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第3話

 扉をくぐると、空気が一変した。先ほどまでの冷たい石造りの廊下とは異なり、柔らかな風が流れている。わずかに湿り気を帯びた土の香りが鼻をくすぐった。


 「……地下庭園?」


 ナツメが驚いた声を漏らす。


 俺たちの目の前に広がっていたのは、薄暗いながらもどこか神秘的な空間だった。天井は見えないほど高く、無数の光る蔦が垂れ下がっている。壁のあちこちには発光する苔が張り付き、淡い青や緑の光を放っていた。


 「これ、自然にできたのか? それとも……」


 俺は慎重に足を踏み入れ、地面の感触を確かめる。しっとりとした土と、ところどころに生えた苔の上を歩く感触がする。


 「多分、ここもダンジョンの一部……。でも、さっきまでの通路とは雰囲気が違うね」


 ナツメはスマホを操作し、周囲のスキャンを試みる。しかし、画面には「魔力干渉により計測不能」の文字が浮かび上がった。


 「……ダメだ、何かが妨害してる」


 「ってことは、ここに何か重要なものがあるってことか」


 俺は慎重に周囲を観察しながら、奥へと進む。足元には小さな花が咲いており、時折、小さな光の粒のようなものがふわりと舞っている。


 「ねえ、あれ……」


 ナツメが指さす先に、奇妙な石碑が立っていた。


 高さは人の背丈ほど。表面には、先ほどの扉と同じ文字が刻まれている。


 「また古代文字か……。意味、分かるか?」


 「うーん……全部は読めないけど、たぶん『封印』『鍵』『選択』って単語がある」


 「封印……ってことは、この先に何かが?」


 俺たちは顔を見合わせる。だが、その時──


 「……!」


 突如、地下庭園の奥から小さな振動が伝わってきた。


 ナツメが緊張した面持ちでスマホを構える。俺もナイフを握りしめ、身構えた。


 「何か、来る……!」


 青白い光がゆっくりと近づいてくる。闇の向こうから、何者かの影が浮かび上がった──。


 闇の向こうから現れたのは、ひときわ大きな人影だった。


 「……また、石像か?」


 俺は警戒しながら目を凝らす。しかし、それはさっきの石像とは違っていた。


 光を反射する銀色の装甲。節々に組み込まれた青白い魔力石がぼんやりと発光している。その佇まいは、まるで古の騎士──否、"何かを守る者" のように見えた。


 「……ゴーレム?」


 ナツメが小さく呟く。


 ゴーレムスーツに似た構造だが、それよりも精巧で、より「意志」を持って動いているように感じられる。


 「こいつが封印の番人……か」


 俺はナイフを握り直すが、すぐに別の選択肢を考える。


 戦うべきか? いや、この状況はマズい。ナツメのスマホが魔力干渉を受けている以上、サポートもままならない。ここは一度、撤退すべきだ。


 「ナツメ、ダンジョンを出るぞ」


 「えっ、でも……」


 「今は情報が足りねぇ。このまま突っ込んでも勝ち目はない。準備を整えてから、改めて来る」


 ナツメは少し迷ったが、すぐに頷く。


 「……分かった」


 俺たちは慎重に後退しながら、来た道を引き返す。


 ゴーレムの青白い目がこちらをじっと見つめていたが、追いかけてくる気配はない。ただ、その場に佇み、まるでこちらの"決断" を見定めるように静かに立っていた。


 やがて、扉の向こうへと戻ると、重々しい音を立てながら再び扉が閉じられる。


 「……ふぅ、なんとか戻れたね」


 ナツメが安堵の息をつく。俺も一度息を整え、辺りを見回した。


 「とりあえず、外に出るぞ。一度、情報を整理しよう」


 俺たちはダンジョンの入り口へと向かい、慎重に外へ出た。


 夜風が肌を撫で、空には無数の星が瞬いている。


 「さて、どうするか……」


 このダンジョンには、まだまだ謎が多い。だが、確実に"何か" が眠っていることは分かった。


 準備を整え、再び挑む──それが次の課題だった。


 ダンジョンの外に出ると、夜風が心地よく肌を撫でた。さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように和らぐ。ナツメがスマホを操作し、ダンジョンの地図データを保存する。


 「これで次に来るとき、道に迷わなくて済むね」


 「助かる。じゃあ、ギルドに戻るか」


 俺たちはそのまま、拠点であるギルドへと足を向けた。


 ◇


 ギルド「アイアンクロウ」の本部は、街の中心から少し外れた場所にある。古びたレンガ造りの建物だが、冒険者たちが頻繁に出入りし、活気に満ちていた。


 俺たちが扉を開けると、中はいつものように賑わっていた。カウンターでは受付のスタッフが依頼の処理をしており、奥のテーブルではパーティが戦利品の分配をしている。


 「おかえり。ダンジョン探索はどうだった?」


 カウンターの向こうで、受付のエリスが微笑む。


 「まあまあ、ってとこかな。とりあえず、換金を頼みたい」


 俺はポーチから、ダンジョンで手に入れた魔力石や金属片を取り出した。ナツメも小さな宝石のようなアイテムを並べる。


 「ほうほう……なかなかいいもの持ち帰ったわね」


 エリスが手際よく鑑定し、換金額を計算していく。


 「魔力石(小)×3、精霊の鉱石(欠片)×2、古代金属の破片……合計で7万メタルね」


 「おお、悪くないな」


 ナツメと顔を見合わせる。装備の補充と情報収集には十分な額だ。


 「それと、ダンジョンの奥に封印の守護者みたいなのがいた。ゴーレムっぽいけど、普通のとは違う感じだった」


 「へえ……それは興味深いわね。キャプテンに報告する?」


 「ああ、頼む」


 エリスがギルドの奥へと消えていく。しばらくすると、金属製のブーツの音が響いた。


 「戻ったか」


 現れたのはギルドのキャプテン、ガルシアだ。屈強な体格に、鋭い眼光を持つベテランの冒険者だ。


 「報告を聞いた。ダンジョンの奥に未知のゴーレムがいたそうだな」


 「ああ、戦闘にはならなかったが、確実に『番人』だと思う」


 ガルシアは顎に手を当て、考え込む。


 「……なるほど。お前たちには、もう一度あのダンジョンを調査してもらう。ただし、今度は新たな情報を持って行け」


 「新たな情報?」


 「この街には、あのダンジョンについての記録を持っている学者がいる。そいつに話を聞いて、対策を考えろ」


 俺たちは頷いた。


 「了解。準備を整えたら、学者のところへ向かう」


 「頼んだぞ」


 キャプテンの指示を受け、俺たちは次の行動へと移る準備を始めた。



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