一夜明けて、病室の窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。
かすかに消毒液の匂いが漂う病室の中、僕はベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた。
昨晩、響姉から鈴ちゃんが亡くなっていることを聞かされ、ショックで言葉を失った。彼女の笑顔が何度も脳裏に浮かび、胸の奥が締めつけられるようだった。
それを心配した雅と葵が「心配だから泊まる」と言い出したが、響姉に強制退場させられたのは言うまでもない。
結局、眠れないまま夜を過ごし、気づけば朝を迎えていた。
そして今、昨日帰ったはずの雅と葵が再び病室に現れ、甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれている。
今日までは大事をとって二人共学校は休んでいるらしい。
とまあそこまでは良かったのだけど、突然そこへ現れた神楽たちがこの状況を目にしたものだから、事態はかなりまずくなってきた……。
既に僕の傍らには神楽と真凛が、不満げに腕を組みながら睨んでいた。
どうやら、雅と葵にかなりご立腹腹のようだ。
「ちょっと、あんたたち! さっきから啓にベタベタしすぎ!」
神楽が腕を組み、呆れたように睨みつける。
「神楽の言う通りです。啓君、二人ともやりすぎじゃないですか?」
真凛は軽く口をとがらせ、腕を組みながら雅と葵をじっと見つめた。その表情には呆れと少しの苛立ちが混じっている。
僕はスプーンを咥えたまま、その様子を見て苦笑いするしかなかった。
「別にいいでしょ? 啓のためにできることをしてるだけよ」
雅は朗らかに微笑む。以前の迷いは消え、どこか楽しそうですらあった。
「そうそう。もうウジウジ悩んでも仕方ないし、それなら啓の役に立つほうがいいしね」
葵も軽やかに言いながら、スプーンを僕の口元に差し出してくる。戸惑う僕をよそに、雅と葵は楽しそうに世話を焼き続ける。
「……開き直ったってレベルじゃないわよ!」
神楽が深いため息をつきながら眉をひそめる。
「そんな簡単に切り替えられるんですか?」
真凛はやや戸惑ったように眉を寄せ、雅たちを見つめる。
「そんなに変?」
雅が小首をかしげる。
「もう悩むのはやめたの。前を向いても後ろを向いても、私は色々と面倒くさい女だって十分理解したわ……だから深く考え込むのはやめにしたの。もちろん貴女たちの邪魔はしないわ、ただ、私たちは啓のそばにいて、できることをしたいだけ。それがいけない?」
「いけないっていうより……ちょっとやりすぎじゃないかしら?元、幼馴染さん」
神楽は皮肉っぽく笑いながら、雅と葵を見やった。
「別に気にしないわ」
雅と葵は顔を見合わせ、クスリと笑う。
「……啓、あんたの幼馴染たち、本当に調子に乗りすぎじゃない?」
神楽が腕を組みながら、呆れたように僕を見た。
僕は彼女たちの様子を見ながら、どう返事をすればいいのかわからなかった。
「いや、その……」
「まったく……それより、啓君、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
真凛は穏やかな声だったが、そこにはどこか圧がある。
その場にいた神楽、雅、葵も思わず息を飲む。
彼女の視線が僕に向くと、皆は顔を見合わせ、わずかに緊張した様子を見せた。
その場に張り詰める空気に、誰もが言葉を選ぶように慎重になる。
「えっ、僕……?」
「昨日、一緒にご飯を食べるはずだったのに、途中でどこか行っちゃって……そのうえ怪我して入院って、どういうつもりですかね?」
彼女はじっとこちらを見つめ、ふっと微笑んだ。しかし、その目には一切の笑みがなく、静かにこちらを射抜いていた。
「えと……それは昨日もメッセージでお伝えした通りでその、あ、いやそれはですね……」
「はぁ……まったく、本当に困った人ですね」
真凛は静かにため息をついた。その表情には微笑みが浮かんでいたが、目はまるで氷のように冷たかった。
腕を組みながら、彼女はじっと僕を見つめる。その沈黙が、この場に逆に重い空気を生み出していた。
「それが、人の話を聞くときの態度なんですか……?」
声は穏やかだったが、その響きには有無を言わせぬ力があった。
「へ?あ……」
気づけば、僕はベッドの上で正座をしていた。
神楽、雅、葵の三人は息をのんでその様子を見守っていた。
誰も言葉を発することができず、沈黙の中で張り詰めた空気が重くなる。
ただ、彼女たちの視線の先には真凛の冷たい目があり、その威圧感に逆らう気にはなれなかった。
そのとき、不意に扉がノックされる。
「ど、どうぞ!」
助け舟と言わんばかりに、僕は扉の方を向いて即座に答えた。
「あ!ま、まだ話は終わってませんよ!」
突然話を遮られた真凛は、慌てた様子で僕に抗議する。
しかし、僕の返事を聞いた人物は躊躇なく病室へ入ってくる。
扉が開き、姿を現したのは僕の担当編集者、緋崎さんだった。
「あら啓先生……聞いていたより元気そうで安心した」
彼女は軽く微笑みながら、僕の様子を確認するように視線を巡らせる。
「お、おかげさまで」
僕は少し気恥ずかしさを覚えながら、頭をかいた。
「もう……話の途中だったんですけど」
真凛が不満げに頬を膨らませる。
「まあまあ、そんなに怒らないの」
神楽が苦笑しながら真凛の肩を軽く叩き、なだめていた。
「こんな時に申し訳ないんだけど……」
緋崎さんが少し言いにくそうにしながらも、周りのみんなをチラリと見て、再び僕に視線を向ける。
「あ、ここにいるみんなになら聞かせても大丈夫ですよ」
雅や葵が周りに言いふらすような子ではないことを伝えるように、僕は軽く笑いながらそう言った。
「それで緋崎さん、何かあったんですか?」
僕がそう尋ねると、緋崎さんは一瞬言葉を飲み込むように息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「『二人と一人』のアニメ化が決まったの」
「……は?」
僕の間の抜けた返事に、病室内が一瞬静まり返る。
「え?」
雅、葵、神楽、真凛、全員の声が揃った。