「マジでやるのかよ……」
「体育館のど真ん中で1on1なんて、どっちも負ける気ゼロって感じだな」
「でもバスケで立花先輩に勝つのは無理だろ……」
「いや、篠宮神楽だぜ? スポーツ得意ってテレビで言ってたし、ただの芸能人って思ってると、痛い目見るかも」
生徒たちのざわめきが体育館に広がる。
二人の周りには自然と人だかりができ、すでにスマホを構える者までいた。
コートの中央で、神楽は余裕たっぷりに微笑みながら葵を見つめている。
「勝負の条件、忘れてないわよね?」
「もちろん。私が勝ったら、神楽さんは私の言うことを何でも聞く。逆に神楽さんが勝ったら……」
「はじめが私のお願いを一つ聞いてくれる、よね?」
「そんな勝手なこと、啓が承諾するわけないでしょ」
「ふふ、勝ってから言ってくれる?」
神楽は軽く髪を指で巻きながら、挑発するような笑みを見せた。
「大丈夫よ、私が勝ったら、はじめには
「……調子に乗らないで」
葵がグッとボールを床に叩きつけると、周囲の観戦者から「おお……」とどよめきが起こった。
「ルールは三点先取。言い訳なしのガチ勝負、始めるよ!」
試合開始と同時に、葵が素早く動いた。
「速っ!」
「立花先輩、やっぱエースだな……!」
観客の声も耳に入らないほど、葵は全力で攻めた。
軽快なドリブルで神楽を翻弄し、一瞬の隙を突いてゴールへ駆け込む。
「ほら、一本!」
「へ~、さすがね?」
神楽は軽く肩をすくめながら、余裕の笑みを浮かべる。
ボールを受け取ると、ゆっくりとドリブルしながら葵を見つめた。
「じゃあ、お返ししようかな?」
次の瞬間、神楽は鋭いフェイントを入れ、体のバランスを一瞬崩したかに見えた。
「チャンス!」
葵がすかさず詰め寄る。しかし、それは神楽の計算のうちだった。
素早く体勢を立て直し、一気に方向転換。完全に振り切り、華麗なジャンプシュートを決める。
「うそ、読まれてた……?」
「一対一ね」
「でも、まだ私の方が有利。次は簡単に抜かせないから!」
葵は気を引き締め、攻撃に転じた。だが、神楽は少しずつ彼女の動きを読み、ペースをつかんでいく。
スコアは二対二。
「これ……どっちが勝つかわかんないな……」
「てか、篠宮神楽、普通にバスケ上手くね?」
「葵先輩がこんなに真剣になってるの、初めて見たかも……」
試合の行方に、生徒たちも息を呑む。
「最後の一点……」
「ここで決めるよ!」
葵が一気に加速した。
神楽は動じずに構えるが、葵はスピードを活かして鋭く切り込んでくる。
「このままゴール下に持ち込めば……!」
だが、神楽の目が冷静に葵の動きを追っていた。
「なるほど、強引にいく気ね?」
次の瞬間、神楽はわざと一歩後ろに下がった。
「は?」
観客も、葵も、一瞬の違和感を覚える。
バスケの1on1において、ディフェンスが下がるのは普通ならあり得ない行動だ。
しかし、その「違和感」が葵のリズムを狂わせた。
「……!」
少しでも動揺すれば、その隙を神楽は見逃さない。
下がったと見せかけて、次の瞬間、一気に前へ踏み込む。
「しまっ──」
ボールをカット。
そのまま神楽はゴール下に駆け込むが、葵も即座に追いかけた。
「絶対に止める!」
そして、神楽がシュートモーションに入った瞬間──
「……やっぱやめた」
神楽はニヤリと笑い、シュートモーションを途中で止め、葵を飛ばせた。
「くっ……!」
完全に空振り。
その一瞬の隙を逃さず、神楽は軽やかにシュートを決めた。
「決まったぁぁぁ!!!」
ボールがネットを揺らす。
「うそ……やられた……!」
葵は悔しそうに拳を握る。
「最後のフェイント……ずるい……」
「ずるくないわよ? バスケは技術だけじゃなくて、頭も使うスポーツだからね」
神楽は余裕の笑みを浮かべ、指先でボールを回した。
「はい、これで私の勝ちね」
「くっ……!」
観客たちの間からも驚きの声が上がる。
「篠宮神楽すげぇ……!」
「立花先輩がフェイントに引っかかるなんて……」
葵は悔しさを噛みしめながら、神楽を睨んだ。
「じゃあ、約束通り……はじめには私のお願いを聞いてもらうわね?」
「……啓が承諾するかどうかは別でしょ」
「ふふ、そこは私の腕の見せどころよ?」
神楽は挑発的に微笑み、くるりと踵を返した。
葵は唇を噛みしめ、まだ納得がいかない様子だったが、それ以上何も言えなかった。
「次は、絶対負けない……!」
ボールを強く握りしめ、葵は悔しそうに呟いた。