篠宮さん達との電話のやり取りを終えた僕は、担任に事情を話し、足早に教室へと向かった。
午後の授業開始前のひととき、なるべく目立たないよう僕が教室に一歩足を踏み入れると、そこはざわめく生徒たちの声で満たされていた。
昼休みが終わってしばらく経つというのに、誰も席に着こうとしない。
数人の生徒が集まって話し込んでいて、なんだかただごとじゃない雰囲気を醸し出している。
「……で、ほんとにどこ行っちゃったの?」
ひときわ不安そうな女子生徒の声が聞こえてくる。
自分の席に向かいながら様子をうかがうと、人ごみの中心にいるのは雅と葵だった。
彼女たちの様子がどこかおかしい、眉をひそめて困った顔をしている。
「昼休みに食堂から戻ってきたらなくなってたの……」
雅が落ち着かない様子で言うと、周りのクラスメートも「えぇ……」と顔を見合わせる。
どうやら、雅が持っていた本が昼休みの間に消えたらしい。
盗まれたのか、どこかに置き忘れたのか……けど、雅がそんなうっかりするタイプじゃないのは、僕もよく知っている。おそらく前者だろう。
「ねぇ、誰か見なかった?」
葵が周りを見回しながら聞くけど、返ってくるのは首を横に振る仕草ばかり。
「本当に、気づいたらなくなってたの?」
誰かの声が聞こえた。
雅は、不安げにぎゅっとスカートの裾を握りしめながら、こくりと頷く。
「うん。机の横に紙袋ごと引っかけてたんだけど、なくなってたの」
「でも、雅がなくすなんて考えられないし……やっぱり誰かに盗まれたんじゃない?」
誰かの呟きに、また空気がざわついた。
僕は静かに自分の席につきながら、二人の様子を横目で見た。
二人とも、僕には目もくれない。いや、気づいているけど、無視しているのかもしれない。
顔も見たくないって感じかな……。
胸の奥が少しだけ痛む。
窓の外をちらっと見る。
冷たい風が木の枝を揺らしていて、雲はますます厚くなっていた。
なんとなく、嫌な予感がする。
すると、ざわめいていた教室の空気が、一瞬で冷えた。
ガラッ――と、扉が開く音がして、みんながそちらを振り向く。
「ほらほら、授業始めるぞ。席につけー」
入ってきたのは国語の担任、村山先生だった。
中年の男性で、普段はそこまで厳しくないけど、授業が始まると意外ときっちりしているタイプだ。
先生が黒板に教科書のページを書き込む間、みんな仕方なく席についた。
結局、雅の本の話はうやむやのまま、会話は途切れた。
葵もまだ何か言いたそうだったけど、先生が入ってきたことでそれどころじゃなくなったみたいだ。
僕も静かに教科書を開く。
窓の外はさっきよりも暗くなり、風の音がかすかに聞こえる。
「じゃあ、前回の続きからいくぞ」
先生の低い声が教室に響く。
チョークが黒板をこする音が聞こえ始めると、さっきまでのざわめきが嘘のように、教室は静まり返った。
授業に集中しよう、そう思ったが、僕はまだ雅たちの落ち込んだ顔が頭から離れなかった。
葵も腕を組んだまま、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
きっと彼女も、納得がいっていないんだろう。
授業の内容が頭に入ってこないまま、僕はなんとなくノートを取りながら、曇った空をもう一度見上げた。