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第6話 集う少女は競い合う

 全面ガラス張りの窓、大通りに面しているけど外の騒音は一切聞こえてこない。


視界に映るビル群の遥か上には、先ほどとはうって変わった曇り空が広がっていた。

雲の隙間から差す日の光が、床に敷かれた無地のカーペットに落ちている。


「なるほど……まあはじめ先生達の状況はだいたい呑み込めたわ」


ローテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る緋崎さんが、手に持っていた珈琲カップをおいて一息つく。


「は、はい、お騒がせしました」


頭の後ろを掻きながらそう返事を返していると、不意に真隣に座る香坂さんと目が合った。


すると彼女は頬を薄桃色に染め、なぜか気恥ずかしそうに顔を背けてしまった。


それにしても近い、近すぎる……。


同じソファーに座っているとはいえ、四人は座れそうなソファーなのに、身動き一つすれば肘が触れてしまいそうな距離感だ。


今香坂さんのファンにこの現状を目撃されたら、間違いなく翌朝東京湾に浮いている自信がある。


「それで二人には悪いんだけど、実は監督さん達渋滞にはまってるみたいなの、それでもう少しだけ待っ」


――コンコン。


皆の視線が扉に集まった。誰かが応接間のドアをノックしている。


「どうぞ」


緋崎さんが扉に向かって声をかけると、ドアがゆっくりと開いた。


「失礼します」


澄んだ綺麗な声、中に入ってきたのは若い女性だった。


人形の様に精巧で美しい顔立ちに均整の取れた綺麗な体、一目見てため息が漏れるほどの美人だ。


女性は軽く頭を下げ、静かに部屋の中へと足を進めた。その所作はまるで舞台の上で演じるかのように優雅で、目を奪われるほどだった。


「あら、もしかして……」


部屋に入ってきた女性はそう言いながら、なぜか僕をまじまじと見つめてきた。


憂いを帯びたオニキスの瞳と目が合い、思わずドキッとして顔を反対側に向けると、なぜか膨れっ面の香坂さんと目が合った。


いかん、だらしないと思われたかもしれない。

気を引き締めねば……。


「貴方がはじめ先生?」


「え?」


名前を呼ばれ再び謎の女性に向き直る。


「ああ、紹介するわね、こちらが今や時の人、蘭学事啓先生、で、こちらが歌手で女優の篠宮しのみや神楽かぐらさん。香坂さんと一緒で、今回の映画のダブルヒロイン役に抜擢された一人よ」


ダブルヒロイン、そうかこの二人が……確かに言われてみれば、二人とも僕が小説で描いた雅と葵にどこか似ている。よく見れば髪型もほぼ一緒だ。


「初めまして先生、気軽に神楽って呼んじゃってください」


少し前かがみになりながら、僕を見下ろすように微笑む篠宮さん。


いや、その姿勢はまずい。白いブラウスの胸元が大変危険なラインをしていらっしゃるわけで……というか先ほどとはうって変わってかなりフランクな人だ。


おそらくこっちが彼女の素なのだろう。


などと思いつつ思わず胸元を二度見してしまう。


しかし、次の瞬間、背後から鋭く突きさすような視線を感じ、僕は慌てて頭を下げるふりをして視線を外した。


「あは、先生照れてます?可愛いっ」


篠宮さんは楽しそうに言いながら突如真横に腰かけ、僕の両手をいきなり掴んできた。


「ええっ!な、なん――」


「私先生の大ファンなんです!握手してください!」


慌てふためく僕をよそに、篠宮さんがキラキラした目で話しかけてくる。


いや、篠宮さんもう握手してます、無理やりだけど……。


日頃から女の子と手を繋ぐことなんて皆無に等しい。

幼馴染である雅と葵とだって、小学生の頃だけだった。


むしろ体育祭のダンスパーティで、相手の女子に嫌な顔をされるのがデフォなのだ。


「ちょっと神楽!私だってまだして貰ってないんだから!」


「へ?うわっ」


篠宮さんに握られていたはずの両手が、今度は背後から伸びた香坂さんの手によって、強奪ごうだつされてしまった。


何が何だか分からない僕は、ただただ間の抜けた声を発するしかない。


「えええ、良いじゃんこれくらい、私だって会えるの楽しみにしてたんだからさ、しかも真凛の方が先に仲良くなってる感じだしい。あら?ふふ、ていうかどさくさに紛れてちゃっかり握ってるじゃん」


「あ……!ご、ごめんなさいはじめ先生!」


篠宮さんに指摘され恥ずかしくなったのか、香坂さんは顔を真っ赤にしつつ僕の手を離してくれた。


さっきから嬉しさと恥ずかしさで、感情の起伏が激しくなるばかりだ。

このままだと心臓がいくつあっても足りない。


自分を落ち着かせようと胸を撫で大きく息を吐く。


というか二人は知り合いなのか?名前で呼び合っていたけど……。


「んんっ!……盛り上がってるとこ悪いんだけど、話を進めてもいいかしら?」


耐えかねた緋崎さんがきまずそうな表情で割って入ってきた。


「ど、どうぞ」


僕が申し訳程度に頭を下げると、二人も苦笑いをこぼしぺこりと頭を下げる。


「とりあえず監督とプロデューサーが来る前に、軽く概要がいようだけ説明するわね、まず――」


緋崎さんが手にした資料を読み始めたその瞬間、右手に何かが触れる感触に気づいた僕は、驚いて手元を見つめた。


ソファーに置いていた僕の右手の上に、白くしなやかな女性の手がそっと重ねられていた。


その柔らかな感触が手の甲を包み込み、思わず背筋が震えそうになる。


ごくりと喉を鳴らし、篠宮さんの方をちらりと見ると、彼女は口元に微笑を浮かべながら、艶やかな横目で僕をじっと見つめていた。


しかし、その瞬間、今度は左手の甲にも同じ感触が伝わった。


慌てて振り返ると、僕の左手を掴みながら口を尖らせた香坂さんが、篠宮さんを鋭く睨みつけていた。


何なんだこの状況……。


緋崎さんが淡々と資料を読み進めていく中、僕は額に冷や汗を浮かべ、ただひたすら俯くしかなかった。

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