――移動の途中、僕は終始無言だった。
周囲の景色は流れるように変わっていくが、頭の中はぐるぐると回る考えでいっぱいだったからだ。
今しがた知った真凛たちの件もあり、心の奥にざわつくものが残っていた。
けれど、それ以上にこれから向かう場所への緊張が僕を圧倒していた。
そんな思いを抱えながら歩くうちに、目の前に大きな会場が姿を現した。
中ではすでに多くの人々が行き交い、並べられた椅子にはびっしりと記者やカメラマンたちが座っている。
彼らの手にはメモ帳やカメラが握られ、今か今かと待ち構えるような視線を壇上へ向けていた。
「ただいまより、辰巳監督、蘭学事啓先生による映画『二人と一人』制作発表記者会見を行います!」
会場内にアナウンスが響き渡ると同時に、盛大な拍手が巻き起こる。
監督を含め、出演者たちが次々と壇上に用意された席へと向かっていく。
そして、最後にお面を被った僕が、恐る恐るそれについていった。
「よろしくお願いします」
全員が同時に頭を下げる。僕も皆に合わせ、深く頭を下げた。
拍手が再び沸き起こり、カメラのシャッター音が鳴り響く。
フラッシュの光が眩しく、思わず視線を落とした。
その時だった。
「……あれ?なんで仮面?」
記者たちの間にざわめきが広がる。
「どうして顔を隠しているんだ?」
戸惑う声が次々と上がる中、司会が咳払いをして場を落ち着かせようとする。
「先生は未成年であるため、特別な配慮として仮面を着用しています」
司会が説明を加えるが、それでも記者たちの関心は仮面の理由に向けられたままだった。
ざわつきが完全に収まらないまま、進行は続いていく。
場の空気には微妙な緊張が漂い、僕の胸の奥にまで重くのしかかる。
司会の声が響き、視線が壇上に集中する。次の瞬間、僕の名前が呼ばれた。
ついに僕の番が訪れる。
心臓が高鳴るのを感じながら、僕は席を立ちマイクを握った。視線が一斉にこちらに向けられ、圧倒されそうになる。
「こちらが今回、映画化される『二人と一人』の原作者であり、波木賞史上最年少で受賞した、、蘭学事啓先生です!」
司会の言葉に合わせて、会場から拍手が巻き起こる。けれど同時に感じるのは、無数のフラッシュと鋭い視線。まるで何かを暴こうとするかのような空気に、喉がひりついた。
「なぜウサギなんだ……?」
「顔を隠さなきゃダメなのか?」
フラッシュが一層激しくなる。司会がわざとらしく咳払いし場を牽制するが、それもあまり効果がないようだ。
だが、それでも記者たちは納得しない様子。
ざわつく会場内で、ついに一人の記者が手を挙げた。
「蘭学事啓先生は高校生なのですよね? 都内の学校に通われているのですか?」
頭の中が一瞬で真っ白になった。まるで目の前に光が飛び散るような感覚。
記者たちの視線が突き刺さり、耳の奥で心臓の音だけが大きく響く。
どう答える? 言っていいのか? でも、何か言わなきゃ——!
頭の整理が追いつかず、思考がぐるぐると空回りする。焦りで喉が詰まり、息が浅くなった。
「え、あ……えっと……」
無意識のうちに口が動いた。
「天野宮高等学校です!!」
——しまった。
言った瞬間、全身の血の気が引く。
一瞬の静寂。そして、次の瞬間、会場は爆発したようにどよめきに包まれた。
──やばい。
啓は「あっ……」と小さく呟いた。しまった、言ってはいけないことを……!
すると、記者たちの間で一気にどよめきが広がった。
「天野宮高等学校!?」
「すぐに誰か向かわせて、裏を取れ!」
「特ダネ確定だぞ!」
記者たちが一斉にスマホを取り出し、連絡を始める。会場は完全に混乱状態になった。
「啓先生、もう退場を!」
舞台袖で見守っていた担当の緋崎さんがが慌てて駆け寄る。
「記者会見を一時中断します!」
司会がアナウンスを入れたが、記者たちはなおも興奮を隠せない様子だ。
僕は緋崎さんに手を引かれながら、舞台袖へと逃げ込んだ。
「やってしまった……」
僕は頭を抱えた。やばい。やらかした。いや、やらかしたというレベルじゃない。
背後では記者たちがまるでバーゲンセールに群がる客のようにスマホを片手に慌ただしく動いている。
「直木賞最年少受賞者の正体が明らかになったぞ!」
「高校生作家、天野宮高校在籍!?」
「おい、今すぐ天野宮高校に行け! 先生でも生徒でも誰でもいいからコメント取れ!」
「このスクープ、すぐに記事にしろ! “天才作家の正体は現役天野宮高校生!?”で見出し決定だ!」
やめてくれ! そんな記事がネットに出回ったら、明日から学校に行けなくなる!
いや、もう今日のうちに終わるかもしれない。すでにSNSには「#蘭学事啓の正体」とかいうハッシュタグが作られているに違いない。
僕は絶望的な気持ちで、楽屋へと脱兎のごとく逃げ込んだ。