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第32話 交差する視線

 授業が終わった放課後、校内はいつもよりざわついていて、あちこちで放課後の体育館で葵と神楽が1on1でバスケ勝負をするという話題でもちきりだった。


「マジで? これ絶対面白いって!」

「神楽ちゃんってバスケできんの? 立花には勝てんだろ」

「いやいや、何か裏があるかもよ? あの篠宮神楽が勝負吹っ掛けるくらいだし」

「というかなんで篠宮神楽と香坂真凛がまたうちに来てんの?もう撮影?」


教室でもそんな会話が飛び交い、皆が期待と興味を抱いているようだった。

どうやら、葵が体育館の使用許可を取りに行った際、教員からその話が漏れたらしい。


僕は教室でその話を聞きながら、その様子をぼんやりと眺めていた。すると、雅が落ち着かない様子で席を立った。

ちらりと僕を見たその表情は、少し戸惑ったような、何か言いたげな複雑なものだった。けれど、彼女はそのまま何も言わずに教室を出て行ってしまった。


その様子が気になったが、僕は追いかけることなく体育館へと向かうことにした。

雅のことが引っかかってはいたが、今は葵と神楽の勝負を見届けたいという気持ちが勝っていた。


体育館に着くと、すでにたくさんの生徒が集まっていた。そんな中、人目を避けるようにして、隠れていた真凛が僕に気づき、にこっと可愛らしく微笑みながら駆け寄ってきた。


「はじめ先生、待ってましたよ」


真凛はどこか嬉しそうに微笑みながら、僕の方へと歩み寄った。

神楽の事で不安がっているかもと思っていたが、特に心配している様子はない。


「葵ってほんとに強いんだよ。神楽さん、あんな事言って大丈夫かな……?」


僕は思わずそう呟く。

体育館の中央では、葵がジャージ姿で軽快にストレッチをしていた。

彼女の動きには無駄がなく、まさにバスケ部のエースらしい風格がある。

一方の神楽は、ゆったりとした動きでシュート練習をしているだけで、その実力はまったく分からない。


僕はじわじわと不安になってきた。

葵がどれだけ強いかを知っているだけに、神楽が本当に対抗できるのか疑問だった。


しかし、隣の真凛は全く心配していない様子で、軽く首を傾げる。


「う~ん、大丈夫じゃないですか?」


きょとんとした顔で、まるで僕の心配が理解できないといった表情。


「いや、葵ってさ、もともと弱かったバスケ部を、県大会まで引っ張っていった立役者なんだよ。めちゃくちゃ努力して強くなったんだから、簡単に勝てる相手じゃないよ」


僕はつい熱くなって真凛に説明する。けれど、真凛は特に驚くこともなく、あっさりと答えた。


「そうなんですね。でも……大会なら神楽も行ってますよ?中学の頃ですけど」


「えっ?大会って?」


思わず聞き返す。


「バスケの全国大会」


その一言に、僕は驚いた。


「そんなこと、一度も聞いたことなかった……」


知らなくて当然だったのかもしれないが、それでも意外だった。


神楽が? 全国大会?


普段の神楽の姿からは想像もつかない話だった。

僕の脳内に浮かぶのは、普段の色っぽく小悪魔的な笑みを浮かべる神楽の姿。

バスケとはどうにも結びつかない。


「ただ、ブランクもあるしそこが心配です……まあだからこそ1on1にしたんでしょうけど……」


「なるほど、短期戦ならって考えたのか」


そこまで考えて試合を挑んでいたんだ……。


しかし僕の驚きを余所に、真凛は淡々とコートの方を見つめていた。まるで、勝敗なんて最初から決まっていると言いたげな余裕すら感じさせる。


その時、ふと視線を感じた。


僕が振り向くと、そこには雅がいた。

体育館の入り口付近に立ち、僕をじっと見つめている。

まるで、僕の反応を確かめるように。

その瞳の奥には、複雑な色が揺れていた。


何か言いたいことがあるのか、それともただ僕の様子を伺っているのか——雅の気持ちは読めなかった。ただ、その視線の熱さに、思わず息を呑んでしまう。


雅は何も言わないまま、ふっと目を伏せると、ゆっくりと視線を逸らした。その仕草は、まるで何かを諦めるようでもあり、けれどまだ完全には割り切れていないようにも見えた。


僕は、そんな雅の背中をただ見送ることしかできなかった。

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