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第18話 謹慎

「――レビル・ボトム。何か弁明はあるか」


「弁明も何も!! 俺は暴力なんて振るっていません!!」


 翌日の正午。レビルは学園が設けている指導室へと脚を運んでいた。


 昨日にあったとされる暴力事件。被害者であるロラン・ウィーズリーの告発により、レビル・ボトムは指導教諭に呼びだされた次第だ。


 事項はもちろん『ロラン・ウィーズリーへの暴力行為』である。


 ドルイド帝国学園は魔法による攻撃、そして身体を使った攻撃を授業やトレニンーグ、試合や大会等々以外では原則禁止と定められている。


 つまりは度が過ぎない程のある程度の口喧嘩は良いが、暴力的な喧嘩はご法度である。


 無論それは一般的なご法度であり、自衛以外で街中で使うものなら即刻捕縛される。


「暴力を振るって無いなら! 何でロランが傷つき疲弊し! 告発などする!! 現に見ろ!!」


「ッいつぅ……」


「頬が腫れ口元も切れてるではないか!!」


 教諭が同席している告発者のロランに指さす。そのロランはわざとらしく顔をさすり痛がった。


 なんともわざとらしい仕草。


 それに憤りを覚えたレビルは激怒し。


「これを見て下さい!」


 バッとシャツを捲ると腹部には痛々しい大きな内出血が広がっていた。


「ッ!?」


 これには指導教諭は目を見開いて驚愕する。


「この痕は昨日ロランに執拗なまでに蹴られた痕です!! 被害者がロラン? バカ言わないでくださいよ!! 被害者は俺なんです!! 逆なんですよ!!」


「ぬうぅぅ」


 見せつけられた大きな内出血。一度や二度の蹴りでは到底成しえない腹部の傷、そして必死に訴えかけるレビルの姿に指導教諭は目を細めながら唸った。


「確かにお前の傷は無視できない。しかしだな、模範生徒であるロランがお前に暴力を振るったなどと到底信じられん……!」


「……は?」


「おおよそだが想像は付く。夜な夜な繁華街へ赴き未成年で飲酒。酔っぱらったあげくに喧嘩してそうなった……。これが真実じゃないのか? 腹のソレを使う取り繕った言い訳にしては頑張った方じゃないか?」


「……何言ってんだよ、……先生」


「いいかレビル。私はほぼ毎日の様に貴様の様な悪の貴族と対峙している。そう、お前が座るその席に座れせてな」


 ぶっきらぼうにそう言った教諭。


 レビルが心の底から何を言っているのか理解できない。


「貴様の様な奴らは決まって言い訳ばかりで素直に謝る事すらしない。備品を意図的に壊したなどはかわいいものだが、レビル、お前は無抵抗のロランを一方的に殴ったそうじゃないか」


「違う。違う違う!! 逆なんだよ先生!!」


 机に身を乗り出して訴えるレビル。その姿に腕を組んだ教諭は首を振り溜息を吐いた。


「俺を裏に呼びだしたのも! 一方的に囲んで暴力を振るったのも! 全部ロランの仕業なんだって!!」


「……まだ言うか」


「ああそうさ!! 俺は無実なんだって!! すべてこいつが仕組んだ事なんだよ先生!!」


「……はぁ。わかったわかった」


「先生……」


 横に振っていた首が縦に変わる。和らいだ教諭の言葉にレビルは、やっと分かってくれたんだと安らいだ顔を表にした。


 そしてこう告げられた。


「レビル・ボトム。貴様を二週間の謹慎に処する」


「――」


 投げ掛けられた言葉に、レビルは意気消沈。


 教諭の後ろで、ロランがほくそ笑んだのは言うまでもない。



 翌朝になると、ロランに暴力を振るったレビルが謹慎処分になった情報はいつの間にか広まっていた。


「レビルの奴さぁ、悪の貴族にしては大人しい方だと思ったけど、悪は悪だったんだな」


「やるやるとは聞いていたが、ここに来て処分が下ったのはザマァないぜ」


「やっぱ悪は滅びるべきなんだって」


 レビルの批判からそれに連なる貴族の批判が呟かれ。


「ロランも災難だよなぁ」


「人畜無害の正義貴族なウィーズリー家を狙うなんて、バカとしか言いようがない」


「でもロランは元気そうだったし、一件落着ね」


 ロランの無事を喜ぶ声も少なくなかった。


「――そりゃ嫌な予感はしたけど行かないなんてできないだろ? 裏に呼ばれて「何か用?」って聞いたんだ。そしたらレビルが急に殴ってきてビックリしたんだ!」


「えー急に殴られたの?」


「そうだよ。頬は痛いし血も出るし、なんで殴ったんだって聞いたらさ、「気に食わないから」だってさ。ホント訳がわからないよ……」


「レビル最低だな」


「学園やめて家で閉じこもってればいいのよ」


 仲の良い生徒を集い、クラスの真ん中に陣取ってレビルの悪評を風潮するロラン。自分は被害者なんだ、レビルは悪い奴なんだ等々、赤くはれた頬を摩りながら同情を買うロラン。


 正義貴族のロランは信頼が厚く顔も広い。家計のウィーズリー家も良好とあれば、百人に聞いてもレビルが悪いと返答するだろう。


「いやぁ~~参ったよ~~」


 それを知っているから尚、ロランは人知れず口元を吊り上げるのだった。


「クソが……」


 繁華街の路地裏。フードを深く被ったレビルは一人悪態をついた。


 クエストから無事帰還したパーティたちや気持ちよく酔ったオヤジたちが賑わう表参道。魔術による煌びやかな世界を瞳に映し、自分にはここが相応しいと鼻で笑うレビル。


「――ぎゃははそれマジかよ!」


「いやマジなんだって!」


「そりゃ傑作だわぁ! ワハハ!」


 裏路地の裏門から出てきた酒の入った三人組。酒に酔って気分が良いのか、笑いだ止まらない様子。


「……ッチ」


 フードの奥でチラと見たレビルは三人組とすれ違いざまに舌打ち。それに一人が立ち止まった。


「おいお前。今舌打ちしただろ」


「……」


 肩を掴まれるレビル。なんだなんだと仲間の二人もレビルを見た。


「せっかく人が気分いい時によぉ、舌打ちは無いだろぉ? うん~~?」


「俺の勝手だろ! どっか行け!」


 フードの中を覗き込む様に下からメンチを切る一人。


「どっか行けだと! あ゛あ!!」


「ッくあ!?」


 ガタイの良い一人がレビルを掴み、壁に押しつけた。思いのほか強く背中を打ち、レビルは肺から空気を吐き出した。


「舌打ちしたのがお前の勝手ならよぉ……俺たちが殴るのも俺たちの勝手だよな!! オラ!!」


 ――ッバキ!


「ッブ!」


 後ろに控えていた一人に顔を殴られ転倒したレビル。


 それからはレンガの壁を背に殴られ蹴られる始末。


「ッぺ! もう舌打ちなんかすんなよ~~」


 しばらくすると三人は満足したのか、レビルに唾を吐きかけて路地裏を去って行った。


「……クソ」


 仰向けに横たわるレビル。乱れたフードは脱がされ、前髪の奥にある瞳は夜空を見ていた。


「ッツ」


 一方的にボコボコにされ、体の節々がズキズキと痛む。


 口元に血。頬に擦り傷。上下する胸。


「ッッ」


 ぽつぽつと雨水が降る中。


 一筋の液体が、頬を流れた。


 やがてそれは。


 ――ッザアアアアア。


 大雨となってレビルを包む。


 表参道には一早く屋根のある所にと、慌ただしく走り回る人々の姿が。裏路地を伺う余裕などあるハズも無く、誰一人としてレビルを認識しないでいた。


 否。


「――」


 暗がりの裏路地に足音。


 常夜灯の微かな明り。それを遮る影が、光のないレビルの瞳を包んだ。


 そして俺は、彼に語り掛ける。


「悪の貴族もここまで落ちれば無様だな。と言っても、ボトム家ではなくレビル、お前自身が、だがな」


「……マルフォイか」


 少し強めの雨模様。俺が濡れていないのは雨を凌ぐ程度の風を纏っているからであり、その雨粒がレビルへと飛沫として飛ぶ。


 切れた唇を雨が潤すも、俺の名前を呼ぶ声に覇気は無い。


「レビル。悪の貴族らしくさっきの三人組に報復しなくていいのか? あいつらは素行が悪いと情報が入っている。それに犯罪も」


「……」


 腕を目の付近を擦るレビル。雨に打たれている濡れた衣服に繁華街の明りが反射。


「俺とお前は別に知らない仲じゃない。今すぐ立ち上がるなら、さっきの奴らへの報復を手伝うと約束しよう」


「ッ――ぇよ」


「……なに?」


「うるせえよ!! 黙ってろよマルフォイ!!」


 起き上がる事もせず、俺に声を荒げたレビル。微かに震えている様に見えた。


「教師共も他の連中も! ロランは悪くないって、俺が悪いって口を揃えて言いやがる!! それはッ! それはもうッいいんだよぉッ!!」


 路地裏にレビルの声がよく響く。


「正義貴族のロランが悪いって、暴力を振るったのはロランだってッ、悪の貴族の俺が言ったって誰も信じやしねえッ!! そんな事はわかってんだよッ!!」


「……」


「ッで、でもさぁあッ!! おぉッ! 親がッ!! 父さんと母さんがぁッ、息子の俺を信じないってッ!! どうしたらいいんだよッッ!! 俺は誰に頼ればいいんだよッ!!」


 ――俺を信じてくれる奴はどこにいるんだよ。


 そう叫んだレビルは年甲斐もなく泣き叫んだ。


 だがレビルの慟哭を認知する者など、明るく陽気な繁華街には誰一人としていない。


「ッうぅ! ううぅう!!」


 直ぐに口を塞ぎ息を殺して涙を流す姿は、彼を責め立てる者から見ればひどく自業自得と見えるだろう。それこそ、ロランの奴はほくそ笑むに違いない。


 だがレビル本人は教師や同じ学び舎に通う生徒から後ろ指をさされたから泣いている訳ではない。心から信用、親愛していた家族からも突き放された現実に、レビルは打ちひしがれた。


「……ボトム家は悪の貴族でありながらも、有事には先立って立ち上がる勇気ある貴族としての側面も持つ」


「ッだからなんだよッ!! どっか行けよッ!!」


「俺はお前が好きだ。お前の将来性は、お前が思っている以上に価値のある未来だ」


「ッキ、キメエェんだよマルフォイッ!!」


 そう叫んだレビルだが、身体に響く痛みにより激しくは動けない。


 だからこそ。


「ヒールエイド」


「ッ!?」


 光る緑色の粒子に包まれるレビル。瞬く間に傷が癒され、軽くなった体に驚いて飛び起きた。


 俺は魔術を使用し、レビルを癒した。


「お前は価値のあるザクだ。だから俺が施すのはここまで……」


「……ッ」


「あとはお前次第だ、レビル」


 ――ッザ!


「ッ!? お前はッ!?」


「やあレビル」


 急激な回復に驚くレビルだが、俺の後ろから現れたヴィンセントに、更に目を見開いた。

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