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第11話:黒岩城・上層

 黒岩城の上層に向かうに当たって、ジェノは羞恥心を堪えていた。何故なら上層に向かうに当たってジェノは高級娼館の男娼としての変装を施されていたからだ。


 ボサボサの黒髪はジェルで強引に整えられ、その顔には薄く化粧が施され、男娼用に用意されていた明るい柄の着物を着せられたジェノ。そんな彼を見て付き人として相応のスーツを着せられたアミーナがニヤニヤと口元を緩めていた。


「なかなか似合うじゃ無いか」

「冗談だろ? どう考えても無理がある」

「いやいや、顔立ちは悪くないからね。どうだい? このまま男娼としての仕事を始めてみないか? 大衆店で良ければ、私が紹介状を書いてやってもいいよ」

「本気かよ……。遠慮しておく」


 とても冗談を言っているようには見えないノエルの言葉にジェノが溜息を吐く中、アミーナは仕方がないとばかりにジェノの肩を叩く。


「仕方ないだろ? アンタは五番鉱道の件で指名手配されている。黒岩学園の制服姿だと目立つし、少なくてもその格好をしていれば、疑われる可能性は低くなるんじゃ無いか? まさか男娼として上層に来るなんて思わないだろうしな」


 今にも吹き出しそうな表情でアミーナが声を掛け、やがて三人は高級娼館に所属する猟犬組の構成員に護衛される形で黒岩城の上層へと続く昇降機へと連れて行かれる。


 昇降機に到着すればそこには既に上層の警備をしている憲兵が到着しており、猟犬組の警備から三人の警備を引き継ぐと、特にボディーチェックなどをされる事も無く、三人は上層へと招き入れられた。


「それではこちらの部屋で待つように」


 そして三人が上層で案内されたのは、待合室のような一室。黒岩城を一望できるテラスの作られた一室だった。


「碌なチェックも無かったのは助かったな。武器を持ち込んだりするつもりは無かったが、ホシマチを見咎められたりすると面倒な事になっていたかもしれないしな」

「まったくだ。普段の仕事ぶりが想像できるってもんだね」


 秘肉っぽく言葉を交わすアミーナとジェノの二人。


 そして待合室で待つこと数分、やがてノエルに声が掛かる。どうやら今日のノエルの相手は黒岩城の中でも別格のようで、普段に比べて警備も厳重となっていた。


 後はうまくやりな――、そう視線を残した彼女を見送ると、二人は待合室に残されることになる。後はこの上層でブルーチーズを探すだけ。


 二人に対しては見張りを任されるような憲兵もおらず、待合室の扉にも鍵は掛かっていない。食料備蓄の貯蔵庫へと向かうことを考えながら、二人がノエルから遅れて部屋を出ようとしたその時だった。


 二人の居る待合室を、一人の女性憲兵が訪ねてきたのは。


 その憲兵はジェノやアミーナよりも頭一つ以上に大柄な女性だった。蝋色の髪に同じく何の感情も宿していないかのような漆黒の瞳。憲兵の制服を着てはいるが、胸の階級章が彼女が一般の憲兵で無い事を表わしている。


 一目見ただけでジェノの背筋に悪寒が走る。何の感情も顔に浮かべることも無く、二人を見る彼女は明らかに他の憲兵とは別格だった。


「君達だな、先程の遊女の付き添いの二人というのは」

「は、はい。そうですが、何かありましたでしょうか?」


 できるだけ相手を刺激しないように、彼女に対して下手に出るアミーナ。しかし、彼女の視線は何故かジェノに向けられていた。


「申し遅れた。私は城主様の近衛を務めるスカディだ。今日は城主様が遊女を招いたと聞いたので、警備責任の付き人として同行した君達の確認に来た」

「そうでしたか。お仕事、お疲れ様です……」


 愛想笑いを返すアミーナ。


 しかしジェノはそれどころではない。どうやら今日、ノエルが相手をしているのは黒岩城の全権を握っている城主らしい。よりにもよって、とジェノとしては表情を引きつらせるしか無かった。


「以前に呼んだ時の同行者とは違うようだが、今日は何かあったのか?」

「い、いえ、いつもの同行者が急病でして。そこで姉さんと付き合いの長い私が同行することに……。コイツは男娼なんですが、いずれ上層に招かれることもあるかもしれないと、社会勉強の為に同行させました」

「なるほどな。君、名前は?」


 平淡な口調でジェノに声を掛けるスカディ。ジェノは彼女に対して伏し目がちに頭を下げると、「ジェイです」と可能な限り自然を装って偽名を口にした。


「そうか、それではジェイ。君は、今日は経験を詰む為に上層に来たと言うことだが、その言葉に間違いは無いか?」

「は、はい、間違いはありません」


 冷たい汗がジェノの背中に流れる。


 ジェノの言葉に表情一つ変えることも無く、平淡な口調で機械のような瞳で彼を見るスカディ。本物のアンドロイドであるビビ以上に、彼女は機械のように見えた。


「それではジェイ、今日は私の相手をしてもらうおうか」

「なっ……」


 そんなスカディからの突然の申し出に絶句するジェノ。慌てたのはアミーナも同様だった。


「お、お待ちください、スカディ様。ジェノ……、いえ、ジェイは確かに男娼ですが、まだまだ憲兵様のお相手ができる程の経験はございません。お相手として相応しい者を後日お呼びいたしますので、本日はどうかお許しをいただけませんでしょうか?」

「ほう……、この私に意見をするつもりか?」

「……っ」


 どうにかアミーナが間に入ってジェノを引き留めようとする。しかし、スカディにそこまで言われては、アミーナにはもうどうしようも無い。


「わかりました。ご満足いただけませんでしょうが、お相手をさせていただきます」


 こうなれば、とジェノももう腹を括るしかない。


 後はどうにかする、と不安の表情を浮かべるアミーナに視線を向けると、ジェノはスカディに連れられて待合室から連れ出されたのだった。

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