ感染獣なら……」
「馬鹿! 今さっき、使わない方がいいって言われたばっかりだろ。それに、攻撃をよけたり逃げたりは可能だろうけど、お前の蹴りだって感染獣はよろけただけだったのを忘れたか? とてもじゃないけど討伐なんてできっこない」
現状、持っている武器ではどうやっても感染獣を討伐などできるとも思えない。だが、ここでゲートを手に入れなければ、アーカイブのエネルギー問題は解決できないし、この先の再建は手詰まりだろう。
時間をかけて武器や資材を揃えてから討伐することもできるだろうが、それがいつになるかはわからない。少なくても憲兵以上の武力を手にするには、年単位で時間が必要だろう。
80年も動いていたビビなら十数年くらいは誤差だろうが、ジェノやアミーナはそういう訳にはいかない。
「せめて、あの感染獣がどこかに行ってくれればいいんですけどね」
そんなことが出来る訳がないと呟いたビビの言葉。その場にはいなかったとしても、ビビが修理を始めればゲートは稼働音を響かせるし、その音を聞きつければまた感染獣は襲ってくるだろう。
しかし、そんな彼女の言葉がジェノにあるひらめきを与えた。
「なぁ……ビビ、あのゲートの修理自体はできるんだよな?」
「え? ええ……、たぶん簡単ですよ。30分もあれば正常稼働できるようになると思います」
「なるほど、30分でいいんだな?」
ジェノの言葉に頷きを返すビビ。後はジェノが決心をするだけだった。
「俺に考えがある。かなり無茶な作戦だけど、上手くいけば感染獣を倒すことができるかもしれない」
そう宣言すると同時に、ジェノは思いついた作戦を口にする。
「いくら何でも無茶ですよ! 私が見つかったら……」
ジェノの作戦に涙目になるビビ。だが、他に方法は無いことはビビにもわかっていたのだろう。
「世界を再建するんだろ?」
最後にはジェノにそう迫られて、ビビは悲壮感を漂わせながら頷きを返す。そしてジェノ立案の感染獣の討伐作戦が行われることになったのだった。