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第14話:ペニシリン

 昇降機からアミーナの家に帰ると、ちょうどビビがカミナに点滴を打っているところだった。もっとも、ペニシリン自体は錠剤として既にカミナに飲ませているらしく、点滴はカミナの体力を戻す為の栄養補給としてのものらしい。


 カミナは眠っているらしく、安らかな寝息をたてていた。


「ジェノさんとアミーナさんがすぐに転送してくれて助かりました。あとはこの錠剤が無くなるまで、朝・昼・夜となるべく食後に服用して貰ってください。それで症状は完治するはずです」

「あ、あぁ……。ありがとう……。ありがとうな……、二人とも」


 薬の入った瓶をアミーナに渡すビビ。その薬を大事そうに握りしめて、アミーナは瞳を潤ませていた。


「これで今回の問題は解決ですね。ジェノさんもお疲れ様です。抗生物質は医療においてとっても大切なことですからね。これで世界再建に一歩近付くことが出来ました」

「……そうか」


 満足そうなビビ。一方でジェノは眠っているカミナの傍で、妹の心配そうに見つめているアミーナを見て、どこか複雑な表情を浮かべていた。


「ジェノさん、どうかしたんですか?」

「いや、もしも俺がもっと早くにビビに出会っていれば、俺の母さんも死ななかったのかも知れ無いと思ってな」

「ジェノさんのお母さんですか?」

「ああ、俺の母さんはな、たぶんカミナと同じ病気で死んだんだ」


 まだジェノが12歳の頃に父親を亡くしたジェノ。そこからはジェノの母親が女手一つでジェノが黒岩学園に入るまでの三年間を育ててくれていた。


 しかしやはり無理がたたったのだろう。


 ジェノが黒岩学園に入学する都市に身体を壊して亡くなっている。そして亡くなってからまだ二年も経っていなかった。


「同じような病気で死んだのは母さんだけじゃ無いし、このあたりじゃ毎年何人も死んでいる。母さんが死んだことを引きずったりはしてないよ。それでもな、薬さえあれば……って思ったことは何回かあった」

「ジェノさん……」


 何でも無いようなことのように語るジェノ。しかし、その横顔はどこか寂しげで、ビビはそんな彼をみて表情を暗くする。


 そしてビビは彼の手を取るとニコリと彼に微笑みを向けた。


「ジェノさん、引きずったりしてないって言うのはたぶん嘘ですよ。ジェノさんがアミーナさんの手伝いをしたのは、たぶん自分とアミーナさんを重ねてみていたからじゃ無いんですか?」

「俺が? 別にそんなつもりは無かったよ。言っただろ? 俺はアミーナに憲兵から助けて貰った。その借りを返しただけだ」

「本当にそれだけですか? ガイノノイドの私には人の気持ちを完全に理解する事はできないかもしれません。でも、ジェノさんが色々と頑張ってくれたのは、亡くなったお母さんが関係しているんじゃないかっていうのは間違っていないと思います」


 ビビの言葉にジェノは何も答えられない。ただやはり想像してしまう。もしもビビともっと早く出会っていれば、母さんが亡くなって涙を流すことは無かったのではないかと。


 辛い現実から目を逸らすように、ロストテクノロジーの復旧を目指して鉱車で雪に覆われた外の世界を目指すことも無かったのではないかと。


「でも、これからはもう安心ですね」


 ジェノを元気づけるように明るい声でビビが笑みを浮かべる。


「ジェノさんのおかげでペニシリンが手に入りました。この薬があれば、きっとジェノさんと同じ思いをする筈だったたくさんの人を助けられるはずです。世界再建の第一歩としては、ジェノさんにとってはピッタリだったんじゃ無いですか?」

「……かもな」


 ビビの言葉に頷きを返すジェノ。


「なぁ、ビビ」

「はい」

「世界の再建を進めれば、いつか外の世界に行けるのか?」

「勿論です」

「色んな科学技術を取り戻せば、今回みたいに誰かの助けになる事が出来ると思うか?」

「アーカイブの技術があれば不可能はありません」

「そうか……。だったらさぁ、もう少しだけお前の言う世界再建に、俺も協力してやるよ」

「はい、ありがとうございます」


 ジェノの言葉に微笑みを浮かべて応えるビビ。


 彼の目が少し潤んでいることにビビは気付いていたが、それ以上彼女は何も言うことは無かった。




 それから数日後――、カミナは完全に体調が戻った。


「ジェノ、アンタに協力してもらってよかった」


 アミーナは完全に復調したカミナを見て涙を流して喜んでいたし、彼女は「何かあったら今度はアタシが力になってやる」などとまで言ってくれた。


 時を同じくして、スラム街ではカミナと同じ症状で苦しんでいた何人かの人々が体調を戻していくことになる。


 スラムに病気を治してくれる医者が現われたという噂は花街を中心に広がっていく。


 そしてその噂は黒岩上の上層まで届いたことをジェノとビビの二人はまだ知らない。


「どうやら彼の持つロストテクノロジーは本物のようだな……」


 黒岩城の秩序を守る憲兵、その幹部でもあるスカディは、今回の一件にジェノが関わっていると確信する。無表情に城下の街並みを見下ろす彼女は、口元にニヒルな笑みを浮かべていたのだった。

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