冬の昼下がり、都心の駅前は人の波でごった返していた。
休日のせいか、学生やカップル、買い物袋を抱えた家族連れがせわしなく行き交っていた。ビル群の合間から降り注ぐ陽光は冷たい空気に溶け込み、冬の澄んだ空をさらに明るく照らしていた。
私は人混みを縫うように進み、待ち合わせ場所の駅前ロータリーを見渡した。約束の時間よりも二十分ほど早く着いたのは、ただの偶然……というよりは、落ち着かなかったからだ。
この寒空の下で立ち尽くしていると、次第に吐く息が白くなるのがはっきりと分かる。両手をこすり合わせ、アイボリーの手袋をつけたまま、息をふっと吹きかけた。
キャメルカラーのダッフルコートの内側に手を差し込み、少しだけ身を縮める。
ベージュのニットの温もりが肌に心地よく、風がスカートの裾を軽く揺らす。
手元のショルダーバッグのストラップをぎゅっと握ると、冷えた指先にほんの少し温かさが戻る気がした。
人の流れを避けるように、駅前の柱のそばに立ち、バッグを抱えたままスマホを確認する。
伍代先輩からの連絡はまだない。
小さく息をついて、マフラーの端を指先でいじった。
その時だった。
「ねぇ、お姉さん、待ち合わせ?」
不意に聞こえた男の声に、私は顔を上げた。
目の前には、二十代前半くらいの見知らぬ男が二人。片方は黒のダウン、もう片方はデニムジャケットを羽織っていた。
どちらも細身で、すっきりとした顔立ちをしている。
私は一瞬だけ彼らの視線を受け止め、それからすぐに目を逸らした。
「待ち合わせなら、まだ来てないんだよね? だったらさ、一緒にお茶でもしない?」
「寒いし、そこらのカフェで温かい飲み物でも飲まない? 待ってる間、俺たちと話してたら時間つぶしにはなると思うけどな」
軽薄な笑みを浮かべながら、男たちはじりじりと距離を詰めてくる。
私は内心わずかに眉をひそめながら、静かに一歩後ろへ下がった。
「すみません、待ち合わせがあるので」
きっぱりと告げ、視線を戻さずにその場を離れようとする。しかし、男たちは簡単には引き下がらなかった。
「待ち合わせって、彼氏?」
「まあ、そんな感じです……」
適当にあしらうつもりで答えたのに、彼らは意外にも笑いながら言葉を重ねた。
「へえ、それならいいじゃん。どうせまだ来てないんだし、ちょっとだけ話すくらいなら問題ないでしょ?」
「そうそう、それとも彼氏君、束縛厳しいタイプ?」
「いや、そういう問題では……」
ますますしつこくなる相手に、私は冷えた指先を軽く握る。
こんな状況、早く切り抜けたい。しかし、人通りが多い場所とはいえ、周囲の人々は皆それぞれの目的に忙しく、私たちのやりとりには無関心だった。
困惑する私の前で、男の一人がさらに歩み寄ろうとした、その瞬間。
突然現れた伍代先輩が、私の横にすっと立ち、軽く笑いながら男たちを見た。
「悪いけど彼女が迷惑してるんだ。もうやめてくんない?」
聞き慣れた、軽やかで優しい声。
彼は黒のパーカーに白のジャケットを羽織ったシンプルな服装なのに、どこか洗練された雰囲気を持っていた。
伍代先輩は歩み寄ると、私の肩に軽く手を置き、ナンパしてきた男たちを睨むように見下ろす。
「もういいだろ?何度も言うけどさ、 彼女、迷惑してるんだよ」
伍代先輩は軽く息をつきながら私の前に立ち、ちらりと男たちを見やった。
その雰囲気には余裕がありながらも、確かに私を守ろうとする意思が感じられた。
「え……マジで彼氏?」
ナンパしていた男たちは目を見開き、戸惑いを隠せない様子だった。
「うそっぽいな。急に出てきて、いかにも『俺の彼女』みたいな感じで……」
「マジで彼女だから。悪いけど、邪魔しないでくれる?」
伍代先輩はふっと笑い、さりげなく私の肩に手を置いた。
その仕草に、どこか安心感があった。
「……ええ、そうです。私の彼氏です」
私が毅然と言い切ると、ナンパ男たちは渋い顔をしながら、ようやく諦めたようだった。
「チッ、つまんねえの」
「じゃあ、もういいわ。悪かったな」
彼らはため息混じりに肩をすくめ、そのまま駅の人混みに消えていった。
私はふっと肩の力を抜き、伍代先輩のほうを見上げる。
「……助かりました」
「当たり前のことしただけだよ。こんな状況、見過ごせるわけないし。」
伍代先輩は優しく微笑みながら、そっと私のマフラーに触れた。
その仕草に、私は胸の奥が微かにざわつくのを感じる。
普段は軽い雰囲気の伍代先輩だけど、こういうときは頼りになる。その意外な一面に、胸の奥が微かにざわつく。
なんだか、落ち着かない気持ちになって――
私は、自分の指先が少しだけ熱くなるのを感じた。
気づけば、胸の奥に小さな温もりが広がっていた。