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第4話 褒めてやるから土に額を付けろ

「ん……。はぁいマルドゥク」


「ンク、ンク。ふぅ、気が利くじゃないかカルヴィナぁ」


「キャー! ん、ん! マルドゥクと間接キスしちゃったぁ!」


 底のザクが必死にもがいて数十分。襲撃のゴブリン、その一波を凌ぎ、ルイスは困窮のあまり壁に背を預け息を整えている。


「っは、っは、クソ――」


 俺が地面に布を敷き魔術で大き目な日傘を建て、カルヴィナが収納魔術を用いて携帯用の水ボトルと少量の菓子を出す。それを口にしながら鑑賞していた。


「悪態をつけるならまだ大丈夫だな」


「でもこのままだと力尽きると思うけどぉ……」


「ほぉ~。珍しいじゃないか、カルヴィナが本心で心配するのは」


「頑張ってる人は応援しなくちゃね! 何よりマルドゥクのザクだし!」


 面白い。他人をほとんど関心しないカルヴィナが心動かされたか。


 それほどの頑張りを見せているが、身に宿る魔力の残量、体力の消耗。雑多な死に方より限界を迎える死に方は実に面白い。そそるとはこの事だ。


「あー、悪い顔してるぅ」


 だが、俺がルイスに求めているのは死じゃない。


「……そ――」


 うなだれるルイスが何かを口走る。


「ッ!! マルフォイのクソ野郎おおおおおおお!!」


 咆哮――。


 洞窟に反響し、外の木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 それを皮切りにゴブリンたちが袋小路に姿を現した。


「貴族だから!!」


「ギギィ――」


 ゴブリンを両断する剣の一閃。


「環境がいいから!!」


 貫く。


「才能があるから!!」


 蔓が縛る。


「何してもいいってか!!」


 太い蔓が薙ぎ倒す。


「うおおおおお!!」


 何かの糸が切れたのか、袋小路に繋がる通路を走り、百は超えるゴブリンの群れに相対した。


「ぉぉお――」


「ギギィ!」


 跳躍し木の棒を振りかざすゴブリン。


 体を貫く蔓。


 消えるゴブリン。


 意を決したルイスが大声で叫ぶ。


「俺だって女の子はべらせてイチャつきたいんだよおおおおおおおおお!!」


 背後に十は超える魔術陣が生成。キレるルイスの檄にゴブリンたちは後ずさる。


 鋭利になった蔓が生きた触手の様に暴れまわり、次々と倒していく。


「何かと俺に絡んできやがって!!」


 叩きつける。


「なんだよザクって!!」


 斬る。


「ザコの間違いだろ!!」


 締め付ける。


「貴族のくせに!!」


 蹴り飛ばす。


「知育が足りてねぇんだよ!!」


 怒涛の展開。ルイスの内なる感情が爆発し、それがより攻撃的な魔術へと成っている。


「彼女か許嫁か知らねえがオッパイ大きくて羨ましいんだよマルフォイのうんちいいいいいいい!! それに――」


 暴れ回るザク。その姿に、観賞している俺は――。


「ッッ~~!! ックッハッハッハッハ!! 最高だぞルイス!! ッ~ッハッハ!!」


 目じりに涙を浮かべるほど笑っていた。


「おいカルヴィナっ! 性的な目で見られてるぞ! ヒハハハハ!」


「キャーイヤラシぃ~」


 ひがみだ! ねたみだ! 本人がいないのと怒り心頭で悪口のオンパレード! それを力に変えている!

 悪役貴族がてら陰口を常に言われてきたが、ああやって胸の内を曝け出して暴露してる悪口は聞いたことが無い! 


 清々しい……。実に清々しいぞ!


「ブロンドヘアオールバックうんちマン! 金持ちイケメンうんちマン! 性格悪すぎうんちマン!」


 力の限り暴れ回っている。


 しかし、訪れる体力の限界。息を切らしながら袋小路へ逃げ込むルイス。


「ッフ、ッフ、ックソ……」


 じりじりと、警戒するゴブリンたちが徐々に近づいている。


(……頑張ったけど、ここまでなのかよ……!)


 上からだと項垂れる表情が分らない。


「ねぇマルドゥクぅ。ルイス死んじゃうよ?」


「死なない」


 カルヴィナに即答した。


(……ふざけるな)


 俺は知っている。


(ふざけるな……!)


 俺に迫られようとも、他の貴族に暴力を振るわれようとも、理不尽に見舞われようとも、この男は――


「フーー」


 ルイス=サラダは――


(死んでたまるかよおおおおおお!!」


 立ち向かうを持っている。


「あ゛あ゛ああああ!!」


 瞬間、ルイスの瞳が煌々と燃え上がり、膨れ上がった衝撃波がゴブリンたちを巻き込んで袋小路を破壊。


「ぉおおおおすごいすごい! 逆転しちゃったぁ!」


 地面から植物が急成長し貫く。


 壁から苔が弾丸の様に炸裂する。


 空間に緑色の力場が出現、ゴブリンを覆って消滅させる。


「クックック」


 そうだ。そのまま進んで蹴散らしてしまえ! 一切の躊躇なく、一切の容赦もなく、一切の懇願も捨て置け! 


「お前ら全員ん゛ん゛! 死んでしまええええ!!」


「いいぞ! いいぞルイス!!」


 今のお前を止める者はいない! 今のお前を殺せる者はいない! 何故ならお前は覚醒し、身に宿したのだ!


 緑を支配する眼――翡翠眼ジェイド・アイに――


「フー↑ ッハッハッハッハッハ!!」


 緑に燃ゆる眼。スキル覚醒のきっかけが生まれれば上出来と思っていたが、極限状態の果て完全覚醒に至るとは!


 この男、やはりザクにしておくにはもったいない!!


 ボロ雑巾の様に使いまわしてやる!!


僥倖ぎょうこう! まさに僥倖!! フー↑ッハッハッハッハッハ!!」


「うおおおおおおお!!」


 肌で感じる何者も寄せ付けないこの迫力! 知識だけでは感じれないなぁこれは!


「おおおおおお!!」


 空間から無数の蔓が出現しゴブリンを襲う。胞子を吸った数体のゴブリンが爆ぜて消える。緑色の非実体剣を生成し切り刻む。もはや魔術の陣すら形成しない無双。


「だが……」


 数分後。


「っぐううう、うううう!」


 制御できない力を思う存分暴れさせていたが、ここでルイスに不調が現れる。


「ぅん? だんだん眼の炎が弱くなってるよぉ?」


「いよいよこと切れるか」


 カルヴィナの言う通り、眼の炎が弱まり、比例するように攻撃が大人しくなる。


「……っくそぉ」


 限界。


 無数にも思えるゴブリンの群れ。その最後の一体を屠り、ルイスはよろめきはじめた。


「ォロロロロロ――」


 張った筋肉で持つのは巨大な刃。口から牙が見え、涎が絶え間なく流れる。眼光も鋭く、ルイスを大きくしのぐ体躯を持ち合わせ、理性的な瞳がルイスを睨んでいる。


 ゴブリンを倒しつくした先に待つモンスター。エグゼクティブオーガゴブリン、ついに登場。


 しかし、唾を飲み込む力すら無くなったルイスはボスを目にして倒れ込む。


 それを転移で移動し瞬時に抱きかかえ、俺はこう言った。


「おもしろかったぞ、ルイス」


「――」


 言いたげな面持ちだったが、安堵した表情を俺に見せ、意識を失った。


「カルヴィナ。楽しんだ褒美として膝枕してやれ」


「いいよぉ~。は~いお寝んねしましょうね~」


 心なしか口元が緩んでいるルイス。同い年の女子に膝枕されて無意識に喜んでいやがる。


「さて……」


「ゴロロロロロ――」


 今か今かと己の筋肉を躍動しているボス。


「お前には感謝している。よくぞゴブリンを育て、そして率いてくれた。ルイスの成長は期待以上だ」


「グゥウウウウウ!」


「欲を言えばお前を屠るとこまで見たかったが、それは強欲と言うものだ」


 ボスの鼻息が荒くなる。俺を殺すと、メスを殺すと、子分を倒したオスを殺すと、そう息まいている。


「礼に見逃してやらんでもないが、殺しに来るなら仕方ない……」


「ドゥワアアアア!!」


「同じ眼の力で――」


 瞳の奥に魔術が浮き出て、俺の眼が黒く燃える。


「殺してやる――」


 死に至る凶刃が俺の脳天を捕らえる刹那、ボスの足元と頭上に黒の渦が現れ、ボスがピタリと停止した。


 そして特徴的な音を立てると、ボスが瞬く間に収縮し、下と上の渦が重なり合って消滅した。


 そして空間からポン! とボスのドロップアイテムが吐き出された。


「おわったぁ?」


「ああ」


 問てきたカルヴィナにニヒルな笑顔を見せアイテムを回収、そのまま転移魔術でこの場からさった。

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