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第13話:忠告

(気まずい……)


 スカディに貯蔵庫に案内して貰えることになったジェノ。


 一先ず待合室に戻ったジェノはアミーナと合流して、貯蔵庫に向かうことになる。


 しかし、待合室に戻った時にはアミーナは苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしていて、更にスカディに貯蔵庫のブルーチーズが貰えることになったと聞かされると、益々何か言いたげな表情になっていた。


 そして今、スカディに案内される中、ジェノは無言でチラチラと自分を見ているアミーナに気まずさを感じていた。


「なぁ……」

「何だよ」


 気まずさからアミーナに声を掛けてみる。しかし、返ってきたのはどこか無愛想な彼女の声。そんな彼女に思わず嘆息してしまう。


「何か言いたいことがあるなら言えよ」

「別に」


 ジェノの言葉に、話すことは無いとでも言いたげにバッサリと答えるアミーナ。だがアミーナが不機嫌になっているのは間違いない。


 だがジェノには思い当たる事が何も無かった。


「だったら、せめて普通にしていてくれ」

「そ、それはアンタが悪いんだろうが!」


 呆れたようなジェノに噛みつくアミーナ。しかし、それでもジェノが何を言われているのか察せずにいると、ポツリとアミーナが呟くように彼に訊ねた。


「スカディと寝たのか?」と――。

「なっ……」


 彼女の問いかけに絶句するジェノ。


 まだ学生とは言え、ジェノも一般的な男性だ。アミーナの言葉の意味がわからない訳ではない。当然ジェノは否定する。


 だが、この状況ではアミーナがそう考えるのも無理は無いだろう。


「憲兵のエリート相手に、ただで食料を貰えるなんて話がある訳無いだろ? お前があの女と寝て、ブルーチーズを貰えるように交渉したんじゃ無いのか?」

「ばっ……! そんなコトする訳ないだろうが!」


 アミーナの邪推に、思わず声を大きくして否定するが、アミーナは彼の言葉をまるで信用していない。むしろ身体を売ったに違いないと考えているのは明らかだった。


「何を言い合っている」

「い、いや……、何でも無い」

「そうか」


 一方でスカディはと言えば、相変わらず表情一つ変えることはない。


 先程と変わりの無いスカディの様子が更にアミーナには腹立たしかったのだろう。アミーナは自分からスカディと話そうともしていなかった。


 そんな中、ようやく貯蔵庫に案内されれば、そこにはジェノが今まで見たことの無い光景が広がっていた。


 別の鉱山都市から交易によって運び込まれた食料備蓄が並び、ジェノのような一般生徒が温室で栽培していたジャガイモの入ったコンテナなどがズラリと並んでいたのだ。


 その量は、毎日の食事で困っている一般市民から考えれば、信じられないような光景だったのだ。


「こんなに蓄えこみやがって……」


 その光景をみて忌々しげに呟くアミーナ。その声は隣にいたジェノにはようやく聞こえる声。だがアミーナがその光景に怒りを覚えても仕方が無い。


 それ程までに上層の食料庫は潤沢な量が用意されていたのだ。


「チーズの備蓄はこっちだ」


 そんな二人の様子にスカディは何も言わない。ただ、平淡な口調で二人をチーズの並んでいる棚へと案内する。


「後は俺の仕事だな……」


 言いながらジェノはホシマチを起動させると、ビビに連絡を取る。


 今度はジェノから連絡が来ると分かっていたのだろう。すぐにジェノからの通信に答えてくれた。


『あんまり遅いから心配していたんですよ。とりあえず、ホシマチをチーズに向けて貰えますか?』


 そしてジェノがチーズの棚にホシマチを向ければ、ビビにもチーズの棚を確認することが出来たのだろう。そこからブルーチーズを指定して、一部をホシマチを通してビビの元へと転送させていた。


「それもロストテクノロジーの一つなのか?」

「ああ、ちょっとした通信装置みたいなもので……。もっとも、これは俺にしか使えないように登録されているらしい」


 ホシマチについて訊ねられて、言葉を濁しながら答える。

そんな彼に対してスカディは黙考して何かを考えていたようだが、その場ではそれ以上何も言うつもりはないらしい。そして二人は再びノエルが戻ってくるはずの待合室へと戻されていた。




 ノエルが戻ってきたのは、二人が貯蔵庫でブルーチーズを手に入れてから、更に数時間後の事だった。


「待たせて悪かったなぁ」


 少し疲れたようなノエルの様子に、ジェノも感じるなんとも言いがたい気まずさ。上級遊女であるノエルが、城主の部屋に呼ばれて何をしていたのかなど推測するしかないが、どこか気怠げな彼女の様子を見れば、何をしていたのかはハッキリとしていた。


「それじゃあ店に帰るよ」


 ノエルに促されて、再び昇降機に向かうおうとする三人。そんな中、ジェノだけが三人を送ろうとするスカディに呼び止められていた。


「君……、本当の名前は? ジェイは男娼としての名前なのだろう?」

「まぁ、偽名だよ。俺はジェノだ」


 彼女の言葉に本名を口にするジェノ。スカディは彼の名前を反芻するように呟くと、彼の瞳をまっすぐに見つめて囁くように語り掛けた。


「さっきの通信機。これからは人前で出さないことだ。上層には、旧世界の技術を下層の一般市民が持つことを疎ましく思う派閥もいるし、通信機と言えど奪おうとする者もいるだろう。下層の一般市民の中にもな」


 彼女の忠告にアミーナが元々はジェノの持っているホシマチを奪おうとしていたことを思い出す。


 ホシマチのシステムによってジェノ以外の物に使えない物であっても、それを持っていることの危険性をスカディは忠告したのだろう。


「……頭にいれておくよ」


 ジェノの言葉にスカディはやはり表情を変えようとしない。そんな彼女についてジェノは警戒すべき相手だと認識しつつも、どこか自分の身を案じてくれていることも感じていた。


「あの女と何話してたの?」


 昇降機にジェノが乗り込むと、帽子を目深に被ったアミーナが問いかける。なんと答えたものかと思案して、ようやく口から出た言葉は、「別に何でも無い」という言葉。


 その言葉にアミーナはまた不機嫌そうに鼻を鳴らし、ノエルはアミーナとジェノの間の微妙な空気を察して、苦笑を浮かべていたのだった。

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