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華麗なる一族? ②

 わたし、〈わかば園〉の毎年のクリスマス会の時、どの理事さんが気前よくプレゼントを用意して下さってたか分かった気がします。だって、これだけ太っ腹な(あっ! 体型のこと言ってるんじゃないですよ)理事さんは、わたしが思いつく限りたった一人だけですもん。

 おじさま、もう一度言います。ありがとう! そして少し早いですけどメリークリスマス!

 今年のクリスマス会の時、園長先生や職員さんたち、子供たちによろしくお伝えください。「愛美お姉ちゃんは元気でやってるよ」って。


                 十二月三日      愛美    』


****



(――たまには、わたしからもおじさまに、何かプレゼント送りたいな……)


 手紙を書き終えてから、愛美はふと考えた。でも、男性に何を贈っていいのか分からないし、気を遣わせるのも申し訳ないし……。


「…………まあいっか。今回はとりあえず手紙だけで」


 二月には男女にとっての一大イベント、バレンタインデーがあることだし。今年のバレンタインデーは、インフルエンザのせいでそれどころじゃなかったので、来年こそはと愛美は誓った。


(だって今度は、二人が恋人同士になって初めてのバレンタインデーだもん!)


 愛しい純也さんには、辺唐院家のお屋敷で会える。プレゼントは用意しなくても、一緒にクリスマスを過ごせたら彼はそれだけで十分満足してくれるだろう。


 準備は整った。あとは期末テストを無事に乗り切って、冬休みを待つだけだ――。



   * * * *



 ――そして、無事に期末テストも終わった。

 愛美は今回も学年で五位以内に入る成績を修め、さやかと珠莉も前回の中間テストより順位を上げた。


「やっぱり、冬休みは何の心配ごともなくめいっぱい楽しみたいもんね」


 テスト前、さやかはそう言っていた。愛美も珠莉も気持ちは同じだったので、テスト勉強にも俄然やる気が出たのだ。


 そして……。


 ――あと二週間ほどで冬休みに入る、短縮授業期間のある日の午後。


「――相川先生、次回作についてなんですが……」


「はい」


 新横浜駅前のカフェで、愛美は担当編集者の岡部さんと向かい合っていた。


「先生もそろそろ、長編書下ろしに挑戦してみませんか? 誌面への掲載ではなくて、単行本として出版することになりますが」


 三十代半ばくらいの岡部さんは、ホットのブラックコーヒーをふぅふぅ言いながら飲み、そう切り出した。彼は猫舌らしい。


「えっ、長編?」


 こちらは猫舌ではない愛美は、ホットのカフェラテを飲もうとして、カップを手にしたまま目を見開いた。


「はい、長編です。短編ばかり書いてても、先生も張り合いがないでしょうし。目指すところはやっぱりそこなんじゃないかと思いまして」


「そうですね……、やっぱり本は出したいかな。わたしの夢を応援してくれてる人たちの目に留まるのは、雑誌より単行本の方がいいですから」


 愛美はラテをすすりながら、聡美園長や純也さん、さやかや珠莉の顔を思い浮かべる。そして、彼らが自分の著書を手に取って微笑む姿を。


「そうでしょう? まあ、出版は急ぎませんので、まずは一作お書きになってみて下さい。それまでの間は、これまで通りに短編のお仕事も並行して続けて頂くという形でいいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。やってみます」


「学業の方もあるのに、本当に大丈夫ですか?」


 ましてや、愛美は奨学生なのだ。もちろん、彼もそのことを知っているからこその心配である。


「大丈夫。できます!」 


 せっかく与えられたチャンスを逃してなるものか! とばかりに、愛美はもう一度頷いた。


「……分かりました。もう、先生には負けましたよ! それじゃ、題材は自由ですので、先生が『書きたい』と思われた題材で書いて下さい。取材もご自分で」


「はい。任せて下さい」


「ですが、あんまりムリはしないように。いいですね? 先生の本業は、あくまでも高校生なんですから」


「分かってます。――あの、お会計はわたしが」


 愛美が伝票を取ろうとすると、岡部さんが「待った」をかけた。


「いえ、いいですよ。僕が持ちます。後から経費で落としますから」


「……ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」


 愛美は素直に引き下がる。

 このごろは、誰かに甘えることにあまり罪悪感を覚えなくなった自分がいる。それは、やっぱり純也さんとの出会いと関係があるんだろうか。


(そういえば、純也さんに初めて会った時は、お茶をおごってもらうのが申し訳ないって思ってたのになぁ……)


 あれからまだ一年半ほどしか経っていないというのに、人というのは変われば変わるものだ。

 あの頃はまだ、養護施設出身だという自分の境遇に多少は負い目を感じていたのかもしれない。それがなくなってきたということは、だいぶ一般社会に溶け込んできたということだともいえる。


 自分には、甘えられる相手がいる。だから、片意地はって突っ張る必要はないんだ、と。


「――それじゃ、失礼します」


 まだ昼下がりで外は明るいけれど、早く寮に帰って親友二人にこのことを知らせたい。電話でもメッセージでもなく、顔を見て。


「今日はわざわざ横浜まで来て頂いて、いいお話まで頂いてありがとうございました。東京まで気をつけて。――編集者さんって大変ですね」


「いえいえ! 仕事ですから。それじゃ、また短編の仕事の時に」


「はい」


 店を出たところで岡部さんと別れた愛美は、学校のある方へウキウキしながら歩き始めた。途中、スキップなんかしながら。


「こんなに早く、本を出す機会に恵まれるとは思わなかったなぁ♪ ……あ、そうだ!」


 愛美は初めて書く長編小説の題材をひらめいた。


「現代版『華麗なる一族』なんてどうだろう? なんか面白いかも♪」


 大都会の社交界で繰り広げられる、セレブ一族の物語。愛美とは住む世界が違う人々の暮らしぶりや人間関係を、小説にしようと思い立ったのだ。


「珠莉ちゃんのお家にいる間に、色々お話聞いて取材しよう。純也さんにもお話聞けたらいいな」


 主人公はセレブ一家に生まれ育ったけれど、その家族や親せきと折り合いのつかない青年。自立心と正義感が強い彼は、自分の手で自分の人生を切り開いていく――。


「……うん、いいかも」


 大まかなストーリーはできつつある。あとは取材を重ねて、それにしっかり肉付けしてキチンとプロットを作れば原稿は書けるはず。


(わたしの書いた本が、ついに本屋さんに……)


 その光景を想像するだけでワクワクする。しかもそれはベストセラーになって、次々と重版がかかるのだ。

 そして、ついには有名な文学賞の候補になったりなんかして……。


(……おっと! 妄想が膨らみすぎた。まずは書かなきゃ始まんないよね)


 まだ書いてもいない段階でここまで想像しても、〝捕らぬ狸の皮算用〟でしかない。


「よしっ、頑張るぞー! 愛美、ファイト! おー!」


 自分にはっをかけ、愛美は寮へと帰っていった。



   * * * *



「――ただいま!」


 部屋に帰ると、今日はさやかも珠莉も部屋にいた。珍しく、二人で仲よくTVドラマの再放送を観ている。


「あー、愛美。お帰り。このドラマ面白いよ。愛美も観る?」


「こういう低俗ていぞくなドラマは私の好みじゃないんですけど、これには私もハマってしまいましたのよ」


 この二人の趣味が合うなんて、珍しいこともあるものだ。入学当時は性格も考え方も何もかも正反対の二人だと思っていたのに。

 人というのは、一年半以上も付き合っていると変わるものなんだと愛美は思った。


「……うん。あーでも、二人に聞いてほしい話があって」


「うん、なになに?」


 さやかは愛美の話に耳を傾けることにしたようで、リモコンでTVの電源を落とした。


「あのね、わたしいよいよ、単行本を出してもらえることになったの!」


「えっ、ウソ? よかったじゃん、愛美!」


「うんっ! 今日ね、担当の編集者さんに『大事な話がある』って呼び出されて。でね、行ってみたら『今度、長編小説を書いてみませんか?』って」


「あらあら。長編なんてスゴいじゃありませんの! では、それが本になって出版されるということですのね?」


 このビッグニュースには、さやかはもちろんのこと、珠莉も喜んでくれた。


「ただ、いつ刊行されるかはまだ分かんないの。とりあえず一作書いてみて、その出来ばえで考える、みたいな感じで。でも、その間には並行して短編のお仕事も続けさせてもらえるみたい」


「じゃあ、長編より短編集が先に出る可能性もあるワケだね」


 愛美もそこまでは考えていなかったので、さやかの指摘は目からウロコだった。


「……あ、そうなるかも。でも、どっちにしても嬉しいな。わたしの書いた小説が本になるなんて!」


「あたしも嬉しい! もう書く題材は決まってんの?」


「うん。純也さんをモデルにして、現代版の『華麗なる一族』みたいなのを書けたらいいなーって思ってるんだ。だからね、冬休みの間に珠莉ちゃんのおウチとか、セレブの世界を取材するつもりなの。珠莉ちゃんも協力してね」


「……ええ、いいけど。私の家なんて取材しても、あまり参考にはならないんじゃないかしら。私はあまりお勧めできなくてよ」


 かなり乗り気な愛美とは対照的に、珠莉はこの案に消極的だった。


「純也叔父さまだって、どう思われるか分かりませんわ」


「……もしかして、珠莉ちゃんも自分のお家のこと好きじゃないの?」


 以前、純也さんは親戚と反りが合わなくて家に寄り付かないと言っていたけれど。珠莉も彼と同じなんだろうか?


「ええ、あんな家、好きじゃありませんわ。私は生れてくる家を間違えたんですの」


「…………」


 悲しげにそう吐き捨てる珠莉に、愛美は胸が締め付けられる思いがした。


 愛美自身は施設出身だから、家族というものがあまりよく分からない。でも、少なくともさやかの一家はみんな仲がよくて(よすぎる、といってもいいかもしれない)、すごく温かい家庭だなぁと思っている。

 自分の生まれ育った家や家族のことを「好きじゃない」という人がいるなんて、純也さんに出会うまでは思いもしなかったのだ。


「それってさぁ、親ガチャでハズレ引いちゃった、みたいなこと?」


 さやかが思いっきり今時な言い方に変換した。これなら愛美にも分かりやすい。


「そういう意味では、さやかちゃんは大当たりだったってことだよね。ご両親はどっちもいい人だし、おばあちゃまも優しいし、兄妹仲もすごくいいし」


 牧村家は愛美の理想とする家庭だ。もし自分の両親が健在だったら、きっと相川家も牧村家みたいな家庭になっていただろう。


「はぁ、そうですの? 私もさやかさんのお家みたいな家庭に生まれればよかったのに」


 これには、珠莉がますます落ち込んでしまった。


「私は幼い頃からずっと、父と母の愛情を感じたことなんて一度もありませんでしたわ。いつも私の意思より世間体ばかり優先されて」


「でも、珠莉ちゃんには純也さんっていうステキな叔父さまがいるじゃない! それだけでも救いにはなると思うなぁ、わたし」


 愛美はさりげなくフォローを入れる。似たような境遇の叔父がいるなら、珠莉も肩身の狭い思いをせずに済むだろう。


「モデルになりたいっていう珠莉ちゃんの夢、純也さんならきっと理解して応援してくれるよ」


(だって彼は、わたしの夢も全力で応援してくれてるから)


 愛美の「小説家になりたい」という夢の後押しを最初にしてくれたのが、〝あしながおじさん〟――純也さんだったのだから。


「……ええ、そうですわね」


「ちょっと待って! 今の話、あたし初耳なんだけど。珠莉、あんたモデルになりたいワケ?」


「あ……、そういえばさやかちゃんは知らなかったんだよね」


 珠莉がさやかに話していなかったことが、愛美にはちょっと意外だったけれど。まぁ、この二人の関係はこんなものだろう。


「愛美は知ってたの? っていうかいつ聞いたの、その話」


「夏休みの初日、新横浜まで地下鉄で一緒になったからその時に」


「マジでー!? なんで愛美も教えてくんなかったのさ!? 知らなかったのあたしだけじゃん! 水臭いって!」


「ゴメンねー、さやかちゃん。わたしも色々あってバタバタしてたから言いそびれちゃって。珠莉ちゃん本人から聞いてるとばっかり」


 愛美は結果的にのけ者になってしまっていた親友に、手を合わせて謝った。

 〝色々〟とは作家デビューが決まったり、純也さんとの恋が実ったり、奨学金の申請が通ったり、そりゃまぁ色々である。


「あたし、あんたのノロケ話よりそっちの話がもっと聞きたかったよ。っていうか二人とも立派な夢とか目標があって、あたし正直羨ましい。あたしにはそういうの、何もないもん」


「えっ、そうなの?」


 これには愛美もビックリした。さやかは陸上部でバリバリやっているアスリートだから、当然「オリンピックに出たい」とか高い目標を掲げていると思っていたのだ。


「でも陸上頑張ってるじゃない。それで世界目指したいとか思わないの?」


「それは部活だからだよ。大学に進んでからも続けようとは思ってない。どっちみちあたしの実力じゃ、世界に太刀打ちなんかできっこないもん。結局のところは大学出てからフツーに就職して、フツーに結婚するのがオチなんじゃないかな」


「そんな、夢も希望もない……」


 呟きながら、愛美は考える。立派な夢があるのに両親に反対されているであろう珠莉と、家族には恵まれているけれど特にこれといった夢も目標も持っていないさやかはどっちが幸せで、どっちが不幸なんだろう、と。


「――ところで、両親の愛情に恵まれなかった子って、わたしが育った施設にもいたんだよね」


 珠莉の話で、愛美はふと〈わかば園〉にいた小谷涼介のことを思い出した。


「そりゃまぁいるだろうね。愛美みたいに親のいない子だけじゃなくて、色んな事情のある子が来るところなワケでしょ?」


「うん。その子、わたしの二つ年下の男の子なんだけど。その子ね、実のご両親から育児放棄されて保護されてきた子だったの。自分が産んだ子供を育てるのを放棄する親ってどうなの? 育てられないなら産まなきゃよかったじゃない、って園長先生もカンカンに怒ってた」


「へぇ……。世の中にはそんな親もいるんだね。それこそ親ガチャ大ハズレじゃん。っていうか、それと珠莉のこととどんな関係が?」


「あー、うん。夏に純也さんから聞いたから。彼のお母さまは進んで子育てをするような人じゃなかったって。だから今でも元家政婦さんのこと、実の母親以上にお母さんだと思ってるみたい」


「あら、お祖母ばあさまもそうでしたのね。私の母もそうですわ。娘である私のことより社交界でのお付き合いだとか、世間体ばかり気にしてらっしゃって。叔父さまにとっての祖母がそうだったように、私にとっての母も〝遺伝子上の母〟でしかないの」  


「…………」


 ということは、彼女も実質乳母うばとかベビーシッターさんに育てられたということだろうか。


「へぇ…………、今時いるんだそんな親。っていうかセレブの世界ではそれが当たり前なの?」


「いえ、違う……と思いますわ。わが一族が普通じゃないだけでしょう」


 施設育ちの愛美はもちろん、ごく一般的な家庭に育ったさやかにもそのセレブ独特な考え方は理解できなかった。


「……で、話戻すけどさ。その男の子が何だって?」


「あ、そうそう。その子のご両親ね、園長先生にお説教されて改心したはいいんだけど、今度はその子に逢いたいってちょくちょく園を訪ねてくるようになったの。自分たちで育てるのを放棄したくせに勝手でしょ? でも、ご両親のこと恨んでるその子は一度も会いたがらなかったんだけど」


「だろうね」


「その子今中三で、高校に進学させるためにご両親がまた無理矢理引き取りに行くんじゃないかってわたし心配で。夏休みにね、その子のことでおじさまにお願いしたの」


「お願いしたって何を?」


「その子が困ってたら、味方になってあげてほしいって。あと、できればその子の里親になってくれそうなご夫婦を探してみてくれませんか、って」


 もう十二月。そろそろ進路が決まる頃なので、〝あしながおじさん〟から連絡が来てもいいと思うのだけれど……。

 さやかも同じ気持ちだったらしく、ハッとしてこんなことを言った。


「だとしたらさ、もう引き取り手決まってないとヤバいよね」


「うん。おじさまか秘書の人から、そろそろ連絡来ると思うんだけど。――わたし郵便受け見るの忘れてたから、ちょっと見てくるね!」


「あ、待って待って! あたしも付き合うよ」


「私も一緒に参りますわ」



 ――というわけで、愛美は親友二人と一緒に郵便受けの確認に行った。すると……。


「――あ、手紙が来てる。おじさまの秘書さんから」


「やっぱ来てたねー。どうする、ここで開けてみる?」


「ううん、部屋に戻ってから開けるよ」


 愛美は早く内容を確かめたくて、早足で部屋に戻ると急いで手紙を開封した。



****


『相川愛美様。


 あなたからお願いされておりました件で、ボスよりご伝言がございます。

 〈わかば園〉の小谷涼介様の件でございますが、静岡にお住まいのご親切な夫妻に養子として迎えられたそうでございます。

 そのご夫妻はボスの古くからの知り合いでございまして、長年の不妊治療の甲斐もなくお子様に恵まれなかったようです。

 そこで、ボスから「養子を迎えるお気持ちはありませんか」と提案したところ快諾し、実際にお目にかかってみて引き取りをお決めになったそうでございます。

 涼介様はご夫妻の計らいで、静岡県にありますサッカー強豪校へスポーツ推薦枠で進学することが決まったそうでございます。

 ご報告が遅くなってしまい、申し訳ございません。きちんと決まってからお知らせした方が、愛美様も安心されるだろうとボスが申しておりましたもので。

 心優しいあなたのお願いを、ボスも私も微笑ましく思っております。もうじき冬休みでございますね。どうぞ有意義にお過ごし下さいませ。


                     久留島 栄吉』


****



「――よかった……」


 手紙を読み終えた愛美はホッとした。おじさまは――大好きな純也さんは、愛美の願いをちゃんと聞き入れてくれて、しかもいちばん安心できる方法で問題を解決してくれたのだ。


「ホントよかったね、愛美。あんたこの子のこと心配してたんでしょ? これでやっと安心して冬休み迎えられるし、執筆にも集中できるじゃん」


「執筆はともかく、冬休みはあまり安心できないかもしれませんわよ。……お誘いした私が言うのも何ですけど」


 珠莉がそこまで言うのだから、辺唐院家は本当におかしな家だということだろうか。

 これから書こうとしている小説の元ネタ、山崎やまざき豊子とよこの『華麗なる一族』は文庫本を持っているけれど、読んだのがだいぶ前だったので詳しい内容までは愛美も憶えていない。


「……わたし、夕食前にちょっと『華麗なる一族』の本を読み直してみる」


「えっ、今から!? あれって確か相当長かったような」


「うん。一度には読み切れないから、毎日少しずつ読むの」


 愛美はそう言うと、自分の本棚から分厚い文庫本を引っぱり出してページをめくり始めた――。



****


『拝啓、あしながおじさん。


 お元気ですか? わたしは今日も元気です。

 二学期の期末テストも無事終わって、わたしは今回も学年で三位になりました! 奨学生としてちゃんと勉強を頑張ってます。そして、作家としての活動も次のステップへ進もうとしてます。そのことはまた後で書きますね。

 まず、おじさまにお礼を言わないと。小谷涼介君のこと、どうもありがとうございました。今日、秘書の久留島さんからお手紙が来てました。

 リョウちゃんは静岡に住む優しいご夫婦に養子として迎えられて、しかも静岡のサッカー強豪校に推薦で進めるんですよね。おじさまが直接お願いしてくれたって、久留島さんからの手紙に書いてありました。

 お子さんに恵まれなかったご夫婦ならきっとリョウちゃんのことを大事にして下さるだろうし、リョウちゃんも大好きなサッカーに打ち込めるし、わたしが望んだいちばん最高の形になって、わたしも嬉しいです。本当にありがとう、おじさま!

 さて、ここからが本題です。わたし、この度長編小説を書くことになりました! この小説は書き下ろし作品として刊行される予定です。もしかしたら短編集が先に刊行されるかもしれませんけど。

 今日の午後、わたしの担当編集者さんが横浜まで来てくれて、このお話を打診してくれたんです。もちろんこれまでどおりに短編のお仕事もあって、その原稿料ももらえて、書籍が刊行されれば印税も入ります。題材もわたしに任せてもらえるそうです。

 で、わたしが選んだ題材は「令和版・『華麗なる一族』」。セレブの一族で育ったけど家族や親せきと折り合いのつかない青年が、自分自身の手で自分の人生を切り開いていく、というストーリーにしようと思ってます。

 このヒーロー像、誰かさんに似てると思いませんか? そう、純也さんがモデルなんです! 彼の生き方とかって、小説の題材に持って来いじゃないですか?

 ちょうど冬休みに珠莉ちゃんのお家でお世話になるし、純也さんも今年の冬は実家に帰るって言ってくれてるので、めくるめくセレブの世界について色々取材しようかな、って。

 珠莉ちゃんも純也さんも、自分が生まれ育ったお家のこと好きじゃないみたい。ご両親の愛情を感じたことがほとんどないって言うんです。さやかちゃんはそのことを「親ガチャでハズレを引いた」って表現してます。おじさま、「親ガチャ」って言葉は知ってましたか?

 子供は親を選べないから、どんな親の元に生まれてきても文句は言えないんでしょうか? そういう意味では、リョウちゃんも「親ガチャに外れた」一人ってことになりますよね。もっといいご両親の子供として生まれてたら、ネグレクトなんて受けなくて済んだのに。

 わたしは両親のことをほとんど知らされてないけど、多分親ガチャには外れてなかったと思います。でも今回のことがあって、自分の両親のことをもっとよく知りたいって思うようになりました。いつか〈わかば園〉に帰って、園長先生から詳しいお話が聞けたらいいな。

 もうすぐ冬休みです。おじさまもどうかお体に気をつけていい年末年始をお過ごし下さい。                かしこ



    十二月十九日        長編執筆に張り切ってる愛美』 


****   

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