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大事な人とのバレンタインデー ②

 ――愛美の高校二年生の冬休みは、大好きな純也さんとのステキな思い出を山ほど残して過ぎていった。

 そして迎えた三学期――。



「――愛美、今日は午後から部活行くの?」


「うん。部室に自分のパソコン持ち込んで、原稿書こうと思って。さやかちゃんと珠莉ちゃんは?」


陸上部ウチは始業式恒例のミーティングだけ。あたし、部長になったからさ。茶道部珠莉んとこは?」


「今日から活動があるわよ。新春茶会なの」


 始業式とH.R.ホームルームが終わった後の、ランチタイムの食堂である。今日は三人とも制服姿だ。


「そういや、愛美も四月から部長になるんだっけ?」


「うん。わたし、二年生から入部したのにいいのかなぁって遠慮したんだけど。どうしてもって言われて」


「それで引き受けたんだ? そういうお人好しなところが愛美らしいっちゃらしいんだけどさぁ」


 今日の昼食のメニューはポークジンジャー定食。スープはミネストローネでサラダにはプチトマトが入っているけれど、トマト嫌いの珠莉はプチトマト抜きで、スープもポタージュに変えてもらっている。


「それ、褒めてる? 貶してる?」


「もちろん褒めてるんだよ? あたし、人のこと貶すのキライだもーん」


 さやかは澄まし顔でそう言って、ごはんをかき込んだ。


「――で、愛美。好きな人と過ごした年末年始はどうだった?」


「クリスマスと大晦日に純也さんとデートして、……あ、これは小説を書き始めるための取材でもあったんだけど。年越しは彼のお部屋で、二人で紅白と音楽番組観てね。新しい年を迎えた瞬間、彼にキスされた」


 愛美はあの時のドキドキを思い出して、ちょっぴり頬を染めた。

 何度キスを経験しても、なかなか慣れるものではない。ポーカーフェイスなんてしていられない。


「あらあら♡ 可愛いじゃん♪ いいなぁ、彼氏と二人で年越しなんて」


「えへへ、まあね。さやかちゃんは今年もご家族と、でしょ」


「うん。あたしはまだ当分、恋愛とは無縁かなぁ。――あ、そういやお兄ちゃんのスマホに珠莉からあけおメッセージ来てたよ。あたし、無理やりスクショ送らせたんだ」


「……さやかちゃん、プライバシーは?」


「そんなの、ウチの兄妹間には存在しないから。ほら、見て見て」


 とんでもなく失礼な発言をしたさやかは、兄に送らせたメッセージのスクリーンショットを表示させ、愛美にスマホの画面を見せた。



『治樹さん、明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。』



『珠莉ちゃん、固い固い(笑)

 こちらこそ明けましておめでとー。今年もよろしく。

 オレ、就活ガンバって、珠莉ちゃんの相手にふさわしい男になるぜ!!』



「……あらあら、これは――」


「ね? これってさ、珠莉がウチのお兄ちゃんに脈アリってことじゃんね?」


 このやり取りを見る限り、治樹さんも少なからず珠莉のことを好ましく思っているようだ。二人がカップルになるのも時間の問題かもしれない。


「お……っ、お二人とも! 私をネタにして遊ばないで下さる!?」


「えー? いいじゃん。あたしたちはアンタの恋を応援してるだけなんだしさ。ね、愛美?」


 勝手に自分の話題で盛り上がっている親友二人に、珠莉が吠えた。でも、さやかも愛美も少しも動じない。


「うん。純也さんも背中押してくれると思うよ。珠莉ちゃん、まだ治樹さんにハッキリ気持ち伝えてないでしょ? 来月はバレンタインデーもあることだし、わたしとさやかちゃんと三人で手作りチョコ、頑張ってやってみない?」


「あ、それいい! 当然、愛美も純也さんにあげるつもりなんだよね?」


「もちろん! あとね、もう一つプレゼントも用意しようと思って。わたし、去年はインフルエンザで倒れてそれどころじゃなかったから」


「あー、そういえばそうだったね。寮母の晴美さん、毎年寮生にチョコ配ってるらしくてさ。あたしと珠莉も去年もらったんだけど、愛美の分は『食欲ないだろうから』って断ったんだよね」


「えー、そうだったの? 惜しいことしたなぁ。熱さえ出さなきゃもらえたのに」


 あの時、「〝あしながおじさん〟に見限られたかもしれない」とネガティブになっていたことも、お見舞いに届いたフラワーボックスと手書きのメッセージに大泣きしたことも、今となっては思い出だ。


(あの頃はまだ、純也さんがおじさまだって知らなかったもんなぁ。今考えたら、あの人がわたしを見限るなんてあり得ないのに。だって彼、わたしにベタ惚れしてるんだもん)


 純也さんのことを考えていて、思い出した。


「あ、そういえば純也さん、バレンタインデーにまたここに遊びに来るって言ってたよ」


「えっ、マジ? わざわざ愛美からチョコもらうために来るワケ?」


「うん、それもあるけどね。なんか、わたしたち三人にチョコをくれるつもりみたい」


「え、やった♪ 純也さん、マジいい人!」


 チョコと聞いて、やっぱり大のチョコ好きのさやかは大喜びした。


「さやかちゃんのチョコ好きは本物だね。わたしと純也さんが予想した通りの反応してくれるんだもん」


「だって、あの人がここに来たら毎回チョコ系のスイーツ食べられるじゃん。もう、チョコ大好きなあたしにとってはもはや神だね」


「神……」


「あ、でも愛美から横取りしようなんて思わないから安心してね。あたしにとって純也さんは、親友のステキな歳上の彼氏で、もう一人の親友の叔父さんでしかないから。恋愛対象としてはちょっと年離れすぎてるし」


「うん、分かった。ありがと」


 とりあえず、さやかと修羅場にはならなそうなので愛美は安心した。



   * * * *



 愛美が午後の部室で、自分のパソコンで原稿を書いていると、顧問の上村先生に「遠慮しないで、部室のパソコンを使っていいのよ」と言われた。


「ありがとうございます、先生。でも、ここのパソコンはみんなの物ですから。わたし一人で独占するわけにもいかないじゃないですか」


「……そう? まあ、プロの作家になったからって、特別扱いはよくないわよね」


「そうでしょう? もしかしたら、この文芸部から第二、第三のわたしが誕生するかもしれないんですよ。そういう子たちに部室のパソコンは譲ってあげないと」


 部長になる身としては、自分のことばかり考えていてはいけないのだと愛美は思っている。他の部員たちに気持ちよく活動してもらうことが第一だ。


「――それにしても、ウチの部から作家デビューする人が出てくるなんて。確かに相川さんは夏から『公募に挑戦したい』って言っていたけど」


「ですよね。ホントにデビュー決まっちゃうなんて、私もビックリしました。やっぱり愛美先輩には才能があったんですよ」


 上村先生が感心していると、一年生の絵梨奈もそれに同調した。


「何言ってるんだか。絵梨奈ちゃんだって、今年の部主催のコンテストで大賞獲ったじゃない。あれだけでもスゴいことなんだよ?」


 愛美の作家としての本格的なスタート地点もそこだったのだ。絵梨奈がそれに続かないとも限らない。


「いやいや。去年、愛美先輩が大賞獲った時のコンテスト全体のレベル、めちゃめちゃ高かったって上村先生から聞きましたよ。その中で大賞って、やっぱり先輩に才能があったからですって。私とじゃレベチですよ」


(「レベチ」って、絵梨奈ちゃんってめちゃめちゃイマドキの子だなぁ)


 彼女はもしかしたら、ごく一般的な家庭の育ちなのかもしれない。……まあ、社長のお嬢さんにも色々いて、さやかみたいな子だっているので分からないけれど。


「はいはい、そんなに自分を卑下しないの。絵梨奈ちゃんだって、数こなして書いてたらきっと才能が開花するはずだから。頑張って!」


「……はーい」


 部員のやる気を起こさせてあげるのも部長の務めだと、愛美は絵梨奈を励ましたのだった。



   * * * *



 ――愛美は三時半ごろに部室での執筆を切り上げ、寮に帰る前に少し寄り道をした。

 制服のままで――寒いのでコートも着込んできたけれど――学校の敷地を抜け出し、最近学校の近くにオープンした百円ショップに立ち寄る。そこで買い込んだのは大量のブルーの毛糸と編み棒三組だ。


「――さやかちゃん、珠莉ちゃん、ただいま」


 寮の部屋に帰ると、二人はすでに帰ってきていた。陸上部も茶道部も早く終わっていたらしい。


「愛美、おかえり!」


「愛美さん、おかえりなさい。今、温かい紅茶を淹れて差し上げるわね。ティーバッグで申し訳ないけど」


「ありがと、珠莉ちゃん。はー、外寒かったぁ」


 着替えるのは後にして、愛美は一旦勉強スペースの椅子に腰を落ち着けた。スクールバッグと百円ショップの袋は床にドサリと置く。


「――はい、どうぞ。お砂糖はご自分でね」


「うん、ありがと。……あー、あったまる……」


 温かい紅茶を飲んでひと息ついた愛美に、さやかが話しかけてきた。


「ところで愛美、その百均の袋はなに? 何か買ってきたの?」


「うん。ちょっと毛糸と編み棒をね。純也さんに、手作りチョコと一緒に手編みのマフラーをあげようと思って」


「手編みのマフラーか。いいんじゃない? っていうか、あたしだけじゃなくて愛美も編み物得意なんだ?」


 さやかは勉強こそ苦手だけれど、こと家庭科に関しては体育と同じくらい成績がいいのだ。幼い頃からあのお母さんとお祖母ばあさんに仕込まれてきたからだろう。


「うん、得意だよ。っていうわけで、バレンタインデーに向けて三人で編み物教室をやろうと思うんだけど、どうかな? 二人の分も、毛糸と編み棒あるから」


「あたしは賛成♪ あげる人いないから、とりあえずお兄ちゃんにあげとくとして、珠莉は?」


「私、編み物したことないの。だからお二人のどちらか、私に教えて下さいません?」


 珠莉はしょんぼりと眉尻を下げた。最近の彼女はすごく素直で、初めて会った頃の高飛車な態度はどこへやら。


「いいよ、教えてあげるよ。ただ、わたしの得意な編み方、けっこう上級者向きだから……」


「じゃあ、あたしが珠莉に教えるよ。愛美は奨学生なんだから勉強も大変だし、作家だから原稿も書かなきゃいけないし、忙しいでしょ? ムリさせたらまた去年みたいに倒れちゃうからさ」


「あ……、その節は二人に心配おかけしました。インフルエンザはもう免疫できたから大丈夫だけど、そうだよね。ムリはよくないか。じゃあさやかちゃん、お願い」


「オッケー、任せなさい。そうそう、そうやって甘えられるところは上手く甘えなきゃ」


「そうだね」


 ほんの一年くらい前まで、愛美は人に甘えることをよしとしていなかった。甘えていい相手であるはずの〝あしながおじさん〟にさえ――。

 今はさやかや純也さんなど、色々な人に素直に甘えることができているけれど、「甘えてはいけない」と思っていたのは自立心の問題ではなく、愛美自身の中に施設出身だということに対する負い目があったからなんだろうか……。


(まあ、〝あしながおじさん〟に甘えるのが苦手だったのは、秘書の久留島さんがどんな人なのか分かんなかったからっていうのもあるけど。電話で話した感じでは、すごく優しくていい人そうだったし。……そうだ!)


 純也さんはバレンタインデーに「田中さんの分の贈り物は要らない」と言っていた。それなら、秘書の久留島さんに贈るというのはどうだろう?


(久留島さんにも何かとお世話になってるから、そのお礼ってことで。純也さんも久留島さんのことは何も言ってなかったし)


 これなら純也さんが二人分もらうことにもならないし、門が立たない。


「……わたし、もう一人あげたい人がいること思い出した」


「えっ? 誰だれ?」


「おじさまの秘書の人。普段お世話になってるから、そのお礼に」


「「ああー……」」


 愛美の答えに、二人ともが納得した。


「おじさまの分は要らないって純也さんに言われたけど、秘書の人は別でしょ?」


「……確かに」


「そうねえ。叔父さま、秘書の方のことは何もおっしゃってなかったんでしょう?」


「うん。っていうか、わたしもついさっき思いついたの。なんで気がつかなかったんだろう! ……あ、一人分増えたら毛糸足りない! 買い足さないと!」


「待って待って、これから行くの? もうすぐ暗くなるし、一人で行ったら危ないよ。あたしたちも百均行くの付き合うから、とりあえず愛美は着替えておいで」


「……あ、そうだった」



 愛美が私服に着替えてから、三人は百円ショップでグレーの毛糸の他にチョコ作りの道具やラッピング用品などもドッサリ買い込んだ。



   * * * *



 ――仲良し三人組で編み物教室とチョコ作りを楽しみながら頑張り、迎えたバレンタインデー当日。この日は土曜日。学校はお休みである。


「愛美、初めての手作りチョコ、ちゃんと美味しくできてよかったね」


「うん! これなら自信持って純也さんに渡せるよ。絶対喜んでくれると思う」


 昨日、できたチョコを一人一個ずつ試食してみたら、満足のいく出来だったのだ。


「珠莉も、手編みのマフラー、どうにか形にはなったし」


「ええ。さやかさんの教え方がよかったからよ。あとはラッピングで何とかごまかしましたわ」


 元々編み物が得意な愛美とさやかが編んだものの出来映えは、言わずもがなだ。特に愛美は、同じ日数で純也さんの分と久留島さんの分の二本を編み上げている。


「――さて愛美、純也さんは何時ごろ来られるって?」


「昨日メッセージ来てたけど、三時ごろだって」


「んじゃ、あと一時間くらいか。お兄ちゃんも呼ぼっかな♪ 春から横浜こっちの会社に就職決まったらしくってさ、東京から通勤してくるらしいんだ。一時間もあれば来られるっしょ」


 さやかちゃんはデニムのスカートのポケットからスマホを引っぱり出して、治樹さんに電話をかけた。


「――もしもし、お兄ちゃん。今日バレンタインじゃん。でさ、珠莉がお兄ちゃんに渡したいものあるって。今からこっちに来られる?」


 治樹さんが純也さんと顔を合わせるのは、原宿へ遊びに行った五月以来、七ヶ月ぶりだ。あの時の純也さんは治樹さんに嫉妬心むき出しで、愛美も「大人げない」と思ったけれど……。


(……ま、今回は大丈夫でしょ。わたしともう恋人同士なわけだし、治樹さんは珠莉ちゃんに会いに来るんだし)


「……分かった。じゃあ待ってるからね。――珠莉、お兄ちゃんもこっち来るって」


「そう。……嬉しいけれど、何だかドキドキするわ」


「分かるなあ。わたしも今、ドキドキしてるもん。付き合ってたって気持ちはおんなじ」


 好きな人に贈り物を渡す前の女の子の気持ちは、誰しも共通しているのかもしれない。「喜んでもらえるかな」「ガッカリされないかな」と。

今日はそんな女の子たちが全国に溢れ返る、そんな日なのだ。


「ええ、……そうね」


「喜んでもらえるといいね、お互い。頑張って作ったんだもん」


「ええ」



   * * * *



「――やあ、愛美ちゃん! 珠莉にさやかちゃんも、元気してた?」


 午後三時を過ぎて、〈双葉寮〉の前に現れた純也さんは、休日だからかハイネックのニットの上からダウンジャケットを着込んだカジュアルスタイルだった。ボトムスは焦げ茶色のコーデュロイパンツ。デニムではないところが、全体のバランスを整えていてオシャレな彼らしい。


「はい、みんな元気ですよー。愛美も今年はインフルかかんなかったしね」


「うん。純也さん、来てくれてありがとう」


「叔父さま、ようこそいらっしゃいました。今日はまたずいぶんとカジュアルな装いですこと」


「三人とも、熱烈歓迎ありがとう。そして珠莉、今日も辛辣なコメントありがとうな」


 純也さんは出迎えてくれた三人に笑顔でお礼を述べ、姪である珠莉にはブッスリと釘を刺すことも忘れない。


「……それはさておき。さやかちゃん、珠莉、これは俺から。欧米では、バレンタインデーには男から女性に贈り物をする日なんだ。って珠莉は知ってるか」


 彼はまず、二人にチョコレートの箱を手渡す。多分、一箱千円はする、ちょっとお高いチョコだと愛美は推察した。


「わあ、ありがとうございます!」


「ありがとうございます、叔父さま。……あら、愛美さんの分は?」


「そして、愛美ちゃんにはこれ」


 愛美にくれたのは、可愛い猫をモチーフにした別のブランドのチョコだった。……確かこれは、一箱二千円くらいしたはず。


「ありがとう! これ、SNSで見て気になってたの。可愛くて食べるのもったいないなぁって」


「ホントに? 俺もさ、こういうの愛美ちゃんは好きそうだなと思って選んだんだ。喜んでもらえてよかった」


「……なんか、愛美のだけあたしたちのと差つけられちゃったよね。別にいいんだけどさあ」


「そりゃ、彼女だからね。二人には申し訳ないけど、差をつけさせてもらいました」


 さやかのボヤきに、純也さんは悪びれた様子もなく答えた。


「……あ、治樹さん」


 そこへ、タクシーからさやかの兄・治樹が降りてきた。


 ――五人は応接室へと移動し、そこで三人の女の子たちはプレゼントを渡すことになった。


「まあ、治樹さん! ようこそいらっしゃいましたわ!」


 珠莉は好きな人を、叔父以上に熱烈歓迎した。


「あ、珠莉ちゃん。やっほー♪ つうか、これって今どういう状況?」


「あたしが説明するよ、お兄ちゃん。純也さんは愛美に会いにきた。ついでにあたしたちにもチョコくれた。で、お兄ちゃんには珠莉のために来てもらったの。そして可愛い妹のためにもね。以上」


 また純也さんとバチバチになりそうな兄に、さやかが説明した。


「というわけで、治樹さん。これを……。手作りのチョコレートとマフラーです。マフラーは初めて編んだので、あまり自信がないんですけど……」


「あ……ありがとう。オレのために一生懸命編んでくれたんだよね? 嬉しいよ」


「それで……その、私とお付き合いして下さいませんか? 私、治樹さんのことが……」


「うん、オレも好きだよ」


「……えっ!?」


(あらら、なんか二人、いい感じ……)


 何だか新たなカップルが誕生しそうな予感に愛美も嬉しくなり、今度は自分の番だと純也さんの袖先を掴む。


「純也さん、これ。――さっき珠莉ちゃんがバラしちゃったからもう言っちゃうけど、チョコと手編みのマフラー」


「ありがとう。……で、チョコの味は?」


「保証つき。三人でちゃんと試食もしたから」


「そっか、よかった。――で、こっちの包みがマフラーか。開けていいかな?」


「うん、どうぞ」


 純也さんが丁寧に包装を解くのを、愛美はドキドキしながら見ていた。……この色、彼は気に入ってくれるかな……?


「……ああ、いい色だ。俺の好きなブルーだね。それに編み方も凝ってるな。愛美ちゃん、編み物得意だったんだ?」


「うん。冬休みのデートの時、焦げ茶色のカシミヤのマフラーが気に入ってないみたいだったから。それで編んであげたくなったの。で、どうせならと思って二人も巻き込んで」


「はは、愛美ちゃんらしいな。……ね、頼みがあるんだ。マフラー、君が俺に巻いてくれないかな?」


「うん、いいよ」


 二人はソファーに座り、愛美はそこで彼にマフラーを巻いてあげた。


「ありがとう。あったかいよ」


「よかった、喜んでもらえて。頑張って編んだ甲斐があったよ。……あ、そうだ」


 愛美は晴美さんに預けてあったもう一つの紙袋を純也さんに手渡した。


「……これは?」


「田中さんの秘書さんの分。チョコは今日渡せないとムダになっちゃうから、マフラーだけにしたんだけど。純也さんから田中さんに渡しておいてもらえないかな? 中に田中さん宛ての手紙も入ってるから」


「それは……別に構わないけど。どうして俺に?」


「純也さんに預けてれば、確実に久留島さんに渡してもらえると思ったから。……ダメかな?」


 この理屈はかなりこじつけっぽいけれど、愛美にとってはちゃんと筋が通っているのだ。


「…………分かった。預かっとくよ」


「よかった! ありがとう! じゃあお願いします」


 愛美は安心して、贈り物を純也さんに託した。


(純也さんが久留島さんに渡さないわけがないんだよね。だって、彼の秘書なんだから)


「……あ、ホワイトデーに何かお返ししないとね」


「ううん、お返しは要らないよ。今日もらったチョコだけで充分」


「そっか」



 ――そうして、愛美にとって初めてのバレンタインデーは、珠莉と治樹という新たなカップルの誕生とともに幕を下ろした。


 そしてさやかは兄にチョコとマフラーを渡し、「お前には本命の男はいないのか」とツッコまれ、「うっさいわ」といつものように兄妹漫才を繰り広げていた。



 ――この日、愛美が〝あしながおじさん〟に宛てた手紙にはこんなことが書かれていた。



****


『拝啓、あしながおじさん。


 今日はバレンタインデーです。わたしは純也さんに、珠莉ちゃんは治樹さんに、さやかちゃんも本命がいないので仕方なく(笑)お兄さんに手作りチョコと手編みのマフラーを渡すことにしました。

 珠莉ちゃんはその時、治樹さんに告白するみたい。この手紙を書いてる今はどうなるか分からないけど、上手くいってほしいな……。

 残念ながら、おじさまの分は用意してません。ゴメンなさい! 純也さんから、おじさまはわたしからの見返りなんて求めてないだろうから用意する必要ない、って言われたから。ホントに欲しくないんですね? 後から「ホントは欲しかったのに」ってすねられても知らないから。

 それはともかく、わたしはおじさまの分の代わりに秘書の久留島さんの分の贈り物を用意しました。中身は手編みのマフラー。色はグレーにしました。純也さんに預けたので、ちゃんと久留島さんが受け取ってくれますように……。

 来週は学年末テストで、四月からわたしたちは最終学年の三年生になります。でも、クラスも寮の部屋割りも持ち上がりになるので、また三人一緒です!

 わたしも文芸部の部長になるし、作家としていよいよ本も出版されるので、もっともっと頑張らないと!

 ではまた。ハッピーバレンタイン♪ かしこ


二月十四日   チョコはないけど、おじさまのことが大好きな愛美』


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