高級ホテルの一室。深い紅色のカーテンが昼間の陽光を遮り、部屋の空気を仄暗くしていた。豪奢なシャンデリアの灯りが、柔らかい光を投げかけている。
広々としたソファーに、笹原小夏が腰掛けていた。
白いブラウスとプリーツスカート——学校の制服姿のままである。しかし、その可憐な少女の顔には、どこか影が差していた。
何かを思いつめたような表情で、窓の外に視線をやる。だが、その瞳に映る景色に関心はなかった。ただ、考えを巡らせているだけだった。
その隣には、一枚のバスローブを羽織った男がいた。
映画俳優、幸田昴。彼はワイングラスを手に、赤い液体を揺らしながら小夏の肩に手を回していた。
指先で彼女の髪を弄ぶように撫でる。
長年の習慣であるかのように、優雅であると同時に淫靡な仕草だった。
「やっと会えたね」
幸田はいやらしい笑みを浮かべ、小夏の肩を軽く抱く。まるで狙った獲物を仕留めたかのような顔だ。しかし、小夏は微動だにしなかった。彼女の瞳は冷え切っている。
「そうですね」
淡々とした声で答えながらも、その瞳には何の感情も宿っていなかった。それが面白かったのか、幸田はふっと笑うと、グラスをテーブルに置いた。
「妹から聞いたけど、何やらすごいことを企んでるらしいね? 学校の生徒を使って、好き放題やってるとか……」
ふっ、と喉の奥で笑うと、幸田はソファーに深くもたれかかる。その目はまるで娯楽を楽しむ観客のようだった。
小夏は、そんな彼を見ても表情を崩さない。ただ、興味なさげに肩をすくめた。
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。私は、復讐のついでに手助けしてあげただけです。それに……」
小さく息をつきながら、彼女は続ける。
「もうおしまいですよ。二人とも警察に捕まっちゃいましたから。まあ関係者全員未成年なんでそんなに大事にはなってないみたいですけど」
何の感傷もない声だった。それどころか、どこか愉快そうにさえ聞こえる。
「君は大丈夫なのかい?」
興味深げに尋ねる幸田に、小夏は薄く笑ってみせた。
「私ですか? まぁ、別の件で脅してますからね。私のことは話さない……というより、話したくても話せないんですよ」
「話せない?」
幸田が首をかしげる。
「ええ。あいつら、少し前に薬にも手を出してたんです。その時の証拠動画を持ってますから、それをちらつかせてあげたら随分と従順になりましたよ。ま、黙ってればこれ以上余罪も増えないでしょうから……」
鼻で笑う小夏。その表情はどこまでも冷酷だった。
「ふふ……君は本当に怖い子だね」
幸田はにやりと笑い、指先で小夏の顎を持ち上げる。だが、小夏はその手を払うと、まるでつまらないものを見るかのように目を細めた。
「そういえば、昴さんこそ忙しいんじゃないですか? 映画の主演とかで」
「ああ、『二人と一人』のやつね。アニメ化も決まったらしくて、僕も声優としてオファーされたよ」
「へえ……そういえば昴さん、人気声優でもありますもんね」
小夏が興味なさげに言うと、幸田はつれないなあと笑った。
「まあね。もともとはそっちがメインだったけど、今は俳優の仕事の方が大きくなってきたよ」
そう言うやいなや、幸田は突然、小夏の肩を押し、ソファーに押し倒した。
「……っ」
一瞬だけ、彼女の表情がわずかに動揺する。だが、それもすぐに消え、余裕の笑みが戻る。彼女は見上げたまま、冷ややかに目を細めた。
「……香坂真凛と篠宮神楽の件……任せていいんですよね?」
その言葉を聞いて、幸田はますます笑みを深める。
「もちろん、大丈夫だよ。君の態度次第だけど……」
不敵な笑みを浮かべる幸田。その言葉を聞いた小夏もまた、口元を歪ませた。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、幸田の首の後ろに回す。そのまま自ら顔を寄せ、艶やかな笑みを浮かべた。
「……ふふ、昴さんって、意地悪ですね」
昼間の陽光が届かない部屋。カーテンに閉ざされたその空間で、二つの影がゆっくりと重なった——。