帝都魔術学園
その歴史は古く、初代帝王が築いた栄光の一つだ。
六歳から成人する十八歳まで一貫した学び舎であり、貴族は無論のこと、貴族でない力のある家系が足を運ぶことができた。
時代が流れるにつれ、地方にも大小の広さは変わるものの、学び舎が建てられ、帝都から遠い貴族や家系もほぼ同じ知識を学ぶことができた。
政策により、やがて貴族や力のある家系だけではなく、余裕のある商人や農民までもが通えるようになった。
しかし、金銭面での退学等も現れたが、共通知識の観点が損なわれれば国力の低下に繋がると判断。帝都は、最低限の知識範囲である中等部までの学費は無償とした。
他国との貿易で帝国はより豊かになり、小等部までの昼食を無償。並びに、寮への編入者に限り夕食を破格の安さで提供するようになった。
ちなみに後半部分は俺がお父様に進言したものだ。まさかそのまま通るとは思っていなかったが……。でもまぁ、将来俺が楽をするためと言ったことだから良いのだが。
「っう!?」
隣の王国も唸る政策がなされた学園だが。どうしても解決できない事があった。
「オラァア!!」
「っぐ!!」
身分の高い貴族による低身分への暴力、いじめだ。
「ほら立てよ立て。俺はまだ殴り足りねぇよ」
「ぅうう、こ、こんな事、や、やめてよ……」
「あ゛!!」
「――カハ」
貴族と言う存在は、一部を除いて自尊心が高く、プライドも高い。
「今なんか言ったかこいつ?」
「いや?」
「なんにも言ってなかったが」
己が優位性を確める。それによって触発される自尊心は、自分より弱い者へ言葉、もしくは暴力で誇示し、下げられる頭、弱る様子で更なる快楽へと昇華する。
「ップ!」
「あれ、痰壺だったのかこいつ。ッぺ!」
「うわぁマジで汚いなお前ぇ」
弱者と成らされた者の屈辱は。
(酷いよぉ――)
他人には計りえない。
「おいスミス。お前の夢は何だ」
胸倉を掴まれ怯えるスミス。貴族の質問に口を塞いだが、後が怖いと重く開く。
「さ……、て、帝王に認めてもらえる、さ、最高の剣を作ること……」
正直にそう言うと、スミスは強制的に立たされた。
「はぁ……違うだろ? ほら、スミス。俺の眼を見て言え――」
――本当の夢はなんだ。
「っ」
ドス黒い瞳。その瞳に幾度と問われ、そして幾度と答えた。
その度に、後悔する度に、言っていしまう度に、負けて、自分が情けなくて、死んでしまいたいくらい悔しくて、そして、愛してやまない親に申し訳なくて……。
「ぶ――」
「ん?」
「ブライアンの――おもちゃ――」
涙が、流れる。
時だった。
「何をしている」
振り返る三人。表情を曇らせる一人。
「マ、マルフォイ……」
学園が雇う清掃員ぐらいしか使わない物置。人気の少ないその建物の裏て、俺の声はよく響いた。
「何でここに――」
「たまたま通りかかってブライアン、お前の怒号が聞こえてな。何か面白いものでもあるのかと様子を見に来た」
「ああ。イングラム家のマルフォイには見慣れた光景だろうが、今しがた身の程を知らないカスに教育を施してたところだ」
「ほぅ」
近づく俺を邪魔しない様に取り巻きのザク1ザク2が後ずさり、胸倉を掴んだ手を放されたザクが膝から崩れる。
俺の登場でブライアンたちはニヤつき、ザクはさらに震える。
「っひ」
「ふむ……」
ザクの顎を掴んで顔を左右に振る。
「顔に傷が無い。
「先公に見つかるとめんどくさいからな」
ため息をつきながら立ち上がり、眼だけ下を向いてザクを見下ろす。
(も、もうダメだ……。マルフォイも加わったら、ぼくは……)
震えている。右腕を庇って震えている。……そうか。
「――スミス=スチールだな」
「え、あ、そう、だけど」
「ふふ、
「とお――師匠を知ってるの!?」
「ああ。以前イングラム家が依頼した剣の催促に出向いてな。あの親父ときたら、相手が貴族でも態度を変えない」
口元を緩ませ話す俺に、スミスは心なしか警戒心が薄れた顔をし、ブライアンたちは何事かと顔を見合わす。
「だが、父上が推すのも頷ける鍛冶の腕は確かだ。あの太い指で繊細な装飾が施されたと思うと、非礼を許すには十分」
「そ、そうだったんだ。こ、これからも、ご贔屓に……なんて……」
スミスの態度が気に食わないのか、後ろでブライアンが舌打ちをする。
「もちろんだスミス。スチール家の鍛冶屋はイングラム家が推す名工。だから決めたんだ。ガモンと息子のお前は――」
期待が膨らむスミスが頬を赤くする。
「――一生俺のものにし、ボロ雑巾の様に使ってやると」
笑顔の俺。
眼のハイライトが消えるスミス。
そして――
「アッハッハッハ!!」
大笑いするブライアン。
「最高! 最高だぜマルフォイ! 見ろよあの絶望した顔! 上げて落とすってのはこう言うことかよ!! ッハッハッハッハ!!」
「ハハハハハ!」
「この展開はウケる!」
同調して笑うザク共。
震えるスミスを他所に、俺はブライアンの肩に手を置き笑顔を向ける。
「いい教育対象を見つけたなぁブライアン」
「だろマルフォイ? さてぇ、もう何発か発散――」
続かなかった。
続かせなかった。
(……え)
スミスの視界から消えるブライアン。
取り巻きの腹部に拳がめり込まれ、吹っ飛びレンガに激突するのが瞳に映る。
スミスは眼を動かすと、取り巻きと同じく項垂れるブライアンが見えた。
(なにがおこって……マルフォイが、したのか……?)
と思っているだろう。
そう。俺が手を出した。
「お前たちは手を出してしまった。俺のものに。俺のものは、俺だけが好き勝手使えるザクだ」
項垂れるザク1にビンタする。
「お前たちは知らないうちに俺の反感を買った」
ザク2にビンタする。
「スミスは利き腕を痛んでいる」
「っ!?」
ブライアンにビンタした。
「職人として致命的だ」
ビンタした。
「使い物にならなくなったらどうする」
ビンタした。
「お前らが代わりに――」
ビンタ。
「満足するものを――」
ビンタ。
「俺に作ってくれるのか?」
腹に優しく一撃。
「ゴハ!?!?」
ブライアンは力なく横に倒れた。
「……ふむ」
裾についた埃をブライアンの頭に掃い、襟を正してスミスに言った。
「しゃんとしろ。だからこうなる」
俺の去る背中を、スミスはじっと見ていた。