目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

わかば園と両親の死の真相 ①

「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」


 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。


「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」


 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。


(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな)


 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。


「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」


 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。


「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」


 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。


「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」


 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。


「――相川さん、おかえりなさい」


「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」


 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。


「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」


「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」


 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三年生に上がってからの愛美・さやか・珠莉の三人の部屋である。


「ただいまー」


 夕方の四時半だけれど、すでに陸上部を引退した後のさやかは部屋にいた。珠莉が茶道部を引退するのは十一月の文化祭が終わった後で、愛美は一月に短編小説コンテストの入賞者を発表してから部長を引退することになっている。部長が選考委員長でもあるからだ。


「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」


「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」


「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」


「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」


「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」


「うん、そうなの。あれ」


 さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?


「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」


「そうだね。わたしもそう思ってた」


 一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。



 それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。


「――ただいま戻りました」


「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」


「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」


 珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。

 彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。


「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」


「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」


「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」


「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」


 珠莉はプロの編集者ではないので、どういうところが出版向きではなかったのかまでは分からないと思うけれど、本物のセレブの視点から「これは違う」というようなポイントなら気づいてもらえるはずだ。


「ええ、いいわよ。私でよければ。とりあえず着替えさせてもらうわね。それからでもいいかしら?」


「あ、うん。もちろんだよ。ありがと。なんかゴメンね、帰ってきたばっかりなのに」


「いいのよ、愛美さん。謝らなくてもよくてよ」


「ありがとねー、珠莉。アンタと愛美、すっかり仲良くなったよね。最初の頃はさぁ、愛美に『叔父さまられた~!』とか言ってたのに」


 さやかは二年以上も前の話を持ち出して、二人の関係がすっかり変わったことに感心している。あれはこの高校に入学した翌月で、純也さんが初めて学校を訪ねてきた時のことだ。

 それに対して、珠莉が制服から私服に着替えながら答える。


「あの頃はまだ、純也叔父さまが愛美さんのいう〝あしながおじさま〟の正体で、お二人が恋人同士になるなんて思ってもみなかったもの。本当に、人生って何が起こるか分からないものよね」


「うん……、ホントにね」


 珠莉の最後のセリフに愛美も頷いた。純也さんが〈わかば園〉の理事をしていなければ、理事であったとしても愛美の学費を援助すると申し出てくれなければ、彼女は今この場にいなかったのだ。山梨県内の公立高校で、悶々とした高校生活を送っていただろう。もしくはどこかの温泉旅館で住み込みの仲居さんとして働いていたとか。


「――はい、お待たせ。着替え終わったから原稿を読ませてもらうわ。データは残してあるのね?」


「うん。わたしのPCのデスクトップと、一応USBにも保存してあるよ。待ってね、今ファイル開くから」


 愛美は自分のノートパソコンで、ボツになった原稿のファイルを開いた。


「これがその小説だよ」


「分かったわ。じゃあ、ちょっと失礼して」


 珠莉は愛美に場所を譲ってもらい、ブルーライトカットのためにPC用の眼鏡メガネをかけて小説の原稿を読み進めていった。


「……珠莉ちゃんって普段は眼鏡かけないけど、たまにかけるとすごく知的に見えるよね」


「顔立ちのせいなんじゃない? あたしが眼鏡かけてもはならないよ。あたし、上向きの団子っ鼻だからさ」


 珠莉が真剣な眼差しで原稿を読み進めるはたで、愛美とさやかはヒソヒソと彼女の意外なギャップを発見して盛り上がっていた。愛美に至っては、彼女の頼みごとをした本人だというのに……。


「……お二人とも、聞こえてるんだけど」


「あっ、ゴメン!」


「こっちの話は気にしないで、読む方に集中して?」


 さやかと愛美が謝り、そう言うと、珠莉はひとつため息をついた後にまた画面に視線を戻した。「集中して」と言ったって、ムリな話ではあると思うのだけれど――。



 ――それから一時間ほど後。


「愛美さん、読み終わりましたわよ」


 珠莉がパソコンの画面を閉じて、愛美に声をかけてきた。


「えっ、もう読んだの!? 早かったね」


 あの小説は原稿用紙三百枚分ほどの長さがあるので、じっくり読み進めると読み終えるまで二時間以上はかかるはずだ。ということは、珠莉は読むスピードを速めたということになる。


「ええ、愛美さんが私からのアドバイスを待ってると思って、急いで読んだのよ。――それでね、愛美さん。この小説で私が感じたことなんだけど」


「うん。どんなことでも大丈夫だから、忌憚なく言って」


「じゃあ、述べさせてもらうわね。――私の感じたことを率直に言わせてもらうと、やっぱりこの小説の中からは、あなたのセレブに対する苦手意識というか偏見というか、そういうものが読み取れたの。出版に至らなかった理由はそこなんじゃないかしら」


「あー、やっぱりそうか。編集者さんからも同じこと言われたんだ」


 書籍として流通するということは、この小説が多くの人の目に触れるということだ。読んだ人の中には気分を害する人も出てくるかもしれない。プロとして、そういう内容の本を世に送り出すわけにはいかないと判断されたのだろう。

 もしこの小説を珠莉ではなく、純也さんに読んでもらったとしても、きっと同じことを言われたに違いない。


「『出版できない』って聞かされた時はショックだったけど、これで納得できたよ。ありがとね、珠莉ちゃん」


 これで、初めての挫折からはすっかり立ち直ることができそうだ。愛美はもう前を向いていた。


「いえいえ、私でお役に立ててよかったわ。でもあなた、思ったより落ち込んでいないみたいね」


「そういやそうだよねー。『ヘコんだ」って言ったわりにはけっこう前向いてるっていうか」


「うん。もうわたしの意識は次回作に向いてるから。いつまでも落ち込んでられないもん」


 二年前の愛美なら、いつまでもウジウジ悩んでいただろう。でも、もうネガティブな愛美はいない。純也さんに釣り合うよう、いつでも自分を誇れる人間でいたいから。


「一応、おじさまには報告しなきゃと思ってるんだけど、純也さんにも言った方がいいかな? でもそれじゃ二重の報告になっちゃうし」


「だったら、いつかみたいに純也叔父さまには私から報告しておくわ。あなたは〝おじさま〟に手紙で報告するだけでよくてよ」


「ありがと、珠莉ちゃん。じゃあよろしく。……あ、『慰めてくれなくていいから、しばらくそっとしておいて』って付け足しておいて」


「分かったわ」


 というわけで、純也さんへのメッセージは珠莉に任せて、愛美は机の上にレターパッドを広げた。



****


『拝啓、あしながおじさん。


 お元気ですか? わたしは今日、ちょっとヘコむ出来事がありました。

 慰めてほしいわけじゃないけど、ただ聞いてもらいたくて。間違っても、次の手紙で励ましの言葉なんて送ってこないで下さい。久留島さんにもそう伝えてほしいです。

 今日の放課後、短編集のゲラチェックが終わったので担当の編集者さんに横浜まで来てもらったんですけど。そこで言われたんです。「わたしが初めて書き上げた長編小説は本として出版できない」って。出版会議でボツを食らったって。

 わたしはショックでした。自分では傑作を書いたつもりだったから。「これは絶対に本屋大賞とか芥川賞が狙える!」って本気で思ってたんです。それに、これはわたしにとって初めての大きな挫折でもあったから。

 どこがダメだったのか理由を聞いたら、「セレブの世界の描写に不適切な部分や、わたしの個人的な偏見が含まれてる」んだそうです。わたし、確かに一部の人たち(珠莉ちゃんや純也さん、もちろんおじさまも)を除いたセレブの人たちに苦手意識はあるので、それを見透かされちゃったのかも……。

 言われた直後はかなり落ち込んだし、わたしって才能ないのかも……なんて思いました。おじさまは買い被りすぎたんだ、とも。だから、わたしに先行投資したのもお金をドブに捨てたようなものなんじゃないか、って。

でも、編集者さんが言ってくれたの。「先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう」って。次回作でもっといい作品を書けばいい、って。わたし、その言葉にすごく励まされました。一度挫折したくらいでこんなに落ち込んでてどうするんだ、って。

 寮に帰ってから珠莉ちゃんにも読んでもらってアドバイスをもらったら、編集者さんと同じことを言われて「やっぱり」ってストンと納得できました。

 だからもうこのことをバネにして、わたしは気持ちを切り替えました。次回作について、もう構想を練り始めてます。わたしはもう大丈夫!

 まだザックリとだけど、次回作はここを舞台にして書こうっていうのは決まったんです。さて、どこでしょう? ヒントはおじさまもよく知ってるあの場所です。さあ、シンキングタイムスタート!

 ……え、分からない? 正解は〈わかば園〉です。わたし、今回の失敗をふまえて次回作は自分のよぉーーく知ってる世界のことを書くことにしたんです。そして、主人公はわたし自身!

 わたしね、両親が小学校の先生だったってことと、事故で亡くなったってことしか知らなかったんです。いくつっくらいの時からあの施設にいたのか、どうしてあそこで暮らすことになったのか、園長先生も施設の他の先生たちも何も話してくれなかった。多分、わたしがまだ幼かったから話しても理解できないと思ったんじゃないかな。

 だから、この小説を書くためにもっともっとわたし自身のことを知りたい。両親が亡くなった事故のこと、施設に来た当時のわたしのことを、改めて園長先生から聞きたい。というわけで、今年の冬休みはわたし、久しぶりに〈わかば園〉へ帰ることにしました。そして二週間、そこで過ごそうと思います。

 冬休みまではじっくり物語のプロットを練って、冬休みにわたし自身や両親のことを取材して、本格的に書き始めるのはその後になるけど、多分ジャンルとしてはノンフィクションに近くなるんじゃないかな。日常の些細な出来事や、高校へ進学できるって分かった時のことを書くつもりです。もしかしたら、おじさまも登場するかも? お楽しみに。

 今度の小説は絶対に書き上げて、出版までこぎつけるつもりです。多分、わたしにしか書けない作品だと思うから。

 わたし、気持ちの切り替えが早くなったでしょ? もう小さなことでウジウジ悩む、ネガティブなわたしじゃないから。さやかちゃんや珠莉ちゃん、純也さんに出会えたからこうなれたんだと思います。〈わかば園〉に帰ろうと思えるようになったのも、ポジティブなわたしになれたから。

 そしてそれは、全部あなたのおかげです。ホントにありがとう。ではまた。  かしこ


九月二十五日     愛美』


****



「――愛美さん、こちらは叔父さまに報告終わったわよ」


 書き終えた手紙を折り畳んで封筒に入れていると、珠莉がスマホをかかげて愛美に報告してくれた。


「ありがと、珠莉ちゃん。『しばらくそっとしておいて』っていうのも書いてくれた?」


「ええ、バッチリよ」


 珠莉の返事を聞いて、愛美も表書きと差出人の名前を書き終えた封筒に切手を貼り付けた。



   * * * *



 ――その手紙を投函してから約二ヶ月が過ぎ、すっかり秋も深まった。

 その間に愛美・さやか・珠莉は高校生活最後の大きなイベント――体育祭や文化祭を終え、珠莉は茶道部を引退した。愛美は文芸部の部長として部誌の編集長も務め、一部百五十円で販売。なんと二千部を売り上げた。


 愛美が「しばらくそっとしておいてほしい」と伝えていたため、純也さんからメッセージが来ても彼女がボツを食らったことについては触れないでいてくれた。そして〝あしながおじさん〟からの慰めの手紙も来なかった。


(……まぁ、おじさまから手紙が来ないのはいつものことだし)


 そんな中で愛美の初刊行作品となる短編集・『令和日本のジュディ・アボットより』の文庫本が無事発売され、初版の五千部はあっという間に完売。すぐに重版されたらしく、岡部さんもすごく喜んでいた。



 そんな頃、学校から寮へ帰る途中の愛美のスマホに純也さんから電話がかかってきた。


「電話なんて珍しいな……。もしもし、純也さん?」


『もしもし、俺。純也だけど』


 彼の第一声を聞いた愛美は、なんか〝オレオレ詐欺〟みたいだなと思って笑ってしまった。


「うん、知ってる。――でも珍しいね、電話くれるなんて」


『愛美ちゃんが落ち込んでるらしい、って珠莉からメッセージもらったからさ。でも、「しばらくはそっとしておいてあげて下さい」とも書いてあったから、どうしてるかなって心配してたんだけど。もう大丈夫そうだね』


「うん。わたしは大丈夫だよ。すぐに立ち直れたから。でも、ずっと心配してくれてたんだね。ありがとう」


『そりゃ、彼氏だから?』


 彼が澄まして言うので、愛美はまた笑う。でも、ちゃんと気にしてくれていたことが嬉しかった。


『――あ、そうだ、短編集買ったよ』


「えっ、ホント? どうだった?」


『すごく面白かったよ。久しぶりに本を読んで「楽しい」って感じられた。ありがとう、愛美ちゃん。俺との約束を果たしてくれて』


「純也さん……。よかった、純也さんにも『面白い』って言ってもらえて。でもまだまだこれからだよ。わたし、もっともーっと面白い小説を書いて、純也さんに絶対読んでもらうから。もう次回作の題材も決まってるんだよ。書き始めるのは来年に入ってからだけど、楽しみにしててね」


『へぇ、そっか。分かった、今から楽しみに待ってるよ』


 純也さんはきっと、愛美がまだ少し落ち込んでいることに気づいているはずだ。だから、次の瞬間こんなことを言ってくれた。


『愛美ちゃん、今度二人でショッピングにでも行かないか?』


「えっ、ショッピング?」


『うん。気持ちが落ち込んでる時には思いっきり買い物でもして、気持ちを紛らわせるのがいちばんだ。俺、何でも買ってあげるから、欲しいものがあったら何でも言いなよ』


(えーっと、『あしながおじさん』の物語では確か……)


 ジュディが初めて挫折した後のクリスマスに、〝あしながおじさん〟から十七個ものプレゼントが送られてきた。あれもきっと、〝あしながおじさん〟=ジャービスが落ち込むジュディを励まそうとしてやったことなんじゃないだろうか?

 つまり、純也さんがしようとしていることはあれの現代版ということか。……そう解釈した愛美は、その提案に素直に乗っかることにした。


「純也さん、ホントにいいの? そんなこと言ったらわたし、うんと高いものおねだりしちゃうけど、『あんなこと言うんじゃなかった!』って後悔しないでね?」


『…………』


 つい悪ノリをすると、純也さんが黙り込んでしまう。これはリアクションに困っているんだろうか?


「あっ、ウソウソ! 冗談だよ。でも……せっかくだし、お言葉に甘えちゃおうかな」


『うん、その方が俺も嬉しいよ。じゃあ……今度の土曜日、横浜でどうかな? 俺がそっちに行くよ』


「ありがとう! こっちに来てくれるの? わたしが東京に行ってもいいけど、まだ東京のことはよく分かんないし。だからその方がいい」 


 せっかくの楽しいデートで迷子になっている場合じゃないので、彼の方が会いに来てくれるのは嬉しい。


『分かった。じゃあ、土曜日の午後からでいいかな? 寮の前まで迎えに行くよ』


「うん。――あ、そうだ。純也さん、あのね、次回作はわたしが育った施設を舞台にして書くつもりなの。でね、今年の冬休みは取材も兼ねて、施設で過ごすことにしたの。両親がどうして死んだのかも、園長先生から話を聞くつもり」


 このことは、前に〝あしながおじさん〟への手紙にも書いたことだけれど、純也さんはどんな反応をするんだろう?


『…………そっか。でももう決めたことなんだよね? じゃあ、気をつけて行っといで。……そういえば、ご両親が亡くなったのって愛美ちゃんがまだ物心つく前だって言ってたよね?』


「えっ? うん……そうだけど」


『それってもしかしたら、十六年前の十月じゃないかな。……違ってたらごめんだけど』


「…………え?」


 唐突に純也さんからもたらされた情報に、愛美は驚きを隠せなかった。どうして彼が、そこまで詳しく知っているんだろう?

 彼は、聡美園長から愛美の両親の死について何か聞かされているんだろうか――?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?