駅前の雑踏を抜け、路地裏へと足を踏み入れる。いつものように、コンビニの脇を通り抜け、古びたビルの階段を降りていく。扉を開けると、ひんやりとした地下の空気が肌にまとわりついた。
灰色のコンクリート壁に囲まれた空間の中央、円形の紋章が鈍い光を放っている。俺はスマホを取り出し、専用アプリを起動した。画面上に「接続完了」の文字が浮かび上がる。
「今日の探索はどうする?」
隣でフードを目深に被った女が訊ねる。彼女――ナツメは、俺と同じくこの都市の地下に広がるダンジョンの探索者だ。俺は軽く息をつきながら答えた。
「昨日の続きだ。第三層の奥を調べる」
「了解。支援は任せて」
ナツメがスマホを操作すると、紋章の光が一瞬強く輝き、俺たちは吸い込まれるように消えた。
次の瞬間、湿った土の匂いとわずかに生臭い空気が鼻をつく。周囲は苔むした石壁に囲まれ、遠くで水滴が落ちる音が響いていた。手にしたスマホの画面には「探索開始」の文字。
「敵の気配は……」
ナツメが小声で言いかけたとき、突然、闇の中から這い出るような低い唸り声が響いた。俺は反射的にナイフを抜き、視線を走らせる。赤い瞳が暗闇の奥で揺らめいた。
「グールだ」
影が跳ねた。爪が空を裂く。俺はわずかに身を捻りながら、鋭い一撃を繰り出した。
ナイフの刃がグールの肩口を浅く切り裂き、鈍い音を立てて肉を裂いた。グールはギギッと嫌な声を漏らしながら後ずさる。その動きに合わせ、俺は一歩踏み込み、もう一撃を繰り出した。
「右、もう一体!」
ナツメの声が響く。すぐさま体を低くして回避し、グールの爪が空をかすめるのを感じた。彼女がスマホを操作すると、淡い光が俺の足元を包み込む。身体が軽くなり、素早く動ける感覚が広がる。
「サポート助かる」
「まだ来るよ、慎重に!」
ナツメの言葉通り、暗闇の奥からさらに二体のグールが現れた。ゆっくりと、だが確実に俺たちを取り囲むように歩み寄ってくる。俺はナイフを構え直し、ナツメは素早く後退して距離を取った。
「やるしかないな」
俺は軽く息を整え、一瞬の隙を狙って駆け出した。ナイフの刃が月光を反射し、狭いダンジョンの通路に銀色の軌跡を描く。グールの動きは鈍い。だが油断はできない。俺は確実に仕留めるべく、狙いを定めた。
グールが低い唸り声を上げ、鋭い爪を振りかざしてくる。俺は足を踏み込み、体を低くして攻撃をかわした。ナイフを横に払うと、グールの動きが鈍る。隙を逃さず、反対の手で軽く突き飛ばすと、バランスを崩したグールが後ろによろめいた。
「あと一撃!」
ナツメの声が背後から響く。彼女はスマホを操作し、薄い光の矢を生み出していた。ナツメの支援魔法は派手さこそないが、確実に敵の動きを封じる。俺が仕掛けるのにちょうどいいタイミングだった。
「援護頼む」
俺の言葉に応じるように、ナツメの光の矢がグールの足元に飛び、淡い光の輪が広がる。グールの動きが一瞬鈍った。その隙を突き、俺はナイフを振り下ろす。刃は正確にグールの肩を捉え、衝撃とともにその体がぐらついた。
「よし、あと一体!」
もう一体のグールが低く身をかがめ、跳びかかろうとしていた。その動きに合わせ、俺はすぐに横へ跳び、攻撃の軌道をずらす。ナツメが素早く指を動かし、再び光の矢を放った。グールの動きが止まる。俺は一気に踏み込み、柄の部分で軽く突いて押し返す。
「よし、倒した!」
最後のグールが静かに崩れ落ちると、辺りは再び静寂に包まれた。俺は軽く息を整え、ナイフをしまう。
「なんとか片付いたな」
「うん。でも、奥にまだ何かいるかも……慎重に行こう」
ナツメがスマホの画面を確認しながら言う。俺も視線を上げ、ダンジョンの奥へと続く薄暗い通路を見つめた。戦いは終わったばかり。探索はまだ続く。
ダンジョンの奥へと続く通路は、湿った空気が漂い、かすかに苔の香りが混じっていた。壁には小さな青白い光苔が点々と生えており、ほのかな明かりを放っている。俺は足音を抑えながら慎重に進み、ナツメも静かに後に続いた。
「スマホのマップでは、この先に小部屋があるみたい」
ナツメが画面を確認しながら囁く。俺もスマホを取り出し、ダンジョンマップを開く。確かに数メートル先に広い空間があるようだった。
「敵の反応は?」
「……今のところ、なし。でも気をつけて」
ナツメの言葉に頷きながら、俺はゆっくりと通路の先へと進んだ。やがて視界が開け、小さな部屋にたどり着く。天井は低く、壁にはいくつかの古びた石棚が並んでいた。その中央には、木箱が一つ置かれている。
「……宝箱?」
俺は慎重に周囲を確認する。ナツメも警戒しながら近づき、スマホのカメラを向けた。専用アプリのスキャン機能が作動し、画面に「罠なし」の文字が浮かぶ。
「安全みたい」
ナツメの言葉に安心し、俺はゆっくりと木箱の蓋を開けた。中には、古びた革袋が入っている。そっと取り出して開くと、銀貨のようなコインが数枚と、小さな青い宝石が一つ転がり出た。
「お、これはいいな」
俺は銀貨を手に取り、ナツメと顔を見合わせる。
「換金できるかもね」
「そうだな。とりあえず持ち帰ろう」
袋を慎重にしまい、俺たちは部屋を後にした。探索は順調だ。しかし、この静けさが逆に不安を呼ぶ。ダンジョンの奥には、きっとさらなる試練が待っているはずだった。
部屋を出て、再び薄暗い通路を進む。湿った空気と遠くで響く水滴の音が、静寂の中にわずかな緊張を生んでいた。ナツメがスマホを操作しながら言う。
「次の分岐点まで、あと十メートルくらい。マップだと右が行き止まり、左がさらに奥へ続いてるみたい」
「なら、左だな。罠の可能性は?」
「特に反応なし。でも慎重にね」
俺たちは足音を抑えながら前へ進む。やがて分岐点に差し掛かり、左の通路へと向かう。そこはこれまでよりも広く、壁にはひび割れた石の装飾が残っていた。
「ここ、昔は何かの施設だったのかもな」
「かもね。ほら、あそこ」
ナツメが指差す先、壁に埋め込まれた金属製のプレートが薄く光を反射していた。近づいてみると、表面には何かの文字が刻まれている。
「……読める?」
「いや、見たことない文字だな」
スマホの翻訳アプリを試してみたが、データベースにないのか「不明な言語」と表示される。ナツメが軽く肩をすくめた。
「珍しいね。もしかしたら、ここは普通のダンジョンじゃなくて、もっと昔の遺跡なのかも」
「可能性はあるな。奥に何があるか、確かめるしかないか」
俺たちはプレートの前で少し考えた後、さらに奥へと足を踏み入れた。未知の空間に、静かに緊張が高まっていく。