それから1週間が経った、ある放課後のこと。その日1日の授業を終え、学園の寮へ戻る前にペンケースを忘れたことに気づいた摩耶は最後に受けた授業が美術だったことを思い出し、急ぎ足で美術室に向かう。
7月も後半になり、午前でも午後でもとにかく暑い。摩耶は背後に夕方の気配を感じながら廊下を歩き、2階に続く階段を早足で駆けあがる。病葉の死体を裏庭に埋めたあの日から1日がとても長く感じられた。美術の授業中は特にそれがひどく、代わりの教師が話している内容がまったく頭に入ってこず、どこかうわの空だった。
がらがら……と美術室入口のドアを引き開けると生ぬるい風に混ざって油絵の具のような匂いが摩耶の鼻先に届く。きっと先輩か誰かが残って絵を描いているのだろうと思った摩耶は中に入って驚きから手に抱えていたリュックを床に落としてしまった。
その乾いた音に気づいた人物が絵を描く手を止め、イーゼルに乗せた大きなキャンバスから顔を上げて摩耶のほうへ振り返った。
「わ......病葉先生、なんで……生きてるんですか……?」
「やあ、久しぶりだねえ摩耶。しばらく僕がいなくて寂しかったかい」
病葉は人懐っこい笑顔を浮かべ、摩耶に向かって両腕を大きく開く。摩耶は感極まって病葉の胸に飛びこみ、顔をうずめる。今日の病葉はモネの睡蓮がプリントされた半袖シャツを着ていた。摩耶を受け止めた病葉はそのまま座っていた丸椅子からバランスを崩し、床に転がる。
「先生............会いたかった」
「おいおい......そんなにぎゅうっと抱きしめたら苦しいよ。まだ体も本調子じゃないしさ」
シャツに顔をうずめた摩耶の耳元でゆっくり打っていた病葉の鼓動がほんの少しだけ早まる。摩耶は顔が熱くなるのを感じ、あわてて病葉と少し距離をおいた。
近くで見ると長く伸ばして先をゆるくカールさせた灰色の混じった髪はツヤがなく、肌は青白く、素人の摩耶から見ても全体的にやつれていた。
「ごっ、ごめんなさい......。あの私、忘れ物を取りにきたんです」
「ああ。それならそこの机の上にあるから持っていきなさい」
病葉は立ち上がりながら机の上を指さす。摩耶が探していた薄紫色のペンケースが置かれていた。摩耶は礼を言って背負いなおしたリュックにペンケースを戻すと美術室から立ち去ろうとした。
「僕がどうやって生き返ったのか…………知りたくはないかい」
「え?」
病葉が不意にひとりごちるように言った。思ってもみなかった発言に摩耶は閉めようとしたドアを途中で止める。
「……今夜10時、倉田くんと一緒にあの裏庭までおいで。寮のほうには僕から夜間外出の許可を取っておいてあげるから」