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第6話:花街の少女・アミーナ

 憲兵とジェノの間に現われた女性を前にジェノは戸惑っていた。


(何だ……、この女? 俺を助けてくれたのか?)


 見た目にはジェノよりも少し年上に見える彼女。顔立ちはどこか子供っぽいが、切り揃えられた赤髪に目深に被った帽子の目立つ少女。


 スラリとした肢体に大人びたプロポーションや醸し出す雰囲気は歓楽街で客を取っている女性のように見えるが、眉間の下から両目の下に掛けて目立つ大きな傷のある女性だった。


「またお前か、アミーナ。そこにいるテロリストをこちらに引き渡してもらおうか?」

「テロリスト? コイツが?」


 憲兵にアミーナと呼ばれた彼女がチラリとジェノを見る。


「ちょっと待ってくれ、どうして俺がテロリストになってるんだ!」


 当然、状況が理解できないジェノが問い詰める。しかし、返ってきた答えはジェノすら予想もしていないものだった。


「シラを切るつもりか? 先日の五番炭鉱での爆破事故。あれはお前の起したものだろう? 警備兵を含め五番炭鉱を任されていた複数人の生徒に死者が出たんだ」

「そ、そんな馬鹿なこと……」


 彼の言葉に動揺するジェノ。当然、爆破などジェノはしていない。だが、考えられる可能性があるとすれば、ロストテクノロジーを修繕したジェノについての口封じを、追っていた憲兵達が行ったということだ。


「俺じゃ無い! 俺は爆破なんてことできる訳が無いだろ!」


 もしも捕まれば、自分も口封じをされるかもしれない。そう考えたジェノは憲兵達に叫ぶ。しかし、憲兵達は彼の言葉に耳を貸そうともしない。だがその状況を見ていた彼女は一触即発の空気の中、小さく笑った。


「テロリスト? おいおい、どうやったら五番炭鉱のテロリストが花街に来るなんて事になるんだ? コイツはそんなたいした奴じゃ無いよ。うちの店の客だ」


 堂々としたふるまいで憲兵に語る彼女。しかし、さすがに憲兵も彼女の言葉を無条件に信じる訳も無い。


「うちの客? 見え見えの嘘をつくな。そのガキがお前の店の客だとして、どうして憲兵を見て逃げるんだ? やましいことがある証拠だ」

「あぁ~……、それな。それはこいつも悪いんだ。まぁ、見ての通り……コイツはあんたらの探している黒岩学園の生徒には違いないんだけどなぁ……」


 言いながらアミーナはジェノを立たせると、わざわざわかりやすいように彼の肩を組んでみせる。


「コイツさぁ、昨日までは童貞だったんだよ。それで自分の少ない給料と、先輩の金を幾らかちょろまかして、初めて花街に遊びに来たみたいでなぁ。それがバレたんじゃ無いかって思ったんだよ。なぁ?」


 言外に話を合わせろと目配せをしてくるアミーナに、ジェノが肯定を示すように頷きを返す。


「こいつを庇うつもりか?」

「庇うも何も無いさ。店に金を落としてくれた以上、コイツは私達の客。つまりは猟犬組の客だよ。それなのに憲兵が猟犬組のシマで自分達の客を追いかけ回していたら、間に入るのは当然だろ?」


 猟犬組――、その言葉に明らかに怯む憲兵達。名目上、黒岩城内の治安を守っているのが憲兵だとすれば、猟犬組は花街を根城にしている自治組織に近い。


 相応の武力を持つ彼等といざこざを持つことが、どれだけのリスクを持っているのかを憲兵達も理解していない訳ではない。


「昨日、その学生がお前の店にいた証拠は?」


 それでもジェノをここで見過ごすことはできないのだろう。憲兵の代表らしき男がアミーナに問いかける。しかし、そんな彼の言葉にアミーナは妖艶な笑みを浮かべると、ペロリと唇を舐めてみせる。


「そんな野暮なことを聞くなよ。先輩の金をちょろまかしたって言っても、炭鉱夫同然の学生が持ってる金なんてたかが知れてるだろ? そんな端金じゃあ、うちの姉さん達に紹介もできねぇよ」

「だったら店には居なかったと言うことじゃないのか?」

「ばーか、察しが悪いなぁ。姉さん達には紹介できないってだけで、童貞が卒業できるなら誰が相手でも問題ねぇって話だ。だから昨日は一日、アタシが相手してやったんだ」

「……っ」


 彼女の言葉にさすがに聞き捨てならないとジェノが口を挟もうとする。だがジェノと肩を組んでいる彼女の腕に力が入れば、ここは黙っているしか無いと理解する。


「何だったら、昨日のプレイを話してやろうか? コイツ、ガキだけどムッツリだったみたいでなぁ、一回や二回じゃ終わらなかったんだ。喰ってやるつもりが、何度もヒィヒィ言わされて、イかされちまったよ」


 そんなジェノの心中すら無視して面白おかしく語るアミーナ。


 さすがに他人の情事になど興味は無いのだろう。大半の憲兵達はしらけたような表情になっている。代表格の男以外は、既にジェノに興味を無くしているようだった。


「今の言葉に偽りは無いだろうな?」

「偽る必要なんてないだろう? こいつを庇ったところで、アタシには何の得も無い。庇っているのは、コイツが猟犬組の客には違いが無いからだよ。それに、一晩を共にした仲だからさぁ」


 言いながらようやくジェノを解放すると、アミーナは代表格の男に近寄っていく。


「仕事熱心も良いけどさぁ、あんただってたまには花街で息抜きでもしたらどうだ? 憲兵だったらそれなりの給料を貰ってるんだろ? 金さえ持ってきてくれるなら、上客用の姉さんを紹介してやれるからさぁ」


 言いながら彼の手を取るアミーナ。その時、ジェノは何かをアミーナが彼に手渡すのを見逃さなかった。


「……いいだろう」


 おそらくは彼女が渡したのは賄賂なのだろう。


 手の平に握らされた賄賂を受け取った代表格の男は、これ以上は面倒を起すなと捨て台詞を残して、二人の目の前から去っていく。


「ったく、余計な出費だよなぁ」

「わ、悪かったな。だけど……おかげで助かった」


 そして憲兵達が見えなくなると、深々と溜息を吐きながら毒づくアミーナ。そんな彼女に助かったと感謝を口にするが、しかしアミーナはそんなジェノに手の平をヒラヒラとさせて応えてみせる。


「憲兵なんてこの街じゃ嫌われものだしなぁ。猟犬組として、この花街でアイツらにでかい顔をされたくなかっただけだ」


 何でも無い事のように言ってみせるアミーナ。しかし、次の瞬間にジェノは再び全身を強ばらせることになる。


「さぁて、それじゃあ戦利品の回収と行こうか。さっきの懐中時計をこっちに渡して貰おうか?」


 首筋に当てられた銀色のナイフ。その冷たい刃がジェノの首筋に当てられていた。


「助けてくれたんじゃないのか?」

「どうしてアタシが慈善活動をすると思ったんだ? あんたが持っていたのはロストテクノロジーの機械だろ? 最初からそれが狙いだよ」

「だったら憲兵に俺を引き渡しても良かったんじゃないのか?」

「それだとアタシに得がねぇだろ。第一、あんたが憲兵に捕まったら、遅かれ早かれあの機械は憲兵の手に渡る。それは、アイツらの得にしかならねぇ。それよりは、アタシが質に入れた方が得になるだろう?」


 首筋に当てたナイフを手に、ニヤリと口元を緩めながら脅迫をするアミーナにジェノは抵抗をすることもできない。


 もうこれまでかと諦めて、手に持っていた懐中時計を渡そうとする。だが彼女の手が懐中時計に触れようとしたその瞬間に、懐中時計が光るとその中から一人の少女が現われる。


「ジェノさん、他の人に渡すのは契約違反ですよ!」


 それはアーカイブにいる筈の白ビビだった。そして彼女はジェノを前に不満げに両手を腰につけて頬を膨らませていた。

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