冷たい空気がじわじわと教室に忍び込んできていた。足元からじんわりと冷えが伝わってくる。
窓の外には灰色の雲が空を覆い尽くし、時折吹く風が木の枝を揺らしていた。今にも雨が降り出しそうな気配がある。
私は机に肘をつき、ため息をひとつ落とした。
「もう、いつまで落ち込んでるの雅」
隣から葵の声がする。呆れたような、それでいて優しい響き。
「でも……大事な本だったんだよ」
私は机に頬を押し付けたまま、ぼそっと呟いた。
「せっかく葵が貸してくれたのに……」
昼休み、ほんの少し目を離しただけだった。戻ってきたら、私の机にあったはずの本が忽然と消えていたのだ。
「まあ、確かに貸したのは私だけどさ」
葵は腕を組みながら、少し考えるような表情を浮かべる。
「一応先生には話しておいたし、盗んだやつも気が変わって返しに戻ってくるかもよ?」
「……戻ってこなかったら?」
「大丈夫、うちのお父さん布教用と保存用といつも三冊買ってる人だから、またお父さんに話して貸してあげる。訳を話せばお父さんも許してくれるはずだし」
私はその言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった。でも、やっぱり悔しさは消えない。
「……ありがとう、葵」
「ったく、雅はほんと真面目すぎ」
葵が苦笑しながら、軽く私の頭を小突く。
その時、教室の扉がガラリと開いた。
「よっ」
軽い調子の声が響いた。振り向くと、そこに立っていたのは伍代先輩と鷹松先輩だった。
「……先輩?」
私は思わず背筋を伸ばし、葵も驚いたように目を丸くする。
伍代先輩は明るい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと教室に入ってきた。
落ち着いた雰囲気を持つ先輩は、どこか余裕のある空気をまとっていた。
一方、鷹松先輩は爽やかな笑みを浮かべながら、無造作に髪をかき上げる。サッカー部の主将らしい、引き締まった体つきが制服の上からでも分かる。
「放課後、話す約束してたよね?」
鷹松先輩がそう言って、葵の前に立つ。
「あ、はい」
葵はちょっと戸惑いながらも、素直に返事をする。
「せっかくだし、みんなで一緒に帰らない?」
伍代先輩がさらっと言った。
「え?」
私は思わず聞き返した。
本来ならば、葵と鷹松先輩の二人だけで話すはずだった。それなのに、どうして急に伍代先輩まで?
「いや、別にそんな堅苦しい話じゃないし、歩きながらでも話せるっしょ?」
伍代先輩は軽く笑う。その態度は、相変わらずどこか軽やかで、場を明るくしようとしているようにも見える。
「私は別に構いませんけど……」
葵がちらりと私を見た。
「雅も一緒に帰ろ?」
「……うん」
私は少し迷ったものの、結局頷いた。
まだ伍代先輩とは付き合い始めたばかりで、どう接すればいいのか分からない。男の人と二人きりになることにも慣れていないし、正直、どんな話をすればいいのか分からなかった。
でも、だからこそ少しでも話をする機会があれば、と思ったのだ。