「――ぅん」
朝。
木の枝にとまる小鳥のさえずりで目を覚ましたルイス。
「っく」
ベッドから半身だけ起き上がると、同時に無数のゴブリンに襲われる記憶が脳裏をよぎる。
必死にもがき、死をあらがった後に内から溢れ出る力を行使。そのまま意識を失ったまでが最後の記憶だ。
「ん?」
いや、最後に過ったのはゴブリンでも、ボスの姿でもなく、悪逆の限りを尽くしたとされる
「うわぁ最悪の寝覚めだ……」
まだハッキリしない思考。窓からの風が気持ちいいこの清々しい朝に、ルイスは夢うつつ。
(ここは実家? ……俺の部屋だ。なんだ、まだ学園始まってなかったのか)
実家を出て帝都へ。学園の暮らしがまるで現実の様な夢を見た、とルイスはクスリと笑う。
ベッドから降りて靴を履く。気分は晴天の様に晴れやか。夢の中で疲労困憊していたが、なんてことない身軽な体。
「♪」
今日は学園に通う出発日。馬車で二日、ないし三日ほどかかる道のりだが、きっと退屈しない胸躍る時間が過ぎるだろう。
そう心を胸躍らせ、ルイスは二階にある自室を出て階段を降りてリビングへ。閉まっているドアをガチャリと押す。
まずはそう、母さんが作るご機嫌な朝ご飯を食べよう!
「なんて現実逃避してるだろルイスぅ~! フー↑ッハッハッハッハッハ!!」
「ぎゃあああああああああ!?!?」
朝からうるさいザクだ。だが目玉が飛び出すほどのリアクションは面白いから許してやろう。
「ま、マルフォイ!? 何でここに! っていうか、やっぱり、現実だったんだ……」
「何を思い返してるか知らんが椅子に腰かけろ。おちおち茶も飲めん」
そう言って催促すると、ルイスはぎこちなそうに椅子を引き、ゆっくりと腰かけた。
農業地区を担当するまとめ役な家の割には狭いリビング。いや、貴族出の俺が言っても説得力は皆無。正直広さに関しては詳しくないが、今この空間は俺とルイスだけだ。
「飲め」
「え? あ、うん……」
木々の葉が風で擦れる。
目の前にある湯気がたつカップを手に取り、口を小さく開けて口へと運んだ。それを見ながら遅れて俺もコップを傾けた。
「――これは……母さんの……」
「生まれてこのかた十七年。この茶を飲むまでは、農民を羨んだ事は無かった」
事実だ。
湯気から香る芳醇な香り。舌に絡めばまろやかで、喉に通せばヒマワリを連想させる……。
貴族がてら様々な茶葉を嗜んだ俺だが、ここでしか栽培していないサラダ家が誇る茶葉は格別。
エンドレスワールドの知識ではなく、ローカルプレイといったモノの恩恵を受けている……。
慣れは怖いものだ。ルイスはこの茶を日常的に飲みそれが普通と認識するが、俺は違う。肥えた舌を唸らせるのは、称賛に値する。
これを感じる度に思う。俺は、今を生きていると。
「穏やかで良い生き方をしてきたんだな。……少々、羨ましく思う」
「マルフォイ……」(遠い目をしてる。大貴族の息子だから、俺が知らない苦労がたくさんあるんだろうか)
などと思っているだろうから、本題に入るか。
「……ふぅ。ルイス。お前は三日ほど気を失っていた」
「ブーーーー!? ええええ!? 三日て――」
「話をつづけるぞ」
吹き出した茶を魔術で防御。目を白黒させ驚いているルイスを放置し、話を進める。
「お前はゴブリン共を掃討し俺が大将首を撥ねたが、表向き、ギルドへの報告は俺と俺が連れた手練れで依頼をこなしたとした。お前はオマケだ」
「何でそんな嘘の報告を――」
「依頼に失敗した冒険者パーティーへの配慮とギルドの面子だ」
困惑するルイスを見ながらカップを傾け、飲み終えてから再開。
「貴族が囲う手練れで無ければ依頼達成は不可能だったと、そのパーティーと周りの冒険者に認識させる。自分たちはまだまだだと、やる気を無くさず、強くなるために励むだろう」
「……」
「そしてギルドだが、冒険者も居なくならないし、依頼達成の報告が楽だ」
無言のルイス。内心悪事をしているとかなんとか思っているだろうが、そんなもの関係ない。
「そしてここからが本筋だが、ゴブリンを統率していたボスはエグゼクティブオーガゴブリンという上位種のゴブリンだった」
「え!? エグゼクティブだって!? ……エグゼクティブって?」
「非常に危険なモンスターだ」
俺の事を知育が無いだの言ってた割にはルイスも知育が無いようだ。いちいち説明してやる義理もない。
「このまま野放しにしていたらこの辺りは地獄と化していた。まず人間は殺されるだろう」
「そんなにヤバい状況だったのか……!」
「そうだ。農業地区での発生、ギルドに依頼し素早く掃討されるはずが、取り纏めというのに金が無い理由で実質放置。その旨を報告された執行権限を持つギルド役員は事態を重く受け止め――」
ルイスの瞳をずらさずに言う。
「サラダ家の農業地区取り纏めを剥奪、並びに、お前の親、ルーク=サラダとアンナ=サラダは――」
――速やかに斬首刑された。
ルイスの瞳が揺れる。
唇が痙攣し、瞳のハイライトが消える。
「うう、嘘だ……」
「ああ嘘だ」
「……、……え」
固まるルイス。
同時に慌ただしくドアが開き、花のような笑顔が振り撒かれた。
「ねぇ聞いて! ルークっちとアンナっちに野菜採るの上手だって褒められたぁ!」
「おお凄いじゃないかカルヴィナぁ!」
「ニシシ~♪」
褒められて素直に嬉しがっている。頬に土が付いているがそれでも可愛い女だ。
「え、あ、え?」
「ルイスっち起きたんだぁ! おはよう!」
「お、おはよう……」
挨拶が終わると外からカルヴィナを呼ぶ男女の声が聞こえてきた。それはまさしくサラダ家の二人。カルヴィナは「はーい」と元気よく返事し、ドアを閉めてそそくさと向かって言った。
安心しきった顔。だがすぐに怒りの形相になり、俺を睨む。
「マルフォイ!! お前!!――」
「イングラム家が誇るイングラムジョークだ。笑って許せ♪」
怒りが収まらないルイスは顔を真っ赤にし、俺は素晴らしい茶を飲んでご機嫌だ。
「だが剥奪されたのは本当だ。今は別の家が取り纏めを任されている」
「……そっか」
「それとサラダ家に罰が与えられた」
俺の言葉で黙るルイス。息を飲む音が聞こえた。
「三年間。お前が学園を卒業し家業を継ぐまで、一切の賭博は禁止。それがすべてだ」
瞳が一瞬潤み、ルイスは俯きだした。そして溜めた後、頭を振り上げて――
「アッハッハッハ! なんだよそれ! そんなの! 願ったり叶ったりじゃん! アッハッハッハ!」
悩まされていた親の問題に終止符を打たれ、ルイスは腹を抱えて笑った。
魔術でティーポットを傾けコップに茶を入れる。俺はしきりに笑うルイスを待ち、優雅に茶を楽しんだ。
目じりに涙を浮かべるルイスを見て、俺は「帰る」と言い、帰って来たカルヴィナを隣に立たせ魔術を展開した。
ルイスが俺を見て笑う。
「……マルフォイってさ、意外と優しいんだな」
「なに?」
カルヴィナが嬉しそうだ。
「最初はめんどくさい貴族のトップだって毛嫌いしてたけど、結局丸く収まった。今思い返してみれば、マルフォイは暴力をふるう貴族と違って俺を気遣った態度だった」
「……」
「ありがとう。今の俺がいれるのは、マルフォイのおかげだ!」
信頼の証。ルイスが手を差し伸べてくる。この構図が嬉しいのか、カルヴィナが俺の頬に口づけをしてきた。
俺はルイスの眼をじっと見つめ、こう言った。
「何を言っている。俺は俺のためにしか動かん。未来を考え、お前を生かしたにすぎん」
「え」
「言っただろ、ボロ雑巾の様に使ってやると」
「え」
「喜べルイス。今日からお前だけじゃなく、親含む農業地区すべてをボロ雑巾の様に使ってやる! フーッハッハッハッハッハ!!」
高笑い。
そして俺とカルヴィナは転移した。
「――」
これは後から聞いた話だが、この後ルイスは外にでて、
「俺を置いてくなあああああああああ!? 今の流れ完全に友達だったろおおおおお!! つか寝てる間の学園でのあつかいはどうなんだよ!! 馬車で何日かかるか知ってんのかよ!!」
と喚いたあげく。
「マルフォイのうんちいいいいいいい!! マルフォイうんちいいいいいいい!! マルフォイうんちいいいいいいい!! マル――」
壊れた様だ。