「ビビ! お前……なんだってここに?」
「ジェノさんが規則を破るからですよ。ホシマチを渡してすぐに、まさか他の人に渡すなんて思っていませんでした! ジェノさん、私の世界再建に協力してくれるって言ったのに!」
未だ首にナイフを突きつけられているジェノに対して、そんなことはお構いなしに怒った顔を見せるビビ。
「お前……この状況が分からないのか?」
ジェノが仕方なく自分の首筋に当てられているナイフを目にすると、ようやくある程度の状況を理解したのだろう。突然現われたビビに対して警戒していたアミーナが、再度ナイフの刃をジェノの首筋に押し当てた。
「えっと……、もしかしてお取り込み中です?」
「見ての通りだ。脅迫されて懐中時計を奪われそうなんだよ」
「な、何でですか! 何でアーカイブの外に出てすぐに、こんな危ない状況になっているんですか!」
「お前が渡した懐中時計が原因なんだよ。アレを俺から奪って、質に入れるって言ってるんだ。ビビ、お前……アンドロイドなんだったら、コイツをどうにか出来る武器とか無いのか?」
「無理ですよぉ! 私、戦闘用のアンドロイドじゃ無いんですよ!」
「このポンコツ……、さっきは連絡にも出なかったし、肝心な時に役に立たないなぁ!」
「あぁぁっ! ポンコツ! ポンコツって言いましたね! そういうことを言っちゃ駄目なんですよ! 私はこう見えてもアーカイブの管理を任されている最新式なんですから!」
「お前ら状況分かってるのか!」
目の前で低レベルな口論を始めるジェノとビビの二人。そんな二人を一喝するようにアミーナが大声を出す。そして彼女は懐中時計を再びジェノの手から奪い取ろうとする。
しかし、アミーナは結局ジェノの手から懐中時計を奪う事が出来ない。何故なら、アミーナが奪い取った瞬間にはまるで砂のように彼女の手の中で消えて、再びジェノの手の中で懐中時計の形になるからだ。
「な、なんだ……。これ? どうなってる」
目の前の光景が信じられないというように目を丸くするアミーナ。そして、そんな彼女に対してビビは少し得意げに語ってみせる。
「これぞホシマチの管理登録システムのセキュリティですよ。ホシマチには私が渡した時に持ち主を登録する機能があります。登録者以外が奪ったり盗んだりしても、ちゃんと登録した持ち主の元に戻るように出来ているんです」
ビビの語るシステムは俄には信じがたい話だ。しかし、アミーナが何度ジェノの手から奪おうとしても、懐中時計・ホシマチは何度でもジェノの手に戻ってしまう。
「こういう機能があるなら先に言っといてくれ」
「くそっ……。これじゃあ何の為に金まで払って……」
ホシマチを奪えないとわかると悪態をつくアミーナ。そしてとうとう諦めたのか、アミーナはナイフをしまい深々と溜息を吐いていた。
「ったく、お前ら何なんだ? 本当にテロリストか何かなのか?」
「テロリストになったつもりはねぇ。まぁ……、とにかく助かったよ。憲兵に追われていたのを助けてくれたのは感謝してる」
ジェノの言葉に気まずそうに舌打ちをするアミーナ。そして彼女はそのままその場を去ろうとする。勿論、ジェノに彼女を引き留めるつもりは無い。
「あの……、何かお困りですか?」
しかし、そんな彼女をビビは引き留めようと声を掛けた。
「おい、ビビ。こんな奴に関わらなくても……」
「そう言う訳にはいきませんよ。私はアーカイブの管理者として、人の為に尽くす事が存在意義になっています。ですから、何か困っていることがあるのなら、できるだけ人のお力になりたいと思います」
妙な使命感を口にするビビ。そして彼女はニコッとアミーナに笑顔を向けていた。
「何かお困りなら、お話しを聞かせてください」
「……金が必要なんだよ。お前が金を出してくれるのか?」
そんなビビの裏表の無さそうな様子に、ポツリとアミーナが口にした言葉。その言葉にビビは少し困った顔を見せる。
「ごめんなさい。私はお金を工面することは出来ません」
「だったらアタシに関わらないでくれ」
「でも、お金が必要な理由が分かれば、お金以外の方法で協力することができるかもしれません。どうしてお金が必要なんですか?」
ただの子供のように純粋にアミーナに訊ねるビビ。そんな彼女を直視出来ずにアミーナが視線をそらす。
そして彼女が口にしたのは、アミーナにとってはたった一人の肉親。アミーナの妹の話だった。
「妹が病気なんだ。元々、妹は身体が弱かったんだが、少し前から熱が引かずに床に伏せっている。その薬を手に入れる為には莫大な金がいるんだ」
アミーナの言葉に、彼女と関わらずにいようと考えていたジェノが思わず彼女を見る。それもその筈、貧民である自分やアミーナにとって、黒岩城で病気になることは命の危険になるかもしれない話だからだ。
黒岩城での医療設備、特に薬に関しては、その殆どを富裕層が独占している。多額の費用を用意すれば薬剤について売ってくれる可能性もゼロでは無い。
だがその為の費用はとてもジェノのような学生が稼げる金額では無く、ロストテクノロジーの機械を質入れして、ようやく僅かばかりの薬を販売してくれるかもしれないというか細い可能性だった。
「なるほど……、医療ですか。それなら私とジェノさんにお任せ下さい」
「なっ……」
だというのにビビは自信満々に自分に任せろと言ってしまう。
「どうして俺まで?」
「これも世界再建の第一歩です。医療についての復興は重要ですよ」
彼女の言葉にジェノが思わずビビに詰め寄る。だが、ビビの中でジェノが協力することはもう決定事項なのだろう。ジェノの文句にも耳を貸そうとしない。
「とりあえず、その妹さんの居る場所まで案内してくれませんか? きっと後悔はさせませんから」
それどころかアミーナに案内を求めるビビ。
ビビとジェノの言葉をアミーナだって信じることはできない。それでも彼女が了承したのは、妹を必ず救いたかったからだろう。
「わかったよ。ついてきな」
そう言うとアミーナは二人を自分と妹の暮らしている家へと案内したのだった。