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第12話:スカディ

「楽にしてくれて構わない」


 スカディの部屋に案内されたジェノは緊張を隠せなかった。


(楽にしろって言われてもなぁ……)


 彼を自室へと招いたスカディは相変わらず表情一つ変えず、何を考えているのかも理解できない。それでも着ていた憲兵の制服の上着を脱ぐと、彼女自身は立ったままのジェノを他所にソファーへと腰を下ろしていた。


 一般的な憲兵の暮らしている部屋よりは明らかに広い部屋。スカディはやはり憲兵の中でも特別な存在であることは部屋からも見てとれる。


 床には柔らかな絨毯が敷かれ、ダイニングキッチンと寝室に別れた彼女の部屋には殆ど物が無く、あまり生活感は感じられない。


 しかし扉の開かれている隣室を見れば、大人二人が横になっても余裕のありそうなダブルベッドが置かれていて、嫌が応にもジェノはこの後のことを想像をしてしまった。


(馬鹿なことを考えるな。どうにかして、この場をやり過ごすしか無い。せめて貯蔵庫に行く方法を考えないと……)


 汚れもないシャツと制服のズボンだけを着たスカディを前に、思わず大人の女性を意識してしまうジェノ。シャツを押し上げている胸は大きく、彼女の身体は成熟した女性としての丸みを帯びていた。


「どうした? 好きなところに座ってくれ」


 そして彼女に促されると、ジェノはかってはわからないがテーブルを挟んで彼女の向かいに座る。すると、スカディは無表情に近いニヒルな笑みを彼へと向けていた。


「こういう時、男娼であれば客の隣に腰を下ろすのが基本だ。見た目は上手く偽装できているが、作法くらいは身に着けるべきだったな」

「……っ」


 平淡な口調の彼女の指摘に、ジェノが表情を強ばらせる。しかし、続いて彼女が口にした言葉は、より彼を焦らせるものだった。


「五番鉱路の爆発に関して、指名手配されている学生は君だろう? ロストテクノロジーとしての鉱車の復旧に、この状況から上層に来る胆力はたいしたものだ」

「どうして……」


 思わず漏らしてしまったジェノの言葉。


 無理も無い。一般的な報道としては、ジェノがロストテクノロジーを復旧させたことは公になっていない。だが目の前にいるスカディはジェノが復旧させたことを既に看破していた。


 ジェノの頭の中でとっくに警鐘が鳴っている。


(この女は危険だ……)


 ジェノが男娼で無い事も、何もかも見抜いているのだろう。


 だとしたら待合室に残してきたアミーナや、今頃城主の相手をしているノエルですら立場は危ういものだった。


 だがスカディはそんな彼の心中を見透かしたように「逃走の必要は無い」と伝えると、ポツリと呟くように言葉を漏らした。


「父親と同じだな。君も優秀な技術者のようだ」

「父さん? あんた、父さんの事を知っているのか?」

「少しだけな。話したことがある程度だ」


 ジェノの問いかけに、彼女はそれ以上は何も答えない。


 だがジェノの胸の内は複雑だ。憲兵によって秘密裏に処刑されたに違いない父親。憲兵である彼女がジェノにとっては仇の可能性すら考えられたからだ。だが――、


「彼の息子なら、少なくてもテロリストのような無謀な行いをする事はないだろう。何より、鉱路の爆破については不審な点も多い。既に君の指名手配は取り下げてある」


 スカディは警戒するジェノに対して事も無げに告げたのだ。


「どうしてあんたがそんなことを?」

「これが憲兵としての私の職務だ。それに、私個人としても君と言葉を交わしてみたいと思っていた」


 彼女の言葉を全て言葉通りに受け止めるつもりはない。それでも今のジェノには他に指針となるものがない。だとすれば、今だけは彼女の言葉を信じるほか無かった。


「それで? 君は何か目的があって上層に来たのでは無いか? このタイミングで上層に来て、まさか本当に男娼としての仕事をしに来た訳ではないだろう? もしも男娼としての仕事のつもりなら、私の相手をして貰うことも考えるが?」

「い、いや……、目的はある……」

「だろうな。だとしたら目的は上層の旧世界の技術か?」

「いや、物資が欲しいだけだ」


 躊躇いながらも彼女に答えるジェノ。これ以上隠し立てをしたところで隠しきることは難しい。何よりもジェノの胸の内すらも見透かしたかのような彼女の視線が恐ろしかった。


「なるほど。それで、今日はその物資が手に入れば何もせずに帰るのか?」

「それ以上の用は無いよ」

「……ならば問題は無い。こちらとしても事を荒立てることを望んではいない。それで何を探している?」

「ブルーチーズって食品がある筈だ。それを貰いたいだけだ」


 ジェノの答えにしばし黙考するスカディ。どうしてそんな物を? と疑問に思っていたのかもしれない。しかし、その程度ならば渡しても問題が無いと彼女は判断したのだろう。


「せっかく上層まで来たんだ。手土産くらいは問題が無いだろう」


 彼女はジェノに対してそう答えた。


「まさか用意してくれるのか?」

「そう言っている。私が持ってくれば良いか? おそらくは貯蔵庫に行けば手に入るだろう」

「い、いや、出来れば貯蔵庫まで見に行きたい」

「了解した。では待たせている君の連れを迎えに行こうか」


 スカディの真意をジェノには理解できない。それでも彼女の申し出をジェノに断わる理由はない。彼女に得体の知れない何かを感じながらもスカディに続いて部屋を出たのだった。

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