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第60話 新章・『こんばんランラン』の洗礼

 まさか昼間の出会いが、こんなにも予想外の展開を呼ぶとは思いもしなかった。


 蘭子と再会し、こうして同じ画面を見ながら並んで作業をしている。僕の中には驚きと戸惑いが入り混じり、なんとも言えない気持ちだった。一方で、蘭子も驚いている様子はあるが、それ以上に楽しそうに見える。


 彼女が僕の作品のファンだったと知ったときは驚いたが、こうして一緒に仕事をする未来など想像もしていなかった。けれど、蘭子の表情には躊躇いも不安もなく、ただ純粋に嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


 そんな彼女を横目で見ながら、僕は改めて、今日がとんでもない日になりそうだと感じていた。


「先生、まさかこんな形でまた会えるなんて思ってなかったでしょ?」


 隣でPCを操作しながら、蘭子がニヤリと笑う。


「うん、正直、びっくりしてるよ。昼間のこともあったし」


 蘭子はクスクスと笑いながら、ディスプレイに視線を戻した。


「でだ、じゃ~ん!これが先生専用の3D兎仮面アバター!」


 蘭子がディスプレイに映し出したのは、白と黒を基調にしたスタイリッシュな兎の仮面をつけたキャラクターだった。どこかミステリアスな雰囲気を持ちつつも、可愛らしさも感じさせるデザインだ。


 細部までこだわりが詰まっており、仮面の縁には繊細な模様が刻まれ、耳の部分はリアルに動く仕様らしい。さらに、瞬きや表情の変化まで再現されているようで、見ているだけでその精巧さに驚かされた。


 まさかこんな本格的なものを用意してくれていたなんて。


「これ……僕の?」


「そう! 先生用に特注したんだよ。可愛くない?」


「いや、すごいね。というか、これ、作るのに結構お金かかったんじゃ……?」


 僕がそう聞くと、蘭子は苦笑いしながら肩をすくめた。


「まぁね。でも、この日のためだから!」


「もしかして……それがパパ活の原因?」


 一瞬の沈黙のあと、蘭子は頷いた。


「うん、ただの遊びでお金を使ったんだよ。でもね、それが私にとってはすごく大事なことなの」


 蘭子の目がきらきらと輝いていた。ただの浪費ではなく、彼女にとっては夢を形にするための投資だったのだろう。誰に強制されたわけでもなく、心から楽しんで取り組んでいるのが伝わってくる。


 僕は意外そうに眉を上げた。遊びと割り切っているのに、その表情には真剣な情熱が宿っている。


「そっか」


 思わず口にすると、蘭子がほんの少し視線を逸らした。頬がわずかに染まり、どこか気恥ずかしそうに見える。


 蘭子の説明もひと通り終わり、いよいよ配信をスタートさせることになった。


「よし、じゃあ始めるよ!」


 蘭子が隣の部屋にいるスタッフたちにメッセージを送り、いよいよ配信が始まった。


 画面が切り替わると、すでにたくさんの視聴者が待機していたらしく、コメント欄が一気に流れ始めた。


『こんばんランラン』


 それが一斉に表示されるのを見て、僕は思わず目を見開いた。


「こんば……え?ランラン?な、なに?」


 右往左往する僕を見て、蘭子がすかさずマイクをミュートにし、耳打ちしてきた。


「うちの挨拶なんで、先生も合わせて! せーのっ」


 蘭子がマイクをオンにし、両手をカメラに向けて振りながら元気よく言った。


「皆~こんばんランラン!」


 慌てて僕も真似したが、タイミングが盛大にずれてしまった。


『記者会見の時と同じw』『めっちゃズレてるw』


 コメント欄が一気に湧く。


 蘭子が慌ててフォローに入る。


「流石先生、はずさないっすね~ さて、皆もう知ってると思うけど、一応紹介するね! 今度映画化とアニメ化が発表された小説、『二人と一人』の原作者、蘭学事啓先生だよ~!」


 彼女が手を叩きながら、「Clap Your Hands」と流ちょうな英語で煽ると、チャット欄はさらに盛り上がった。視聴者たちはノリがよく、画面には「888888888!!」「先生~!」といったコメントが次々と流れていく。


 それを見て僕は、心の準備も整わないまま、すでにライブ配信の波に飲み込まれていることを実感した。手汗がじわりと滲む。これほど多くの人がリアルタイムで自分を見ているという事実が、圧倒的なプレッシャーとなってのしかかる。


 以前の記者会見での悪夢が脳裏をよぎる。あの時も、こんなふうに注目を浴びて、上手く言葉が出てこなくなった。何を話せばいいのか、どこを見ればいいのか、戸惑うばかりだった。


 大丈夫かな……これ……。


 心の中で呟く。だが、もう始まってしまったのだ。


 そう思いながら、僕の初めてのライブ配信は、容赦なく進行していった。

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