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第2話

 奥へ進むにつれ、空気が少しひんやりとしてきた。壁に刻まれた装飾はますます複雑になり、足元にはかすかに細かい砂が積もっている。まるで長い間、誰も踏み入れていない場所のようだった。


 「……何か聞こえない?」


 ナツメが立ち止まり、小さく囁く。俺も耳を澄ませると、どこか遠くから風のような音が聞こえた。だが、このダンジョンには風が吹き込むような場所はなかったはずだ。


 「……何かが動いてる?」


 ナツメがスマホの画面を確認し、軽く眉をひそめる。


 「生命反応は……なし。でも、この空気の感じ……」


 言葉を選ぶように言いかけたその時、前方の暗がりで何かがかすかに光った。俺は反射的にナイフを握りしめ、一歩踏み出す。


 光の正体は、床に埋め込まれた円形の装置だった。古びた金属の輪の中央に、小さな青白い石がはめ込まれている。


 「……魔力灯?」


 ナツメが慎重に近づき、スマホをかざす。スキャンの結果、画面に「微弱な魔力反応あり」の表示が浮かんだ。


 「でも、まだ動いてるみたい」


 「ってことは、この先も……」


 俺が言いかけた瞬間、遠くの暗闇がぼんやりと青白く光った。まるで何かが目を覚ましたように、ゆっくりと。


 ナツメが息をのむ。俺も慎重にナイフを構えた。


 「……行ってみるか?」


 「うん。でも警戒してね」


 俺たちはゆっくりと、光の先へと歩を進めた。静寂の中、何かがこちらを見ているような、そんな気配を感じながら。


 青白い光の正体は、壁際に並ぶ石像だった。高さは人間と同じくらい。甲冑をまとった戦士の姿をしており、それぞれが剣や槍を構えている。


 「……これは?」


 ナツメがスマホをかざし、スキャンをかける。しかし、画面には「魔力反応なし」の文字が表示された。


 「ただの彫像……なのかな?」


 「いや、ダンジョンにこんな目立つものがある時点で、罠か仕掛けの可能性は高い」


 俺は慎重に石像へと近づき、その表面に手を触れた。冷たく、ひんやりとした感触。しかし、特に動く気配はない。


 「意外と古いな。ところどころ欠けてる」


 「でも、なんだか不自然……」


 ナツメが周囲を見回しながら言う。確かに、石像の配置が妙だった。まるで何かを守るように円を描いて並んでいる。そして、その中心には──


 「……扉?」


 壁には、装飾の施された大きな扉があった。表面にはさっきのプレートと同じ文字が刻まれている。


 「これ、開けられるかな?」


 ナツメが扉の前に立ち、慎重に観察する。取っ手や鍵穴らしきものは見当たらない。代わりに、中央に手を当てられそうなくぼみがあった。


 「……試してみるか」


 俺はゆっくりと手を伸ばし、くぼみに触れた。その瞬間、足元の魔力灯が一斉に明るく輝く。


 「──っ!」


 同時に、石像たちの目がぼんやりと光を宿した。


 「……やっぱり仕掛けがあったか」


 俺はすぐに後ろへ下がり、ナイフを構える。ナツメもスマホを操作し、準備を整えた。


 「来るよ……!」


 静寂を破るように、石像の剣がゆっくりと持ち上がる。まるで長い眠りから目覚めるように、ゆっくりと──だが確実に、動き始めた。


 石像の目が青白く輝き、鈍い音を立てながら動き始める。長年の静寂を破るように、関節が軋む音が響いた。


 「……やっぱり動くか」


 俺はナイフを握り直し、後退しながら状況を確認する。石像は全部で五体。剣を持つものが三体、槍を構えるものが二体。配置的に、俺たちを包囲する形になっていた。


 「ナツメ、どうする?」


 「……正面突破は危険。でも、足元を見て」


 ナツメが指さす。足元の魔力灯が光を放ち、その明かりが石像の動きと連動しているようだった。


 「この光、何かの制御装置になってるかも……。壊せば動きを止められるかもね」


 「なるほどな。なら、試してみるか」


 俺は素早くナイフを抜き、近くの魔力灯へ向かって振り下ろす。しかし──


 「硬っ!」


 刃が触れた瞬間、まるで金属のような硬度を持つガラスが、衝撃を弾いた。ナイフの先がわずかに欠ける。


 「物理攻撃は効かないみたい……!」


 「くそっ、なら別の方法を──」


 その時、一体の石像が完全に覚醒し、剣を振りかざした。


 「──っ!」


 俺は反射的に身を屈め、ギリギリのところで回避する。剣が空を切り、石の床に重い音を響かせた。


 「ナツメ、魔法でどうにかできるか!?」


 「やってみる!」


 ナツメはすぐにスマホを操作し、アプリの魔法スキルを起動する。画面に浮かび上がる詠唱の文字──そして、彼女の指がタップした瞬間、魔力灯の一つがかすかに揺らいだ。


 「……いける! もう少し……!」


 俺は迫る石像の攻撃をかわしながら、ナツメを守るように立ち回る。時間はそう多くない。だが、あと少し──あと少しで、この状況を打破できるはずだった。


 ナツメの指が画面を滑り、スマホの魔法スキルが発動する。魔力灯の光が一瞬だけ明滅し、石像の動きがわずかに鈍る。


 「……効いてる!」


 だが、完全に止まるわけではない。石像たちは確かに動きが遅くなったが、依然としてこちらを攻撃しようとしている。


 「もう少し強くしないとダメか……!」


 ナツメはさらに魔力を込めるべくスマホを操作するが、その間にも石像たちはじりじりと距離を詰めてくる。


 「時間がねぇ……!」


 俺は目の前の石像の攻撃をかわしつつ、周囲を観察する。魔力灯の光と石像の動きが連動しているのなら、もしかすると「中心」に何かあるのではないか?


 「ナツメ、扉のくぼみにもう一度触れてみろ!」


 「えっ!? でも、さっきは──」


 「試す価値はある!」


 俺は剣を振り下ろしてきた石像の腕を避け、体勢を整える。ナツメは一瞬迷ったが、意を決して扉の中央にあるくぼみに手を当てた。


 ──その瞬間、魔力灯の光が一斉に強まる。


 「……な、何?」


 石像たちが一斉に動きを止める。そして、彼らの目から放たれていた青白い光が、ふっと消えた。


 「止まった……?」


 俺は警戒しながらも、一歩前へ出る。石像はまるで命を失ったかのように、ただの石の彫像へと戻っていた。


 「ナツメ、扉は?」


 「……開いた」


 ゆっくりと、重厚な扉が軋みながら左右に開いていく。その向こうには、さらに奥へと続く暗闇が広がっていた。


 「……やっぱり、このダンジョン、普通の構造じゃないね」


 ナツメが小さく息をつく。俺もナイフを握り直し、慎重に前を見据える。


 「先に進むしかねぇな」


 俺たちは互いにうなずき、開かれた扉の先へと足を踏み入れた。



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