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第10話:花街の上級遊女

 花街の遊女はそれぞれ三段階に区別されている。


 一つは娼館などに在籍することも無く、個人で路上に立って客を取る遊女。彼女達は裏路地や物陰、或いは自宅としているあばら屋で客をとることもあり、娼館へ通うような懐の余裕のない一般市民を相手に日銭を稼いでいる。


 もう一つは大衆店と区別される娼館に所属している遊女達だ。


 彼女達は路上で客を取ることがない代わりに、娼館の中に個人で部屋を与えられて店を訪れる客の相手をしている。といっても、花を売るだけが彼女達の仕事では無く、舞いのような踊りや楽器の演奏を求められることもあり、ボードゲームなどに興じることも少なくない。


 それでも路上で客を取っている女性達とは異なり、ある程度の教養を持っている彼女達は華やかで、多くの固定客がつけば大衆店の看板嬢となることもあり得る。


 アミーナなどはこうした大衆店の客引きをしている一人であり、大衆店に通っているのは貧困層でも生活には困っていない中流階級や、憲兵、猟犬組の実力者などが殆どだ。


 そして今、ジェノとアミーナが訪れようとしている遊女の居る店は、そう言った大衆店とは更に一線を画す高級遊女だけが所属するという高級店であり、その中でも上層に招かれるだけの実力をもった遊女のいる店だった。


「今からあう姉さんは、数年前までアタシが客引きをしていた大衆店の看板嬢だったんだ。だからアタシが会いに来たって言えば、たぶん会ってくれるはずだ」


 アミーナがそう言って向かったのは一軒の高級店。


 上客の入店する表の入り口には強面の警備員が置かれていたが、アミーナが向かったのは従業員用の裏口。


 そこで店員らしい男性を相手と交渉をすると、アミーナとジェノは揃って店内に入るようにと促される。


 下っ端の憲兵では入店することも難しい高級店の中は調度品にも気を使っているのだろう。


 簡素ではありながらもそこかしこに生けられた花などが飾られており、壁や扉にもまで絵画らしき趣向を凝らしている部屋もあれば、ステンドグラスらしき飾りのある扉までもがある。


 そして二人が通されたのは、そんな高級娼館でも上層階の一室だった。


「姉さん、失礼いたします」

「アミーナ、よく来たね」


 いつものどこか粗雑な振る舞いでは無く、どこか殊勝な態度で扉を開けるアミーナ。そんな彼女を迎えた遊女を見た時、ジェノは思わず息を呑んでしまった。


 それ程までに彼女の存在が煌めいて見えたからだ。


 金色の結い上げた髪に、同じく金色の瞳、肌は傷一つ無く白く滑らかで、何処か幻想的な雰囲気を纏っている。そんな女性が遊女としてのナイトドレスを身に着けている。


 成熟した女性としての色香と気品を持った彼女は、これまでジェノが出会ったどの女性よりも美しく見えた。


 ジェノの立場であれば、きっと生涯相手にされることはなかったであろう高級遊女。一晩酌をされるだけで憲兵の給料の一月分が無くなるなどと揶揄されることもあるが、この女性ならあり得るかもしれないとジェノは納得してしまっていた。


「今日はどうしたんだい? 妹……、カミナが病気で倒れたって訊いていたけど、大丈夫なんだろうね? 私を訊ねてきたって事は、何か頼りたいことがあるんだろう?」


 まるで実の家族のようにアミーナに言葉を掛ける彼女に、アミーナも気恥ずかしそうに、被っていた帽子を更に目深に被っていた。


「実はそうなんだ。姉さんの付き人として、上層に私とコイツを連れていって欲しい。カミナの治療をする為に、どうしても上層で手に入れたいモノがあるんだ」


 それでもアミーナは意を決っして、今回訊ねてきた理由を説明する。


 そこに至ってようやく彼女の金色の瞳にジェノの姿映る。その視線を察してジェノが僅かに頭を下げると、彼女はジェノを値踏みするかのように見つめて嘆息した。


「アミーナ、この子は? 私には、最近このあたりで手配されている、五番鉱道での爆破事故に関係するって言われているテロリストに見えるんだけど?」


 明らかにジェノに対して警戒をしているらしい彼女。この子、と子供扱いするその言葉にジェノは僅かに苛立ちを感じたが、二人の間に入ったのは彼を連れて来たアミーナだ。


「こいつはジェノっていう黒岩学園の学生です。アタシとしても信用できるかって言われれば、良いとこ半々です。でも、コイツの連れがカミナを治療する為の医者なんだ」

「連れが医者……ね。その医者は信用できるのかい? 黒岩城内の、それも下層に居る医者なんて、殆どが素人に毛が生えたようなもんだろ?」

「いや、でも……、アタシ達には他に頼る奴も……」

「だったらそれこそアタシに頼るべきだ。こんな何処の馬の骨とも知らない奴よりは私を頼りな。幾らか金は掛かるだろうが、上層の薬を取り寄せろって言うなら協力してやるさね」

「で、でも姉さん、上層の薬を使ってもカミナが治る保証は……」

「私よりもコイツを信用すると? 悪いけど、私はこの子を信用する気にはなれない。この子の連れだって同じだ。わざわざアンタを上層に連れて行って、危険に晒す必要は無い」


 明らかにジェノを信用するつもりのない彼女の言葉。アミーナがなんとか彼女を説得しようとするが、もう彼女はジェノを見ようともしていなかった。


「信用して貰わないと治療も何も出来ないだろ」


 しかしジェノも自分やビビを軽く見られて我慢が出来る性質でもない。彼女の言葉に噛みつくように言い返すと、アミーナの表情が引きつった。


 だがその言葉が彼女にとってはツボだったようだ。ニヤッと口の端を吊り上げていた。


「アンタ、私の力を借りたかったんじゃ無いのかい?」

「このまま黙ってたら、どっちにしろ断わるつもりなんだろ? 俺はテロリストなんかじゃ無いし、これでも話が通じる方だ。お行儀良くしていて要求が通るならそうしている」

「なら黙っていたらどうだい? そうすれば、すくなくとも上層の薬は手に入る。それならアンタには面倒はないだろう?」

「それで治るなら、わざわざあんたを尋ねてきたりしない。ビビが……、少なくとも俺よりは病気に詳しい奴が、必要な素材があれば治せるって言うから、その素材を手に入れる為にわざわざ来たんだ」

「なるほどねぇ……。それを私にとって来て欲しいと頼めばいいんじゃ無いのかい?」

「間違った物を持ってこられても困る。俺にはそれが正しい物か確かめる手段がある。そこも信用して貰うしか無いけどな」

「結局は信用……ねぇ、ははっ、面白いねぇ、アンタ。自分が信用されるとも思っていないのに、そんな言葉を選ぶなんて。今アンタの言った言葉に嘘や誤魔化しは無いのかい?」

「この場で嘘をつくようなら、そもそも信用には値しないだろ?」


 ジェノの言葉に面白そうに頬を緩ませる彼女。そして彼女はジェノに向かって手を差しだした。


「面白い子だね。まぁ、口の利き方は教えてやった方が良さそうだけど、まぁまぁ気に入ったよ。失礼な物言いを言って悪かった。私はノエルだ、今後ともよしなに」


 傷一つ無い白い手を前にジェノがかたまる。


「ね、姉さん?」


 驚いているのは彼を連れて来たアミーナも同様だ。ノエルと名乗る彼女に触れることなど、本来ならジェノに許されることでない。彼女から手を差しだしたことは、それ程までに異常なことだった。


「どうしたんだい? アンタが信用しろって言ったんだろ? アンタが握手を求めるなら、こっちも相応の礼儀を払うのは当然だ」

「……あぁ、なるほど」


 しかし、こんな事何でも無いと言うかのようなノエルの態度に、ジェノは納得すると学園の制服で自分の手を拭うと、その手でノエルと握手を交わした。


「俺はジェノだ。アミーナの妹……、カミナを治療する為にはあんたの力が必要だ。力を貸してくれないか?」


 改めてジェノの口にした言葉にノエルはニヤッと口元を緩める。そして彼女はアミーナとジェノに訊ねた。


「それで、上層にいって何を手に入れるつもりなんだい?」と――。

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