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第7話 不穏な昼休み

 昼休みのチャイムが鳴り響くと、廊下には生徒たちの賑やかな足音と話し声が溢れた。


「じゃあ雅、先に小夏と食堂に行ってるね」


「うん、これまとめ終わったらすぐ行くから」


私は軽く手を振って、雅を教室に残したまま廊下へと出る。すると、すぐ目の前に見慣れたツインテールの少女が駆け寄ってきた。


「葵先輩!」


ころころとした愛嬌たっぷりの笑顔で、私の名前を呼ぶ少女──笹原ささはら 小夏こなつ。中学からの付き合いのある可愛い後輩だ。


だが、今の私はその愛らしい笑顔を見るだけで無性にイライラしていた。


──バシッ!


「痛ああいっ! な、何するんですか先輩! いきなり可愛い後輩の頭にチョップするとか、バスケのやりすぎで脳までボールみたいに固くなっちゃったんですか!?」


「あん?」


「あ、じょ、冗談です! ごめんなさい! お願いですからもう一回構えなおさないでくださいっ!」


バカみたいに慌てる小夏を睨みつけながら、私は低い声で言った。


「あんた、鷹松先輩のこと、雅に喋ったでしょ?」


「えっ? ……話したっけかなあ?」


小夏は顎に指を当て、大きな瞳を泳がせる。


「誤魔化すな、ネタは上がってんの」


「あははは、ですよねえ」


私は大きくため息をつき、呆れながら歩き出した。


「あ、ちょっと置いてかないでくださいよお!」


「だいたいあんた、私に雅に言うなって口止めするくせに、自分はペラペラ喋りすぎなのよ」


「ああ! ダメですよ葵先輩! あのこと、雅先輩に喋っちゃダメですからね!? もちろん啓先輩にも!」


小夏が追いつき、私の横で口を尖らせる。


「分かってるわよ。こう見えても、私が口堅いの知ってるでしょ? 啓と違って、私は約束を守る方なんだから」


「もちろん知ってますよ。だから葵先輩にだけ相談したんじゃないですか、私が……啓先輩に──」


「あ……ごめん、嫌なこと思い出させちゃった?」


「ふふっ、葵先輩ったら心配性ですね、大丈夫ですよ!」


無邪気に微笑む小夏を見て、私は少し安堵した。


以前、私は小夏からとある相談を受けていた。


いや、正確に言うと、明らかに落ち込んでいる彼女を見て私が強引に聞き出した事。


それは小夏が私の幼馴染である、相沢啓から告白され、無理やり関係を迫られたという衝撃的な内容だった……。


初めてその話を聞いた時は信じられなかった、けれどたまたま現場に居合わせた鷹松先輩が二人の仲裁に入り、事なきを得たというのだ。


後に小夏と一緒に確認しに行ったところ、先輩もしっかり見たと証言してくれた。


小夏がそんな辛い経験を抱えているなんて、私は胸が締め付けられる思いだった。


彼女の気持ちを考えると、ただ話を聞くだけでは足りない気がして、どうすれば彼女を助けられるのか真剣に悩んだ。


啓の行動には驚きと怒りが混ざり、幼馴染として信じていた分、その裏切りは私にも深い衝撃を与えた。


もちろんあいつに限ってそんなことをするはずがない、と考えたりもした。


でも、啓とは中学に進学してから徐々に疎遠になり、高校生になってからはさらに距離が開いてしまっていた。


それに加え、クラスでの評判もあまり芳しくない。


いつも一人でこそこそと行動し、他人と積極的に話そうとしない。


声をかけても、まるで隠れるように逃げ回ることが多く、何を考えているのか全く分からない。そのため、クラスメートたちから少し不気味だと噂されることもあった。


正直今の啓を私が理解してやれる自信はない。


そう思い知らされるほど、あの日約束した幼い頃の記憶が頭を過り、啓の顔を見る度苛々してしまう、そしてそんな自分が嫌になるという自己嫌悪の繰り返しだ。


小夏本人は、この事は誰にも話さないという約束で啓の告白を断ったらしく、本人からももうこの件は忘れたいと言われ、今はそっとしている状態だ。


この事で雅と啓の関係がこじれるのは嫌だからと、小夏にきつく口止めされてはいるけど、雅と顔を合わせる度にそのことを思い出すため、最近はこの事で悶々とする日々を送っている。


「わっ、食堂めっちゃ混んでますね! もう、何でこんなに人多いのぉ……」


小夏の声に、私ははっとして我に返る。


食堂は生徒でごった返していた。


「あんたが急に私と雅を誘ったんでしょ。文句言わず、さっさと空いてる席探しな」


「ええぇー!」


落胆する小夏。


「葵! 小夏!」


突然、聞き慣れた声がした。


振り返ると、雅が小走りで駆け寄ってくる。


「待たせてごめんね」


雅は申し訳なさそうに手を合わせる。


「大丈夫、私たちも今着いたところだけど……ほら、ご覧のありさま」


「うわ……ほんとすごい人」


「ああっ!」


「な、何? 急にどうしたの?」


小夏がスマホを見て驚きの声を上げる。


「ごめんなさい先輩! 友達に急に呼ばれちゃって、ランチまた別の日でもいいですか!? ほんとごめんなさい!」


深々と頭を下げる小夏。


「あんたねぇ……まあ、しゃあないか。ほら、さっさと行っといで」


私が手を振ると、小夏は何度も振り返りながら足早に去っていった。


「どうする葵? 私、買っておいたパンがあるし、教室戻る?」


「そうしよっか。雅がくれたサツマイモパイもまだ残ってるし」


教室に戻ることにして、私たちは踵を返した。


「葵、小夏と何かあった?」


「え? なんで?」


「なんとなく。葵って元気ないとすぐ顔に出るから」


「なにそれ、私そんなに単純?」


「ううん、ただ……昔から、一人でため込む癖あるでしょ? しんどくなったら言ってよ?」


「それはお互い様でしょ。雅だってため込むくせに、最後は私に泣きついてくるじゃん」


「もう! いつの話よ!」


「ははっ、ごめんごめん」


そんな会話を交わしながら、私たちは教室に戻った。

「はぁ、小夏のせいで時間無駄にしちゃったなぁ。帰りにジュースでも奢らせようかな、ねえ雅──雅?」


 返事がない。


 ふと横を見ると、雅が青ざめた顔で机の周りを見回している。


「ど、どうしたの?」


「ない……」


「えっ?」


「葵から借りた本……紙袋ごと、無くなってる……」


「えっ……?」


蒼白した雅。混乱する私。


この時の私はまだ、その本が引き起こす波乱を知る由もなかった。

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