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第8話:カミナ

 猟犬組――、黒岩上の中で一般的な憲兵と並ぶだけの武力を持っている自治組織というのが表向きの顔だが、その実態は黒岩城の敷地内で花街を始めとした幾つかの縄張りを持っているゴロツキの集まりだ。


 縄張りで生活をしている者を保護する代わりにみかじめ料を取り立て、密造酒の販売や花街への人材を供給することで大きな利益を得ている。


 憲兵は黒岩城内での治安維持を目的として武力を行使することがあるが、猟犬組は自分達の利益の為に武力を行使することも多い。


 その為、猟犬組はある意味で一般市民から、憲兵よりも忌み嫌われる存在ではある。


 そんな彼等が黒岩城の城主や憲兵達には黙認されているのは、彼等猟犬組の構成員が「後ろ暗い仕事」を憲兵に代わって行っているからに他ならない。


 そしてアミーナはその猟犬組の構成員の一人だった。




 猟犬組の縄張りであるスラム街の一角。幾つものあばら屋が長屋的に並んだ一角に、アミーナはジェノとビビを連れてきていた。


 淀んだ空気に殺伐とした雰囲気、碌な掃除もされていないスラム街には、そこかしこに痩せ細った人々が暮らしていて、お世辞にも衛生的とは言えない。


 そして小綺麗な格好をしたジェノとビビに対して、彼等は敵意にも似た警戒心を剥き出しにしていた。


「ジェノさん……、ちょっと場違いだったような気がしますね」

「お前が言い出したことだろ?」


 ジェノ背後に隠れるように周囲に対して怯えた表情を見せるビビに、呆れたように嘆息するジェノ。


「そんな格好で歩いていたら当然だろ? まぁ、アタシと一緒に居るなら大丈夫だよ。一人で出歩くのはお勧めしないけどな」


 言いながら先導するアミーナが皮肉っぽい笑みを浮かべ、到着したあばら屋の中へと入っていく。


 あばら屋とは言っても、壁は錆付いたトタンと黒ずんだ木製の柱で作られていて、風が吹けばトタンが擦れ合うような音がするボロ屋だ。それでも辛うじて残っている扉や排水管から、ここがアミーナの暮らしている家なのだと理解できた。


「ただいま」


 アミーナが言いながら部屋に入ると布団で横になっていた少女が起き上がる。アミーナと同じ赤い髪に幼い顔立ち。おそらく歳はジェノよりも少し年下だろう。


 その肌は僅かに荒れていて顔色も青白い。それでも彼女は帰ってきた姉を見て、嬉しそうに微笑みを浮かべていた。


「お帰りなさい、お姉ちゃん。今日は早かったんだね」

「まぁな。お前らもそんなところに立ってないで上がれよ」

「……ああ」

「おじゃまします」


 アミーナに促されて部屋の中にあがるジェノとビビ。あばら屋の中は思っていたよりも温かく、ストーブに薪がくべられ、その上に置かれたヤカンから湯気が立ちのぼっていた。


「この人達は? お客さん?」

「あ、あぁ……、まあそんなところだ。お前の病気を診て貰おうと思って来て貰ったんだ。もしかしたら力になれるかもしれないらしい」

「そっか、だったらお医者さんなんだね。ありがとうございます。私……カミナです。よろしくお願いします」


 アミーナよりも礼儀正しく頭を下げるカミナ。反射的にジェノとビビがそれぞれに名前を名乗って頭を下げると、カミナは少し苦しそうに咳をしていた。


「さっそくだけど診て貰えるか?」

「はい、任せてくださいね」


 言いながらビビがカミナに近寄ると、どこからか取り出した聴診器を手に持つ。その上で彼女の胸に聴診器を当て、脈拍などを測るように彼女の手首をとっていた。


「あの子供、医者の経験でもあるのか?」

「どうだろうな。ただ、素人よりはマシだと思うんだが……」


 それっぽい行動をするビビに視線を送りながら言葉を交わすジェノとアミーナの二人。それからビビは幾つかの質問をすると、診察が終わったのだろう。


 表情を暗くしてアミーナに病気について説明を始めた。


「これは間違いなく肺炎ですね。もう随分と熱が続いているようですが、乾いた咳もずっと続いていますか?」

「あぁ、そろそろ二週間になる。夜寝ていても、自分の咳で起きることも多くて、満足に休めもしない。どうにかなるのか?」

「そうですね。今の私にはどうしようもありません……。肺炎を治す為には、どうしても薬が必要になりますが、手持ちもありませんから」


 ビビの診断結果に唇を噛みしめるように表情を歪ませるアミーナ。今まで漠然としていた薬に縋るしか無いという考えが、確かなものになったのだから当然と言えば当然だ。


「そうか、面倒を掛けたな……。だったら後は私が稼げば良いだけだ」


 そう言ってアミーナは立ち上がる。おそらくは幾らかの金を稼ぐ為に仕事に出ようとしたのだろう。だが、そんな彼女に待ったをかけたのはジェノだった。


「待てって。ビビ、お前は治す為には薬が必要だって言ったよな? それは、薬が一錠手に入れば治るようなものなのか?」

「いいえ、そんなことは無理です。一時的に症状を抑えることは出来るかも知れませんが、完治させる為には適正な量が必要になります」

「だろうな。わかっただろ、アミーナ。お前が金を持っていっても、その薬で完治する可能性が低い。むしろ効果の無い薬を売りつけられて、この子の症状が悪化するかもしれない」

「だったらどうしろって言うんだよ!」


 目を伏せて悲痛な声を出すアミーナ。だがジェノだって理由も無く彼女を引き留めた訳では無かった。


「ビビ、お前はカミナが肺炎だって分かったんだよな? だったら、必要な薬が何かも知っているんだよな?」

「勿論です。治す為には抗生物質……、ペニシリンが最低でも必要になります。ですが、アーカイブには現在材料がありません」

「だったら、材料があれば、そのペニシリンを手に入れることは出来るんだな? アーカイブの技術を使えば、作ることがで着るって事だろ?」

「それは……そうですね。可能です」

「本当か!?」


 ビビの言葉にアミーナは振り返ると、ビビの肩を掴んで縋る。


「教えてくれ! 何が必要だ? 何だって準備してやる。だから何があれば治せるのかを教えてくれ」

「わっ、わっ、ちょっ……待ってください!」


 肩を掴まれて狼狽えるビビ。ビビにも隠す理由など無かったのだろう。迫るアミーナに解放されると、少し迷ったように応えた。


「そうですね。せめてブルーチーズがあれば、薬が作れると思います」


 必要な素材の名前を口にするビビ。しかし、その素材の名前を聞いた時、ジェノは新しいトラブルを予感していたのだった。

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