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第15話:工房

 カミナを助けるためのペニシリンの開発から数日が経ったが、ジェノは未だ花街ちかくのスラム街・アミーナの家での生活をしていた。


 ここ数日はスラムや花街を中心に、カミナと同じように病気で苦しんでいる人々に安価で抗生物質・ペニシリンの錠剤を上層に比べれば安価で売り渡し、日銭を稼いで生活をしていたのだ。


 上層のスカディから聞いていた通り、5番鉱道を爆破したテロリストとしての指名手配については取り下げられているし、憲兵に追われている訳でもない。


 だからジェノの立場としては黒岩学園に戻ることも可能だ。もっとも、戻ったところで今度は別の炭鉱で石炭の採掘をさせられるか、温室などでジャガイモやサツマイモの栽培をさせられるのが目に見えている。


 その上、一度は学園を脱走したジェノの監視は、今まで以上に厳しいものになるだろう。それを考えれば、学園に戻ることも気乗りしない。


 むしろスラムとは言え、自由に生活できる今の方が彼にはあっていた。


「ジェノお兄さん、お昼ごはんができましたよ」


 ふと声を掛けられて顔をあげれば、そこにはジェノを覗きこむように明るい笑みを浮かべたカミナが立っていた。


「ああ、ありがとう。カミナちゃんは気が利くな」

「えへへ♪ と言ってもお芋をふかしただけなんですけどね」


 数日前まで床に臥せていたカミナ。


 アーカイブによって精製されたペニシリンによって肺炎は完治したようで、ここ数日は病気の間に落ちてしまっていた体力を戻すために、家事に勤しんでいる。


 初めて会った時には青白かった顔も血色が戻り、アミーナの妹らしく活発で明るく、かつアミーナよりは清楚な物腰は、癖の強い面々と関わることの多かったジェノにとっては清涼剤となっていた。


「なんだ、ジェノ。今日もただ飯を食いに来ていたのか?」


 食卓に向かうと、ジェノよりも先にカミナに呼ばれたのだろう。既にアミーナが座っていて、その向かいにはビビが、それぞれにカミナが用意したふかし芋を食べていた。


「もうっ、お姉ちゃん。ジェノお兄さんにそんな言い方は失礼だよ」

「本当の事だ。今のところ、ジェノは無職って奴なんだから」

「またそんなこと言って……」


 アミーナの言葉に渋い顔をするカミナ。


 もっとも、アミーナの言っていることも間違ってはいないので、ジェノとしては何も言い返すこともできない。


 アミーナは曲がりなりにも花街で客引きとしての仕事をしているし、カミナはまだ幼いがアミーナの食事の用意など家事をしている。ジェノはアミーナの家の近くのボロ屋での新生活を始めていたが、薬の準備はビビがしていることで、ジェノは病人に薬を渡しているだけ。


 食費や空き家の家賃くらいは姉妹に払ってはいる為ただ飯とまで言われるいわれは無いが、それでも不安定な状況には違いが無かった。


「お姉ちゃん、そんな言い方続けていたら、いつか本当にジェノお兄さん、スラムから出て行っちゃうよ」

「別にいいだろ? アタシ達の食べられる量が増えるってもんだ」

「でもぉ……。ごめんなさい、ジェノお兄さん」

「いや、別にいいよ。いつまでも二人に甘えてるわけにはいかないしな」

「なっ……」


 芋を食べつつジェノが応えると、驚いた顔をしたのはアミーナだった。


「どういう意味だ? どっか行くあてでもあるのかよ」

「いや、具体的には決まってないが、俺だって何もできない訳じゃない。それなりに機械の修理くらいならできるから、そろそろ市街に空き家でも探して、そこで生活しようと思っていたところだ。スラムじゃあ商売をしようと思っても難しいからな」

「ば、馬鹿じゃねぇの! そんなに簡単にうまくいくかよ」

「そうだな。当面はビビの作ってくれたペニシリンとか、他にも便利な道具とかを作って、それをあてにすることになりそうだが……」


 ジェノの言葉に表情を明るくしたのはビビだ。


「はい、任せてもらって大丈夫ですよ! ここ数日で、今の黒岩城での生活レベルはだいたい把握できましたから。ご提案できる道具とかなら、材料さえあれば色々と作れます。さしあたっては、この芋だけの食事とか改善したいですしね♪」

「あぁ……、食生活なんかは頼りにしている」

「でしたら、そろそろ工房を作るべきですねぇ……。市街の方で生活を始めるのは良い判断かもしれません」


 ジェノの言葉にビビが瞳を輝かせて思案を巡らせるビビ。


「お姉ちゃん……いいの? お兄さん、本当に行っちゃいそうだよ?」


 そんな二人の様子に目を丸くしているアミーナにカミナが声を掛けると、そこでようやく彼女はハッと気がついた。


「……ったく仕方ねぇなぁ。どうせ空き家を探すって言っても、当てなんてないんだろ? だったら猟犬組で世話をしてやろうか?」

「いいのか?」


 それでも素直になれないアミーナが頬をかきながら提案をすれば、意外にもジェノは乗り気な様子。


「お姉ちゃんは仕方ないなぁ……」


 そんな姉の様子にカミナが苦笑する。しかし、この状況でビビがアミーナの言葉に待ったをかけた。


「実はですねぇ。工房のあてはあるんですよ」

「え? お前……どっかに空き家でも見つけてきたのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけどね。前に話したじゃないですか、アーカイブの入り口は世界中にあるって」

「あぁ、そう言えばそんなこと言っていたな」

「それでですね。アーカイブで調べてみたら、この辺り、つまりは黒岩城内にもゲートらしいものがあるものがわかったんです」

「本当なのか?」

「はい、間違いありません。アーカイブに色々な材料や資源を運ぶ為にも、工房を作るならゲートの近くが最適だと思います。ホシマチで転送できなくもないですが、アーカイブの行き来はできた方が便利です。それにゲートは他のゲートにもアクセスできますから、今よりももっと多くの資材を手に入れることができれば、アーカイブのカツカツのエネルギー問題も解決するかもしれません」

「ちょっ……、待てって……」


 ビビの提案に置いていきぼりを食らいそうになりながら、アミーナが二人に声をかける。そして彼女は顔を僅かに赤くしていったのだ。


「お、お前ら二人じゃ、城内でその……ゲート探しなんて困るに決まってるだろ? だったらアタシも手伝ってやるよ」

「いや、お前は仕事あるだろ。そっちはいいのか?」

「だ、大丈夫だ! それよりもちょっとはアタシを頼れっての。カミナを治してくれた礼に、前にも力になってやるって言っただろ?」

「まぁ、そういうことなら……」

「わかればいいんだよ」


 ジェノの言葉に口元を緩めるアミーナを見て、やれやれと嘆息するカミナ。状況がよくわかっていないビビは首を傾げていた。


 そしてジェノは工房を作るべく、空き家での生活を続けながらゲート探しを始めることを決意したのだった。

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