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第12話 不穏な放課後

 冷たい空気がじわじわと教室に忍び込んできていた。足元からじんわりと冷えが伝わってくる。


窓の外には灰色の雲が空を覆い尽くし、時折吹く風が木の枝を揺らしていた。今にも雨が降り出しそうな気配がある。


私は机に肘をつき、ため息をひとつ落とした。


「もう、いつまで落ち込んでるの雅」


隣から葵の声がする。呆れたような、それでいて優しい響き。


「でも……大事な本だったんだよ」


私は机に頬を押し付けたまま、ぼそっと呟いた。


「せっかく葵が貸してくれたのに……」


昼休み、ほんの少し目を離しただけだった。戻ってきたら、私の机にあったはずの本が忽然と消えていたのだ。


「まあ、確かに貸したのは私だけどさ」


葵は腕を組みながら、少し考えるような表情を浮かべる。


「一応先生には話しておいたし、盗んだやつも気が変わって返しに戻ってくるかもよ?」


「……戻ってこなかったら?」


「大丈夫、うちのお父さん布教用と保存用といつも三冊買ってる人だから、またお父さんに話して貸してあげる。訳を話せばお父さんも許してくれるはずだし」


私はその言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった。でも、やっぱり悔しさは消えない。


「……ありがとう、葵」


「ったく、雅はほんと真面目すぎ」


葵が苦笑しながら、軽く私の頭を小突く。


その時、教室の扉がガラリと開いた。


「よっ」


軽い調子の声が響いた。振り向くと、そこに立っていたのは伍代先輩と鷹松先輩だった。


「……先輩?」


私は思わず背筋を伸ばし、葵も驚いたように目を丸くする。


伍代先輩は明るい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと教室に入ってきた。


落ち着いた雰囲気を持つ先輩は、どこか余裕のある空気をまとっていた。


一方、鷹松先輩は爽やかな笑みを浮かべながら、無造作に髪をかき上げる。サッカー部の主将らしい、引き締まった体つきが制服の上からでも分かる。


「放課後、話す約束してたよね?」


鷹松先輩がそう言って、葵の前に立つ。


「あ、はい」


葵はちょっと戸惑いながらも、素直に返事をする。


「せっかくだし、みんなで一緒に帰らない?」


伍代先輩がさらっと言った。


「え?」


私は思わず聞き返した。


本来ならば、葵と鷹松先輩の二人だけで話すはずだった。それなのに、どうして急に伍代先輩まで?


「いや、別にそんな堅苦しい話じゃないし、歩きながらでも話せるっしょ?」


伍代先輩は軽く笑う。その態度は、相変わらずどこか軽やかで、場を明るくしようとしているようにも見える。


「私は別に構いませんけど……」


葵がちらりと私を見た。


「雅も一緒に帰ろ?」


「……うん」


私は少し迷ったものの、結局頷いた。


まだ伍代先輩とは付き合い始めたばかりで、どう接すればいいのか分からない。男の人と二人きりになることにも慣れていないし、正直、どんな話をすればいいのか分からなかった。


でも、だからこそ少しでも話をする機会があれば、と思ったのだ。

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