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第19話 初めてのデート

 冬の昼下がり、都心の駅前は人の波でごった返していた。


休日のせいか、学生やカップル、買い物袋を抱えた家族連れがせわしなく行き交っていた。ビル群の合間から降り注ぐ陽光は冷たい空気に溶け込み、冬の澄んだ空をさらに明るく照らしていた。


私は人混みを縫うように進み、待ち合わせ場所の駅前ロータリーを見渡した。約束の時間よりも二十分ほど早く着いたのは、ただの偶然……というよりは、落ち着かなかったからだ。


この寒空の下で立ち尽くしていると、次第に吐く息が白くなるのがはっきりと分かる。両手をこすり合わせ、アイボリーの手袋をつけたまま、息をふっと吹きかけた。


キャメルカラーのダッフルコートの内側に手を差し込み、少しだけ身を縮める。

ベージュのニットの温もりが肌に心地よく、風がスカートの裾を軽く揺らす。

手元のショルダーバッグのストラップをぎゅっと握ると、冷えた指先にほんの少し温かさが戻る気がした。


人の流れを避けるように、駅前の柱のそばに立ち、バッグを抱えたままスマホを確認する。


伍代先輩からの連絡はまだない。


小さく息をついて、マフラーの端を指先でいじった。


その時だった。


「ねぇ、お姉さん、待ち合わせ?」


不意に聞こえた男の声に、私は顔を上げた。


目の前には、二十代前半くらいの見知らぬ男が二人。片方は黒のダウン、もう片方はデニムジャケットを羽織っていた。

どちらも細身で、すっきりとした顔立ちをしている。


私は一瞬だけ彼らの視線を受け止め、それからすぐに目を逸らした。


「待ち合わせなら、まだ来てないんだよね? だったらさ、一緒にお茶でもしない?」


「寒いし、そこらのカフェで温かい飲み物でも飲まない? 待ってる間、俺たちと話してたら時間つぶしにはなると思うけどな」


軽薄な笑みを浮かべながら、男たちはじりじりと距離を詰めてくる。

私は内心わずかに眉をひそめながら、静かに一歩後ろへ下がった。


「すみません、待ち合わせがあるので」


きっぱりと告げ、視線を戻さずにその場を離れようとする。しかし、男たちは簡単には引き下がらなかった。


「待ち合わせって、彼氏?」


「まあ、そんな感じです……」


適当にあしらうつもりで答えたのに、彼らは意外にも笑いながら言葉を重ねた。


「へえ、それならいいじゃん。どうせまだ来てないんだし、ちょっとだけ話すくらいなら問題ないでしょ?」


「そうそう、それとも彼氏君、束縛厳しいタイプ?」


「いや、そういう問題では……」


ますますしつこくなる相手に、私は冷えた指先を軽く握る。


こんな状況、早く切り抜けたい。しかし、人通りが多い場所とはいえ、周囲の人々は皆それぞれの目的に忙しく、私たちのやりとりには無関心だった。


困惑する私の前で、男の一人がさらに歩み寄ろうとした、その瞬間。

突然現れた伍代先輩が、私の横にすっと立ち、軽く笑いながら男たちを見た。


「悪いけど彼女が迷惑してるんだ。もうやめてくんない?」


聞き慣れた、軽やかで優しい声。


彼は黒のパーカーに白のジャケットを羽織ったシンプルな服装なのに、どこか洗練された雰囲気を持っていた。


伍代先輩は歩み寄ると、私の肩に軽く手を置き、ナンパしてきた男たちを睨むように見下ろす。


「もういいだろ?何度も言うけどさ、 彼女、迷惑してるんだよ」


伍代先輩は軽く息をつきながら私の前に立ち、ちらりと男たちを見やった。

その雰囲気には余裕がありながらも、確かに私を守ろうとする意思が感じられた。


「え……マジで彼氏?」


ナンパしていた男たちは目を見開き、戸惑いを隠せない様子だった。


「うそっぽいな。急に出てきて、いかにも『俺の彼女』みたいな感じで……」


「マジで彼女だから。悪いけど、邪魔しないでくれる?」


伍代先輩はふっと笑い、さりげなく私の肩に手を置いた。


その仕草に、どこか安心感があった。


「……ええ、そうです。私の彼氏です」


私が毅然と言い切ると、ナンパ男たちは渋い顔をしながら、ようやく諦めたようだった。


「チッ、つまんねえの」


「じゃあ、もういいわ。悪かったな」


彼らはため息混じりに肩をすくめ、そのまま駅の人混みに消えていった。


私はふっと肩の力を抜き、伍代先輩のほうを見上げる。


「……助かりました」


「当たり前のことしただけだよ。こんな状況、見過ごせるわけないし。」


伍代先輩は優しく微笑みながら、そっと私のマフラーに触れた。


その仕草に、私は胸の奥が微かにざわつくのを感じる。


普段は軽い雰囲気の伍代先輩だけど、こういうときは頼りになる。その意外な一面に、胸の奥が微かにざわつく。


なんだか、落ち着かない気持ちになって――


私は、自分の指先が少しだけ熱くなるのを感じた。

気づけば、胸の奥に小さな温もりが広がっていた。

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