放課後の廊下には、生徒たちの話し声と足音が賑やかに響いていた。部活へ向かう者、帰り支度を済ませた者、友達とおしゃべりをしながら歩く者。どこにでもある日常の放課後の光景が広がっている。
私と葵は先輩たちと一緒に教室を出て、他愛もない話をしながら廊下を歩いていた。
すると、近くを歩くクラスメイトたちの会話がふと耳に入ってきた。
「いやー、マジで驚いたわ」
「なにが?」
「さっき校門の前に香坂真凛と篠宮神楽がいたの、見た?」
「見た見た! あれ、マジで本物だったんだな……びびったわ」
「なあ、それよりさ、その時一緒にいた相沢の話、聞いた?」
「相沢ってめっちゃ陰キャのやつだろ?相沢がなんかあったの?」
「お前見てなかったのかよ。相沢、あの二人とめっちゃ仲良さそうに話してたんだぜ?」
「……マジか?」
「うん、で、そのまま三人で喫茶店行くとか言ってたし」
「ええっ!? なんで? なんで相沢があんな二人と?」
「さあな……でも、どう見ても他人行儀な感じじゃなかったし、普通に親しい間柄っぽかったぜ」
「すごすぎるだろ……俺らのクラスにそんなヤツいたんか?」
「いや、マジで謎すぎる、ドリームマッチ過ぎんだろ」
私はその場に立ち尽くした。心臓が大きく跳ねる。
「……今の話、聞いた?」
葵が驚いたような声を出した。
「啓が……香坂真凛と篠宮神楽と一緒に?」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
葵も同じことを考えたのか、私と視線を交わし、少し眉をひそめる。
香坂真凛と篠宮神楽。今や誰もが知る芸能界のスター。
一人は清楚系の美人女優で、一人は小悪魔的な魅力を持つ人気歌手。そんな二人が啓と一緒にいる?
「……まさか、ね」
葵が呆れたように言う。
「信じられないけど……でも、もし本当なら」
私は動揺を隠せないまま、口の中が乾いていくのを感じた。
啓は学校でもほとんど一人で、親しい間の友人付き合いすら見た事がない。
そんな彼が、どうして今芸能人と一緒に?
理由が分からなかった。だけど、分からないからこそ、知りたいと思った。
「確かめに……い、行ってみる?」
私は動揺する気持ちを抑え言った。
「いいけど……ま、まあ、確かめるのはタダだしね」
葵は苦笑しながら頷いた。
「じゃあ俺たちも付いて行こうかな」
急に伍代先輩が間に入るように言った。
「え?」
「いや、普通に興味あるじゃん? 啓の話って珍しいし」
鷹松先輩も面白がるようにそう言うと、「だな」と伍代先輩もそれに頷いて見せた。
私は何か違和感を覚えた。
先輩たちが啓のことを知っているような口ぶり。
二人は啓とは話したこともないと思っていたけど、どこかで知り合っていたのだろうか?
ちらりと隣を見ると、どうやら葵も同じように考えているのか、不思議そうな顔をして二人を見ている。
――何か、変だ。
でも今は、それを追及している暇はない。
私は小さな違和感を抱えながらも、その場では深く考えなかった。
今はただ、啓がどんな顔をしているのか、それだけが気になっていたからだ。
「でも三人が向かった喫茶店ってどこなのか二人は知ってるの?」
背後から伍代先輩が呼び止めるように声をかけてきた。
「啓が昔からよく行ってた店なら、一か所だけ心当たりがあるでしょ、雅」
葵の言葉に私は頷いた。
中学の頃から疎遠になって行った啓が、よく一人で入り浸っていた喫茶店。
私と葵が何度か彼の家を訪ねた時、啓のお母さんに居場所を聞いた時教えてもらった場所。
「……うん、行こう」
私たちは改めて、事実を確かめるため喫茶店に向かうことを決めた。