ルイス=サラダ。
可もなく不可もなく、尖った特徴もない平々凡々な男子。
中等部は地方にある実家から近い学び舎に通い、そこそこ優秀な成績を修める。当時取り纏めだったサラダ家は、息子の成績、教師の推薦等があり、高等部は帝都の魔術学園へ通わせることを決意。
友人たちと離れ離れになるルイスは、将来の事を考え渋々了承。試験に合格し、晴れて帝都の学生へと昇華した。
優秀な成績を修めていたルイスは意気揚々に通うが、誇っていた自分の力は帝都では並だという事実に気づかされ、委縮。
声を大にして友達と呼べる友人もできず、貴族の嫌な絡みにもあい、無事目立たない生徒の仲間入りとなった。
しかし、訪れる悪い意味での転機。
大貴族であり悪の親玉、学園の問題児、マルドゥク=フォウ=イングラム。通称マルフォイが執拗に絡み、挨拶できていた生徒ですらルイスを遠ざけた。
人肌が恋しいと涙を流すルイス。
それを足蹴にする様にマルフォイが絡み、遂には拉致、ゴブリンに殺されそうになった挙句、一週間の無断欠席。
さらにマルフォイに絶対服従の印を家族ともども押されたと言う、なんとも信じがたい噂が流れ、ルイスを見る眼は哀愁や否定。可哀そうではあるが関わりたくないとのレッテルを張られた。
「マルフォイはうんち」
便所で排泄しながら言う悪口はルイスにとって枯れた花に水をやる気持ちだった。
そんなある日。
「えー? マルドゥクが呼んでるのぉ?」
「そうなんだよー」
下校時、寮へ帰る途中。悪名高いゴーグ家のブライアンとその取り巻き達が、女版悪の貴族でありマルフォイの女である女性――カルヴィナに接触していた。
「……」
ルイスは思った。
四六時中マルフォイに引っ付いている印象だが、今回たまたま一人の所をブライアンたちがナンパしていると。
「ホントぉ? マルドゥクは君たちには頼まないと思うけどぉ」
(こ、この女! 遠回しにバカにしやがって!!)
たじろぐブライアン。
「ま、マルフォイと同じくガキの頃から面識あったろ俺たちぃ? 信じてくれよぉ~」
そしてこうも思った。
手癖が悪いと評判のブライアン。無いとは思うが、マルフォイの女に手を出すのではないかと。
他の生徒も同じことを思っているかも知れないが、関わりたくないと無視を決めている。
「ん~わかったぁ! 案内してぇ~」
「よし、じゃあ行こっか」
何故自分は、隠れて後をつけるのか。
「君たち、マルドゥクの匂いしないよぉ? ホントにお願いされたのぉ?」
「匂い? あーほら、俺は外に出るときは香水するだろ? いつもの事だって」
「どーりで肥溜めみたいな匂いなんだねぇー」
「は、ははは。冗談うまいなぁ」(絶対に許さん!! この女だけは!!)
意識を無くす直前の記憶。柔らかく、そしていい匂いがした。膝枕をされたからでは決して無い。この事を知っていて放置、後からマルフォイにバレるとめんどくさい事になると自分に言い聞かせて追っていく。
そしてたどり着く、学園から離れた質素な屋敷。そこにブライアンたちとカルヴィナが入って行った。
(あの家紋は……)
アーチ状の門に装飾された見覚えのあるゴーグ家の家紋。ここはゴーグ家が所有する屋敷だった。
――知らせねば。
瞬間、不意に掴まれる肩。
何だと振り向くと、黒装束の集団がルイスを睨んでいた。
抵抗しなければ悪いようにはしないと言われ、屋敷に連れられる。
不安が心中を巡るルイス。お構いなしと扉の前に立たされ、開けられると背中を蹴られ倒れそうになりながら入室。
「っ!?」
そこでルイスは信じがたいものを見た。
「イヤー! タスケテー!」
「ぅううう、うう……」
椅子に縛られ助けを求めるカルヴィナと、床に転がりボロボロで、手首を押さえて涙を流すスミス=スチールの姿だった。
カルヴィナは無論、ルイスはスミスと面識はあった。特に目立ちもせず、かといって成績が低い訳でもない。そんな二人は多くの語りはしなかったものの、お互いが農業と鍛冶出だという事は知っていた。
故にルイスは目が離せなかった。
スミスの利き手である右手と指があらぬ方向に破壊された姿に。
「ッッ~~お前ら何やってんだああああああ!!」
咆哮。
それは心の底、腹の底から出たルイスの悲鳴だった。
「貴族だからってそんなに偉いのかよ!!」
ニヤつくブライアン。
「貴族だからって何やってもいいのかよ!!」
ニヤつく取り巻き。
「貴族だからって!! 一人の人生踏みにじっていいのかよ!!」
感情が高ぶったルイスは、スミス同様に涙を流す。しかし二人とも、痛みからではない。
情けないから。
悔しいから。
理不尽だから。
そして、死んでしまいたいほど、苦しいから。
「っぐ!!」
拉致監禁に傷害。それらを含むこの状況。緊急時以外使用してはならない魔術の領分を遥かに超えた危機的状況。
それを熱した頭で理解しながら、怒りのまま唱えた。
「深緑の蔓よ! 奴らを薙ぎ倒せ! ヴァイン・ウィップ!!」
体内から魔力が流れ、背後の魔術陣へと供給される。
はずだった――。
「――え」
発動しない。
「ヴァ、ヴァイン・ウィップ!!」
魔力は流れるが、魔術が形成されない。
「な、なんで!?」
「イヤー! タスケテー!」
悲鳴をあげるカルヴィナを他所に、ブライアンたちはニヤつきが止まらない。
そしてブライアンは声を発した。
「おいカス。確かぁお前もマルフォイのものだったよな」
「ッ!」
「って事はだ。おいお前ら」
それを合図に扉から現れる黒装束たち。
「こいつはマルフォイの伝言役だ。ほどほどに教育しろ」
頬に拳が放たれ倒れるルイス。
それからはもう、顔を蹴られ、腹を蹴られ、脚を蹴られる。
無理やり立たされ、腹部に突き刺さる黒装束の拳。おもわず唾液が飛び散る。
(クソ……)
殴られる。
(ふざけやがって……!)
血が飛ぶ。
(魔術が使えないなら……!!)
「イヤー! タスケテー!」
思い留まる。そして暴力を続けられた。
「……もういい」
ブライアンの止めが入るが、ルイスは満身創痍で倒れていた。
痛みで動けないルイスを見て舌打ちする。
「やりすぎたか。おい! 馬車に載せてマルフォイの寮まで放り出してこい!」
意識が朦朧とする中、気づけば石畳の上。ルイスはふらつく体で立ち上がり、イングラム家の家紋が施された門前に立つ。
「ん~、美味い」
カップを傾ける。やはりサラダ家が誇る茶葉は最高の一言だ。田畑を増築させてさらにボロ雑巾の様に使ってやる。
そう思っていると、この部屋のドアへと近づいて来たルイス。再びカップを傾けながら、魔術でドアを開けた。
重い足取りで入って来るルイス。その顔は腫れ右目眼の周辺は内出血。乾いた血が口元に付いている。
怒りなのか、悔しさなのか、今のルイスの心境は分からないが、反骨心を宿した諦めない瞳がジッと俺を睨んでいる。
ティーカップをソーサーに置き脚を組みなおす俺を見ると、一呼吸してから話し始めた。
「マルフォイ、冷静に聞いてくれ。実は――」
「血が付いた口で話すな汚れるだろ。……お前に何があったのか、スミスに何があったのか、それと、カルヴィナに何があったのか。すべて知っている」
絶句するルイス。開いた口が塞がらない。しかし、次の瞬間には怒りの形相を向けてきた。
「だったら何で!! ――」
「お前は!!」
声を荒げた俺を見て、ルイスが黙る。だが委縮したわけじゃない。
「魔術が使えないあの状況で、なぜ眼の力を……
「……そ、それは――」
俯いて言葉に詰まる。しかしすぐに俺を見る。己の答えは出ている様だ。
「確かに、使えばこんな事になっていなかったかもしれない。でも、自分で制御できないものに頼る程、俺は落ちぶれていない……!!」
覚醒した時は別だけど、と、最後に付け加えた。
「で?」
「え……。そ、それと! カルヴィナ……さんを間違って攻撃したら、マルフォイがキレるかなって……」
(あの力って
まったく、俺がふんだ通りの善人気質だ。まだ矮小な己の評価をしっかり理解している。覚醒したのが別の人物だったらと思うと笑えて来る。余計な手間をかけずに済む。
「合格。いい回答だ」
「え」
「カルヴィナと言うか、女子に優しくすればモテるといったバカな考えが見えんでもないが、褒美だ」
俺はルイスに手を向ける。
「癒せ、ヒールエイド」
手の平に魔術発動。光る粒子が昇る緑の空間がルイスを包み、瞬く間に傷を癒す。重かった身体が軽くなり、痛みも引いたルイス。回復した体と俺を交互に見る。
「言いふらしたらどうなるか分かるな」
「あはい」
何か言う前に俺が制止した。
そして櫛で髪を整えニヒルに笑い立ち上がる。
「フー↑ッハッハッハッハッハ!!」
かわいいブライアン。お前は少しおいたがすぎた。
俺を挑発したらどうなるか、身をもって知ってもらおうか。