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第25話 執着駅の果て

 祭日の昼、賑わうファミリーレストラン。子どもたちの歓声、食器の音、店員の掛け声が飛び交う中、奥のテーブルでは異様な雰囲気が漂っていた。


伍代、鷹松、小夏の三人は、それぞれ苛立った表情でグラスを傾けている。伍代はコーラのストローを乱暴に噛み、鷹松はカフェラテをかき混ぜる手を止め、小夏はため息混じりにストローを口に運ぶ。


「クソッ……」


伍代が舌打ちし、拳を握りしめる。


「ふざけんなよ……! やっといいところだったのに、あの陰キャ野郎が邪魔しやがって……!」


昨夜の出来事が伍代の頭を駆け巡る。

雅に優しくエスコートし、デートコースも計算し尽くした。偽のナンパ騒動を仕組み、あえて危機を演出し、さりげなくヒーローを演じた。最後に公園でキスを決め、完全に自分のものにするはずだった。


だが——。


「あいつ、俺のこと、本気で拒絶しやがった……!」


伍代は苛立ちを抑えきれず、拳をテーブルの上に打ちつけそうになる。

しかし、かろうじて理性が働き、深く息を吐き出した。


最初は、軽い気持ちだった。

美人で学園の人気者の雅が、よりにもよってあの冴えない陰キャ男を好きだと知ったとき、伍代は笑った。「もったいねぇ」と。

そんな女が、自分の隣に並べばどれほど様になるか。それを証明するために、小夏の指示に従い、雅を手に入れることを決めた。


だが、思い通りにはいかなかった。


雅の反応は、これまでの女たちとは違っていた。

甘い言葉を囁いても、さりげなくリードしても、思うように靡かない。

むしろ、どこか冷めた目で伍代を見ていることすらあった。そして、それが気に入らなかった。


どうしてそんなに拒む?。どうしてあんな男なんかに未練があるんだ。


最初はただの所有欲だったはずが、雅を手に入れるために動くうちに、伍代の中でその感情は変質していった。


手に入らないからこそ、執着した。どんな女も、自分のものにできるはずだった。

飽きたら捨てればいい、そうやって生きてきた。


けれど——雅だけは違った。


「……渡さねぇ」


無意識に、小さく呟いていた。


「お前のせいで、こっちの計画にも支障が出るかもしれねぇんだぞ?」


隣で鷹松が低く唸る。


「雅が伍代を嫌ったら、葵にも影響する可能性がある。あいつら、結構繋がってるしな」


伍代が鷹松を鋭く睨みつける。


「は? 俺だけのせいみたいに言うなよ。お前だって結局、葵を落とせてねぇだろ」


「なんだと?」


鷹松の眉がピクリと動く。


「ふざけんなよ。お前がしくじらなきゃ、もっとスムーズに進んでたんだ」


二人の間にピリピリとした空気が走る。しかし、それを一蹴するように、小夏が小さく舌打ちし、ため息をつく。


「……情けないですねぇ、男のくせに口喧嘩なんて」


二人は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに視線を小夏に向ける。

彼女は冷静な顔のままスマホを取り出し、ゆっくりと画面を見せつけた。


「ま、今回は私の計画通りにはいきませんでしたけど……まだ、チャンスはあるんですよ?」


伍代と鷹松が怪訝そうにスマホを覗き込む。そこに映っていたのは——公園での伍代と雅のキス未遂の瞬間。角度のせいで、まるでキスが成功したかのように見える。


「……おい、いつの間に……」


伍代が驚愕の声を上げる。


「実は、あの時私もこっそりいたんですよ、現場に」


小夏は不敵に微笑む。


「本当は動画で撮るつもりだったんですけど、啓が来るのが見えたんで、急いで写メだけ。でも、これでも十分使えますよね?」


「使える、だと?」


伍代が顔をしかめる。


「こんなインチキ写真、どうしろってんだよ?」


小夏は更に微笑を深めた。


「ようは、使いどころですよ」


「……どういうことだ?」


鷹松が眉をひそめる。


「直接これで脅すなんて、そんな安っぽいことはしませんよ。大事なのは“どのタイミングで”使うかってことです」


小夏は、スマホを指先で回しながら囁く。


「雅がどうしても断れない状況を作る。そうすれば——彼女はもう逃げられない」


その言葉に、伍代は一瞬息を呑んだ。だが、その背筋にぞわりと走る悪寒に気づかないフリをした。


少しでも希望があるなら——


「……なるほどな」


伍代は不敵な笑みを浮かべる。


「ほら、まだ終わりじゃないんです。頑張ってくださいよ、先輩方?」


小夏がクスクスと笑う。


だが、その瞬間。


「……何してんの?」


突如、女の子の声が響いた。


三人が一斉に振り向くと、そこには——立花葵が立っていた。


「っ——!」


小夏の表情が一瞬固まる。

すぐにスマホをさっと隠し、作り笑顔を浮かべる。


「あ、葵先輩! こんなところで何してるんですか?」


「……それ、こっちのセリフなんだけど?私は家族と一緒に来てただけ。ドリンクバー行こうと思ったら、あんたの事見かけたから……」


葵は冷たい視線を向ける。


「俺たちは、ただ飯食ってただけだよ」


鷹松が咄嗟にフォローを入れる。


「俺たちもそろそろ行くか、家族で来てるんだろ? だったら、邪魔しちゃ悪いしな」


「そ、そうですよね! 私たちも、もう帰りますし、先輩はごゆっくり~!」


小夏がわざと明るい声で言いながら、素早く席を立つ。


「……」


葵は、じっと三人を見つめていたが、やがて小さく息をついた。


「……そっか」


三人が会計へ向かい、出口へ向かう途中、伍代は葵の横を通りすがりざま、ふと睨みつけるように視線を落とした。


「……」


葵は何も言わない。


「……行くぞ」


伍代は吐き捨てるように言い、鷹松と小夏と共に店を後にした。


葵は、その背中をじっと見つめながら、静かにグラスを握りしめた——。

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