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第6話 見極めが重要だ

 帝都魔術学園


 その歴史は古く、初代帝王が築いた栄光の一つだ。


 六歳から成人する十八歳まで一貫した学び舎であり、貴族は無論のこと、貴族でない力のある家系が足を運ぶことができた。


 時代が流れるにつれ、地方にも大小の広さは変わるものの、学び舎が建てられ、帝都から遠い貴族や家系もほぼ同じ知識を学ぶことができた。


 政策により、やがて貴族や力のある家系だけではなく、余裕のある商人や農民までもが通えるようになった。


 しかし、金銭面での退学等も現れたが、共通知識の観点が損なわれれば国力の低下に繋がると判断。帝都は、最低限の知識範囲である中等部までの学費は無償とした。


 他国との貿易で帝国はより豊かになり、小等部までの昼食を無償。並びに、寮への編入者に限り夕食を破格の安さで提供するようになった。


 ちなみに後半部分は俺がお父様に進言したものだ。まさかそのまま通るとは思っていなかったが……。でもまぁ、将来俺が楽をするためと言ったことだから良いのだが。


「っう!?」


 隣の王国も唸る政策がなされた学園だが。どうしても解決できない事があった。


「オラァア!!」


「っぐ!!」


 身分の高い貴族による低身分への暴力、いじめだ。


「ほら立てよ立て。俺はまだ殴り足りねぇよ」


「ぅうう、こ、こんな事、や、やめてよ……」


「あ゛!!」


「――カハ」


 貴族と言う存在は、一部を除いて自尊心が高く、プライドも高い。


「今なんか言ったかこいつ?」


「いや?」


「なんにも言ってなかったが」


 己が優位性を確める。それによって触発される自尊心は、自分より弱い者へ言葉、もしくは暴力で誇示し、下げられる頭、弱る様子で更なる快楽へと昇華する。


「ップ!」


「あれ、痰壺だったのかこいつ。ッぺ!」


「うわぁマジで汚いなお前ぇ」


 弱者と成らされた者の屈辱は。


(酷いよぉ――)


 他人には計りえない。


「おいスミス。お前の夢は何だ」


 胸倉を掴まれ怯えるスミス。貴族の質問に口を塞いだが、後が怖いと重く開く。


「さ……、て、帝王に認めてもらえる、さ、最高の剣を作ること……」


 正直にそう言うと、スミスは強制的に立たされた。


「はぁ……違うだろ? ほら、スミス。俺の眼を見て言え――」


 ――本当の夢はなんだ。


「っ」


 ドス黒い瞳。その瞳に幾度と問われ、そして幾度と答えた。


 その度に、後悔する度に、言っていしまう度に、負けて、自分が情けなくて、死んでしまいたいくらい悔しくて、そして、愛してやまない親に申し訳なくて……。


「ぶ――」


「ん?」


「ブライアンの――おもちゃ――」


 涙が、流れる。


 時だった。



「何をしている」


 振り返る三人。表情を曇らせる一人。


「マ、マルフォイ……」


 学園が雇う清掃員ぐらいしか使わない物置。人気の少ないその建物の裏て、俺の声はよく響いた。


「何でここに――」


「たまたま通りかかってブライアン、お前の怒号が聞こえてな。何か面白いものでもあるのかと様子を見に来た」


「ああ。イングラム家のマルフォイには見慣れた光景だろうが、今しがた身の程を知らないカスに教育を施してたところだ」


「ほぅ」


 近づく俺を邪魔しない様に取り巻きのザク1ザク2が後ずさり、胸倉を掴んだ手を放されたザクが膝から崩れる。

 俺の登場でブライアンたちはニヤつき、ザクはさらに震える。


「っひ」


「ふむ……」


 ザクの顎を掴んで顔を左右に振る。


「顔に傷が無い。暴力きょういくをしたのは体だけか。考えたな」


「先公に見つかるとめんどくさいからな」


 ため息をつきながら立ち上がり、眼だけ下を向いてザクを見下ろす。


(も、もうダメだ……。マルフォイも加わったら、ぼくは……)


 震えている。右腕を庇って震えている。……そうか。


「――スミス=スチールだな」


「え、あ、そう、だけど」


「ふふ、仏頂面ぶっちょうづらのガモン、お前の親父は元気か?」


「とお――師匠を知ってるの!?」


「ああ。以前イングラム家が依頼した剣の催促に出向いてな。あの親父ときたら、相手が貴族でも態度を変えない」


 口元を緩ませ話す俺に、スミスは心なしか警戒心が薄れた顔をし、ブライアンたちは何事かと顔を見合わす。


「だが、父上が推すのも頷ける鍛冶の腕は確かだ。あの太い指で繊細な装飾が施されたと思うと、非礼を許すには十分」


「そ、そうだったんだ。こ、これからも、ご贔屓に……なんて……」


 スミスの態度が気に食わないのか、後ろでブライアンが舌打ちをする。


「もちろんだスミス。スチール家の鍛冶屋はイングラム家が推す名工。だから決めたんだ。ガモンと息子のお前は――」


 期待が膨らむスミスが頬を赤くする。


「――一生俺のものにし、ボロ雑巾の様に使ってやると」


 笑顔の俺。


 眼のハイライトが消えるスミス。


 そして――


「アッハッハッハ!!」


 大笑いするブライアン。


「最高! 最高だぜマルフォイ! 見ろよあの絶望した顔! 上げて落とすってのはこう言うことかよ!! ッハッハッハッハ!!」


「ハハハハハ!」


「この展開はウケる!」


 同調して笑うザク共。


 震えるスミスを他所に、俺はブライアンの肩に手を置き笑顔を向ける。


「いい教育対象を見つけたなぁブライアン」


「だろマルフォイ? さてぇ、もう何発か発散――」


 続かなかった。


 続かせなかった。


(……え)


 スミスの視界から消えるブライアン。


 取り巻きの腹部に拳がめり込まれ、吹っ飛びレンガに激突するのが瞳に映る。


 スミスは眼を動かすと、取り巻きと同じく項垂れるブライアンが見えた。


(なにがおこって……マルフォイが、したのか……?)


 と思っているだろう。


 そう。俺が手を出した。


「お前たちは手を出してしまった。俺のものに。俺のものは、俺だけが好き勝手使えるザクだ」


 項垂れるザク1にビンタする。


「お前たちは知らないうちに俺の反感を買った」


 ザク2にビンタする。


「スミスは利き腕を痛んでいる」


「っ!?」


 ブライアンにビンタした。


「職人として致命的だ」


 ビンタした。


「使い物にならなくなったらどうする」


 ビンタした。


「お前らが代わりに――」


 ビンタ。


「満足するものを――」


 ビンタ。


「俺に作ってくれるのか?」


 腹に優しく一撃。


「ゴハ!?!?」


 ブライアンは力なく横に倒れた。


「……ふむ」


 裾についた埃をブライアンの頭に掃い、襟を正してスミスに言った。


「しゃんとしろ。だからこうなる」


 俺の去る背中を、スミスはじっと見ていた。

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