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第14話 幼馴染 VS 幼馴染(仮)

 冬の空はどこまでも鈍色で、冷たい風が頬を刺すようだった。


吐く息は白く、足元に積もった落ち葉をわずかに湿らせている。


夕暮れに差し掛かっているはずなのに、雲が分厚く垂れ込めたせいで、すでに夜のような薄暗さが漂っていた。


私たちは商店街の中を急ぎ足で歩いていた。


普段なら、買い物客や学生たちで賑わうはずの道も、今日は妙に静かだった。


寒さのせいか、人々は店の中へと逃げ込んでいるのだろう。


イルミネーションがぽつぽつと点灯し始め、暗い街の中で、まるで寒さを忘れさせるかのように温かな光を放っていた。


そんな光を横目にしながら、私たちは目的地へと向かっていた。


「ここだよね」


葵が、わずかに息を弾ませながら言う。


目の前に立つのは、レトロな雰囲気の喫茶店。小さな看板に書かれた「喫茶めとろ」という店名は、どこか懐かしい感じがした。


私は無言のまま頷く。


「年季の入った店だね」


「圭太も俺も普段スタバしか行かないからこういうとこ初めてだわ」


鷹松先輩と伍代先輩は、珍しそうなものを見るように店を見まわしている。


喫茶めとろ。昔から啓がよく通っていた店。


私も葵も、ここには何度か来たことがある。だけど、今日の目的は今までとは違う。


私は緊張した手つきでマフラーをきつく巻き直し、ゆっくりと窓越しに店内を覗き込んだ。


そして――息を呑んだ。


「……嘘、でしょ?」


葵の声が震えている。


私の胸も、ズキリと痛んだ。


店内はガランとしていて客はほとんど見受けられない、そのため直ぐに目的の人物の姿を、店の奥、窓際の席に見つけることができた。


相沢 啓。


そして、彼の両隣に座っているのは――


香坂 真凛と、篠宮 神楽。


啓は、真凛と神楽に挟まれる形で座っていた。


その姿は、まるで昔からの親しい友人同士のようで、私たちが知っている啓とはまるで違って見えた。


真凛は、少し恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、啓の袖を軽く引いて何か話しかけている。その仕草は、まるで甘えているように見えた。


神楽は、そんな真凛の様子を面白そうに眺めながら、にやりと笑う。そして、さりげなく啓の肩に寄りかかり、耳元で何かを囁く。


啓は困ったように目を伏せながらも、嫌がる素振りはしていなかった。


「なんかむかつくな……あいつ」


あいつ?やっぱり先輩たちは啓の事を知っているの?


「……何なのあれ」


葵の声が低くなる。


その声に私は再び店の中に視線を戻した。


胸の奥がズキズキと痛む。


ここにいるのは、確かに啓なのに――


私の知っている啓とは、違う人みたいだった。


「何で……」


窓ガラスに這わせた私の指先が冷たくなる。


この光景を、信じたくなかった。


「……入るよ」


葵が、力強く言った。


私はゆっくりと頷き、意を決して店のドアに手をかけた。


カラン――


扉を開けた瞬間、静かな喫茶店にベルの音が響いた。


外の冷たい冬の風を背に、暖かな店内の空気が絡みつく。柔らかい照明、香ばしいコーヒーの香り、低く流れるジャズ――落ち着いた雰囲気が広がっているはずなのに、私たちの胸の内は激しくざわついていた。


そして、視線の先――


窓際の席に座る三人が、こちらを振り向く。


相沢啓、香坂真凛、篠宮神楽。


私と視線があった啓は驚いたような表情で固まり、真凛は目を丸くし、神楽はわずかに眉を上げた。


私たちは窓際の席に足早に近づくと、啓たちの席の前で立ち止まり、見下ろす格好でその場に立ち尽くす。


「……雅、葵?」


啓の戸惑い混じりの声が、静かな店内に響く。


「これは……どういうこと?」


葵の声が低くなる。


私は拳を握りしめ、睨みつけるように啓を見つめた。


「説明してくれる。どうして、こんなところで、こんな人たちと仲良くしてるの?」


啓は目を泳がせながら、しどろもどろになって言葉を探す。


「え、えっと……その……」


私は精一杯冷静を保とうとした。


でも、胸の奥がズキズキと痛む。


私だって、本当は強く言いたい。


だけど、啓を遠ざけたのは私たちの方だった。


彼を責める資格なんて、今の私にあるのだろうか。


そう自問自答するが自分の感情が制御できない。


「どういう関係なの? どうして啓がこんな子たちと……」


「……子たち?」


神楽が眉をひそめる。


「あなたたちこそ、誰ですか?」


真凛が戸惑いながらも、小さな声で問いかける。


その言葉に、私たちは一瞬唖然とした。


「誰って……私たちは――」


「幼馴染なんだ」


啓が慌てたように口を挟んだ。


「み、雅と葵は、俺のずっと昔からの友達で幼馴染なんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、真凛と神楽の表情が変わった。

驚きが、一瞬で微妙な不機嫌さへと変わる。


「先生の幼馴染、ねぇ……?」


神楽がゆっくりと腕を組む。


「……先生?」


私は眉をひそめた。


「なんで啓のことを先生なんて呼んでるの?」


「そうよ、どういうこと?」


葵も訝しむように問い詰める。


けれど、真凛と神楽は何も答えない。ただ、わずかに視線を交わした後、神楽が少し笑みを浮かべる。


「別に、先生は先生だから?」


「意味がわからない……!」


私は神楽に詰め寄ったが、彼女は余裕の笑みを崩さない。


「啓のことそんな風に呼んで、どういうつもり?」


「どういうつもりも何も、これは私たちと先生の関係だから」


神楽がさらりと言い放つ。


「関係?」


葵の眉間にしわが寄る。


「せ、先生が誰と一緒にいるかなんて、あなたたちには関係ないと思います」


真凛が静かに言った。その言葉には、はっきりとした牽制が込められていた。


「……っ!」


私はぐっと言葉を飲み込む。


「でも……」


真凛は啓の袖をそっと掴んだ。

そして間をおいて再び口を開いた。


「わ、私たちは、先生を大切に思ってるのは確か……です」


その一言が、胸の奥に鋭く突き刺さる。


葵の肩がピクリと揺れた。


私も、言葉を失う。


彼女たちは、はっきりと「好き」とは言わない。でも、その態度は啓への特別な想いを物語っていた。


「……だったら、啓がどんな人間か、本当に知ってるの?」


葵が低く呟く。


「もちろん」


神楽はあっさりと答える。


「むしろ、あなたたちこそ、昔のはじめ先生しか知らないんじゃない?」


その言葉が、鋭く心を抉った。

私は言葉を返せなかった。


「はは、何なんだこれ」


不意に、場違いなほど軽い声が響いた。

伍代先輩だった。


「モテモテで羨ましいねぇ、相沢君?」


彼は笑いながら、さりげなく私の肩に手を置こうとする。


「雅ちゃん。そんな怖い顔しないで?」


「……やめてください」


私は冷たく言い放ち、肩を振り払う。

伍代先輩は一瞬驚いたが、すぐにニヤリと笑った。


「冷たいなぁ。俺たち恋人同士なのにさ」


「……っ」


「じゃあ、俺は葵ちゃんと仲良くしようかな?」


鷹松先輩が冗談めかして言いながら、葵の肩に軽く触れる。


「……何するんですか?」


葵が鋭く睨むと、鷹松先輩は苦笑いしながら手を引っ込めた。


「いやいや、ちょっとした冗談だって」


「冗談でも今はやめてください」


葵の声は冷たかった。


場の空気は、完全に収拾がつかなくなっていた。


真凛と神楽は、私と葵を牽制するように啓の近くに寄り添い、伍代先輩と鷹松先輩はそれが面白くないのか苛々している様子。


私は息を詰まらせた。

もう、何が何だかわからない。

「もう、やめてください!」


突然、啓の大きな声が店内に響いた。


その場にいた全員が、一瞬静まり返る。


啓は立ち上がり、深く息を吐いた。


「真凛さんと神楽さんは僕に落とし物を届けてくれただけなんだ!」


彼の目は、困惑と戸惑いで揺れていた。


めったに声を荒げないはずの啓の姿。


感情任せに追い詰め過ぎたのかもしれない。


「……わかったわ」


私は一歩下がる。


「とりあえず、今日はここまでにしましょう」


葵も、渋々頷いた。


疑問や思うことがたくさんある、しかし今はこれ以上冷静に判断できる気がしない。


嵐のような時間は、こうしていったん終わった。


でも――


これは、まだ始まりにすぎない、何となくそんな予感を感じつつ、後ろ髪を引かれる思いで、私は葵たちと一緒に店を後にした。

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