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第3話 憂鬱な彼女たちの噺

――パチッ。


暗がりの部屋に、暖かな光が広がる。


私はふと、自室の窓ガラスに映るパジャマ姿の自分を見つめた。


天音あまね みやび、高校二年生。


周りからは「気立てが良くて、大人びていて、しっかり者」なんて言われているけれど……。


本当は、全然そんなことない。


今も、あの出来事を思い出して自己嫌悪に陥っている。


なぜ、あんな冷たい言葉を啓に投げつけてしまったんだろう。


家に帰って、ご飯を食べて、お風呂にも入ったのに、頭の中から離れてくれない。


それに、学校の帰り道に伍代先輩に返事をした時もそうだった。


心ここにあらずって感じだったせいで、先輩を無駄に心配させてしまった。


それにしても――。


啓以外の男の子と手を繋いで歩いたの、初めてだったな……。


思い出すだけで、胸の奥がチクリと痛む。


伍代先輩の手は大きく少し熱を帯びていて、どこか力強い感触だった。


啓とは全然違う。


手を繋いだまま、先輩がそっと顔を近づけてきたときは驚いて思わず身を引いてしまったけど。


……嫌な女だと思われてないかな。


先輩は、こんな可愛げのない私のどこがいいんだろう。


それに、私……恋人ってどう接すればいいのかよく分かってない。


これがもし啓だったら、もっと自然に、何も考えずにいられたんだろうか。


――ブーブーブーブー。


机の上のスマホが震えた。


手に取って耳に当てる。


『あ、雅?』


明るく弾んだ声。


葵だ。


「葵?こんな時間にどうしたの?」


葵は、小さい頃からの幼馴染。


私の数少ない女友達で、持ち前の明るさとサッパリした性格に、何度も救われてきた。


『あー、いや、大した用事じゃないんだけどさ。雅、最近調子どうかなーって』


「ふふっ、葵にしては歯切れが悪いわね。私に聞きたい事でもあるんじゃない?」


クスっと笑いながら、軽く聞き返す。


『ははっ、やっぱ分かっちゃうか』


「当たり前でしょ。何年幼馴染やってると思ってるのよ?」


『だね。私と雅、そして……』


一瞬気まずい空気が流れた。


「そ、それで?何が聞きたいの?」


慌てて話を戻す。


『あー、実はさ、小夏から雅の噂を聞いたんだよね』


「噂?」


笹原 小夏、高校一年。


中学からの付き合いで、今は葵と同じバスケ部の後輩。


可愛らしい顔立ちと人懐っこい性格で、先輩たちにも人気らしい。


それに流行に敏感で、私たち鈍感組に色々アドバイスをくれる頼れる子。


反面、人の恋愛話にやたらと首を突っ込んでくる困った子でもある。


だから、多分――


『うん……じゃあ単刀直入に聞くけどさ、伍代先輩と付き合ってるの?』


「えっ!?」


ビクッと肩が跳ねる。


『いや、前々から伍代先輩が雅に告白して、振られたって噂は聞いてたんだけどさ、今日、小夏から雅と伍代先輩が手を繋いでたって聞いて……それで』


……しまった。


どうやら、小夏に目撃されていたらしい。


もう誤魔化しはきかない。


「う、うん……今日、付き合うって返事をしたわ」


『あ、やっぱり! そっかぁ、よかったじゃん!』


「……うん、ありがとう」


嬉しいはずなのに素直に喜べないのはなぜなのか……いや答えはもう分かってる。


でも、今はその答えにそっと蓋をするしかない。


あの日の約束を、私はずっと信じていたのに、啓は私たちの約束を守ろうともしてくれなかった。


それどころか学校で話しかけても、いつも何かを隠すように立ち去っていく。


まるで、私たちが煩わしいかのように。


こちらから距離を置いても、啓は気にする素振りすらなかった。


それでも勇気を振り絞って、葵と一緒に遊びに誘ったりもした。


でも。


『やらなきゃいけないことがあるから』


そう言って、簡単に断られた。


そうして少しずつ、でも確実に、私の想いはすり減っていった。


そんな時、そばにいてくれたのが伍代先輩だった。


恋人のように好きかと言えばそれは嘘になる。


けれど、彼は私に告白した時に誓った約束を果たしてくれた。


約束を守ってくれた、それが何よりも嬉しかった。


先輩が読ませてくれた小説には、私が物語の主人公として描かれていた。


幼馴染の男の子の特徴はほとんど先輩と重なっていてどこか変な気分だったけど、内容はとても素晴らしく、今まで読んだどの物語よりも感動的なお話だった。


夢中に読み進め寝食を忘れるくらいのめりこみ、あっという間に読み終わった後は、ただひたすら泣き続けている自分に驚いた。


こんな物語を紡げる先輩は本当に凄い……。


『あ、そういえばさ!』


突然、葵の声が弾み、ハッとして私はスマホに耳を傾けた。


『今、波木賞の受賞者が決まったらしくて、うちの親が大騒ぎしてるんだよ』


「ふふ、葵のお父さんって、出版社に勤めてるんだっけ?」


『そうそう。で、今回の受賞者、なんと私たちと同い年!史上最年少なんだって』


「えぇ!?すごい!」


『タイトルはね、**《二人と一人》**っていうんだけど、あ、そういえば雅も本読むの好きだったよね』


「うん、でも最近は前みたいにあまり読んでないかな」


『あ、良ければお父さんに頼んで本貸してあげようか?もうベストセラーになってて中々手に入らないらしいし、雅ならお父さんも貸してくれるだろうから』


「本当?ありがとう、嬉しい」


その瞬間、私の胸が大きく跳ねた。


「……二人と一人……?」


私は無意識に、検索サイトを開いた。


そこに表示された、作者名を見た瞬間――私は、息を呑んだ。


――蘭学事啓らんがくことはじめ


――ドクン。


胸が、大きく跳ねた。


「……啓、か」


私の知るその名前とは関係ないはずなのに。それだけで、涙がこぼれそうになるなんて……。


やっぱり、私は全然しっかりなんかしていない。


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