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第3話:アーカイブ

「うぅ……、酷いですよぉ……」


 言いながら涙目でほっぺたを抑えているビビ。その様はやっぱりロボットにはどうしても見えない。見た目の幼さに反してしっかりとした受け答えができる分、普通の子供では無いのは間違いないようだった。


「とりあえずお前のことは後にするとして、ここはどこなんだ? 俺は確かに、修理した鉱車で炭鉱を出た筈だが、ここはまだ黒岩城の中なのか?」

「だからアーカイブですよぉ……。ジェノさんが機能停止した鉱車の中で凍死しそうだったから、取り急ぎアーカイブの方へと転送させて貰ったんです。事は一刻を争いそうでしたから」


 ジェノの言葉にどこか得意げに無い胸を反らしながら応えるビビ。しかし、やはり彼女の言っている言葉には耳馴染みが無かった。


「アーカイブ? それはどこだ? 黒岩城の中にそういう施設があるのか?」


 しかし、その言葉は思いのほかビビにとっては衝撃だったらしい。目を丸くして、その上ガックリと落ち込んですらいた。


「そうですか……。しばらく人がこないなぁ……と思っていたんですけど、やっぱり忘れられていたんですね……。いえ、私も少しはおかしいなぁ、とは思っていたんです」


 その場で項垂れて床にのの字をかき始めるビビ。その仕草がいじけた人間的だったが、さすがにいじけている場合では無いと思ったのだろう。


 ビビは「よ~く聞いて下さい!」と前置きをすると、ジェノにアーカイブのなんたるかを語り始めた。


「良いですか! アーカイブとはですねぇ、言わば人間がこれまで獲得してきた知識の宝庫。世界の技術の粋を集めた最高のラボであり、様々な技術を保存した書庫でもあるのです!」

「人間の様々な……?」

「はいです。ジェノさん、今何か欲しいものはありませんか? まずはジェノさんのご要望を満たすことで、アーカイブの素晴らしさを実際に体感していただこうと思います。

「あぁ……そういううことなら……」


 そこに至ってジェノは相変わらずまだ自分の身体が冷え切っていることを自覚する。ジェノのいるアーカイブの中は暑くも無く寒くも無く、空調が調整されているようだが、雪で濡れた制服を着ていた所為で、身体はあまり温まっていなかったのだ。


「どこかで制服を乾かすことはできないか? 制服が濡れている所為で寒くて……。できれば身体を温めるスープでも出してくれると嬉しいんだが……」

「そんな事ならお安いご用です! それではジェノさん、まずはその濡れている服を私に貸してください」

「あ、あぁ……」


 少々の気恥ずかしさを感じながら、着ていた学生服を脱ぐとビビに渡すジェノ。さすがに下着まで脱ぐ気にはなれなかったが、制服を預かったビビがアーカイブの壁に触れる。


 すると次の瞬間にはジェノ目の前で学生服が解けるように消えてしまい、直後には粒子が集まるように全く同じ物が現われていた。


「はい、これで問題ありませんね。学生服は完全に乾いているはずです」


 言いながらビビが手渡してくれた学生服は完全に乾いている。それどころか、所々ボロボロになっていた布地のほつれまで直されていた。


「あのボロい制服が新品みたいに……。今のはどうやったんだ?」

「ふふんっ! これぞアーカイブの技術です。ジェノさんの制服にはですねぇ、たくさんの水分子が付いてしまっていました。ですからね、ジェノさんの制服を一度分子レベルで分解、必要以上の水分子を取り除いて再構成して見せたんです」


 鉱車を独学で直したジェノも技術者として分子という単語の意味はわかる。だがその分解と再構成となると、原理そのものが理解できない。


「後は~身体を温めたい……でしたね。では、こちらを少しお借りしたいと思います」


 言いながらビビが取り出したのは、制服に入れていたはずの彼の食べかけの乾パン。鉱車に飛び乗った時にポケットに入れた残りだった。


 ジェノが何かを言うよりも早くにビビがその乾パンを自らの手の平で握りしめる。直後、ピカッと彼女の手が光ったかと思えば、そこには一口大のクッキーが現われていた。


「乾パンがクッキーに?」

「はい、どうぞ。温まりますよ」


 言いながらジェノに対して差し出されたクッキー。


(これも科学技術なのか?)


 そう思いながらも恐る恐るジェノは差し出されたクッキーを食べてみる。食感は普通のクッキーと変わりなく、歯で噛めばサクサクとした食感を感じることができる。


 しかし、変化が訪れたのは彼がそのクッキーを飲み込んだ直後だった。


「なっ……、これ……」


 今まで凍えそうだった身体にみるみる熱が広がっていくことを感じる。かじかんでいた指先までもが温まり、身体の震えが止まる。それどころか額にはうっすらと汗すら浮かび、全身に昂ったかのような熱さを感じていた。


「どうです? 身体はあったまりましたか?」


 驚きで言葉も無いジェノに対してウィンクすらしてみせるビビ。そんな彼女を見て、ジェノはコクコクと何度も頷きを返すことしかできなかった。

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