雑多な人が行き交う渋谷ハチ公前。休日出勤のサラリーマン、外国人観光客、家族連れ、男女のカップル、次々と目の前を通り過ぎて行く。そんな中、私はとても仲睦まじそうな女子高生のカップルの姿を目にした。
(もう3年前かぁ……)私は女子高生カップルを見て、アイリと初めて出会った時の事を思い出した。
アイリとの運命の出会いは、中学卒業と同時に静岡から東京に引っ越してきた時の事。当時の私は人との関わりを避けていて、いつも独りぼっちで過ごしていた……。何故避けていたのか?それは…私が疫病神だったから…。
小学生の時、私と仲良くなった友達はみんな厄災に見舞われた。仲の良かった両親が突然離婚した子、家が火事になった子、そして…交通事故に遇った子も……。そんな事が立て続けに起こり、ある日一人のクラスメートから、『
ある日、私はいつものように一人体育館裏で食事をしていると、「えぇ~と……失礼?」と、一人のギャルっぽい女子に声をかけられた。それがアイリだった。
「あたしもここで食べて良いかな?」
「…どうぞ」
「ありがとう!…よいしょっと。いただきまぁーす!」アイリは私の隣に座って、購買部で買ったお弁当を食べ始めた。
「んん~!マジ美味しぃ~!!このカレー弁当、すっごく人気だからすぐ売り切れちゃうんだよねぇ。買えたのはまさに奇跡だね!うんうん!」
「…何の用?」と、私は聞いた。
「ん?用なんて別にないけど、ただ一緒に食べたいなぁと思っただけ」
「なんで?」
「いやなんかさ、君っていつもここで食べてるのを見かけるからさ。それもすっごく暗ぁ~い表情で。だから、何か悩んでる事でもあるのかなぁ…と思ってさ」
「あなた、私のストーカー?」
「いや違うし!」
「じゃあ構わないで」
「まぁまぁそう言わずに。ほら、こんな風にちょっと笑ってみたら?どんなに辛い事があっても、笑えば少しは元気になると思うよ!ほら、ニコニコ~!」
彼女の馴れ馴れしい態度に私はイラッとし、お弁当をさっさと食べ終えてその場から立ち去ろうとした。
「あっ!ちょっと待って!」と、彼女は私を呼び止めた。「えぇと確か、神崎さん…だったよね?神崎りこさん」
「なんで知ってるの?」
「いや同じクラスじゃん!」
「そうだっけ?覚えてない」
「えぇ~マジかぁ……それじゃ!」彼女はそう言って立ち上がって、私に右手を差し出した。「あたしはアイリ!
握手を求める彼女に私も一瞬手を差し出そうとしたが、すぐに引っ込めた。
「…もう私に話しかけないで……」と言い捨てて、私は教室に戻った。
私の席は窓際の一番後ろの席で、アイリはその列の一番前だった。
(本当に同じクラスだったんだ…)
授業中、アイリは時々私の方に振り向き手を振った。
「それじゃ明星さん、これを解いてみてください」
「…あっ、はい!!えぇ~と、4 エックス かっこ ワイ プラス 2 マイナス ワイ プラス 2 は…」
「…今は英語ですよ?いつまで数学をやってるんですか?」
「あちゃ~、ノート間違えちゃったぁ~」
教室中が大笑いに包まれた。
(変な人……)
その後もアイリは何度も私の所にやって来た。私がいくら振り払おうとしても、彼女は私から離れようとはしなかった。
「神崎さん!良かったら一緒に帰らない?」
家に帰ろうとする時にまですり寄って来た彼女に対し、私はついに溜まりかねて、「もういい加減にして!」と怒った。「なんでそんなに私に付きまとうの!?」
「いやその、せっかく同じクラスなんだし、友達になりたいなぁって思って…。仲良くなれればさ、お互いの悩みも打ち明けられるし…助け合う事だって…」
「友達なんていらない!!」私は思わず怒鳴ってしまった。「……私は一人が良いの。余計なお節介はやめて」
「それ嘘だよね」
「え?」
「君、独りぼっちは嫌だって顔してるよ……本当は辛いんだよね?」
私はアイリに図星をつかれた。
「……もうほっといて!!」
私はその場から逃げ去った。全て彼女の言う通りだった。私は友達が欲しかった…でも、私は疫病神、私と友達になった人は不幸になる…と、私は何度も自分にそう言い聞かせた。
次の日の土曜日、私は自宅近くのコンビニへとやって来た。母に頼まれた牛乳を手にレジへと向かうと、「いらっしゃいませ!」聞き覚えのある声がした。
「あっ……」
「あれつ!?神崎さん!!」
アイリがいた。
「な、なんでここに?」
「え?あたし、ここでバイトしてるんだよ」
「そ、そなんだ……これ、ください…」
「はいありがとうっございます!…そうか、この近くに住んでたんだね」
「う、うん……あなたもなの?」
「あたしは向かいのマンションに住んでるんだ。良かったら遊びに来て良いよ」
「いくら?」
「あぁごめん。257円です!」
私は会計を済ますとさっさとお店を出た。
「あっ!ちょっと待った!」アイリが私に駆け寄って来た。
「…なに?」
「いやその…実は頼みがあって……」
「頼み?」
「うん。明日って何か予定ある?」
「別にないけど…」
「良かったぁ!じゃあさ、明日私と一緒にお出かけしない?」
「はぁ?なんで?」
「いやそのぉ……実はさぁ……別れちゃってさぁ、彼氏と」
それを聞いた私は、(やっぱりこの子にも不幸な事が起きた)と思った。
「……言ったでしょ?もうほっといてって…」
「ねぇお願いだよぉ~!!明日付き合ってよぉ~!!」
「ちょ、ちょっ!!」アイリが私にしがみついた。「他の人を誘えば良いでしょ!!」
「みんな予定が入ってるから行けないって断られちゃったんだよぉ~!!」
「じゃぁ私も明日忙しいので」
「さっき予定ないって言ったじゃぁ~ん!!ちょっと付き合ってくれれば良いからさぁ!!ね!?この通り!この通り!お願いしますよぉ~!!」アイリはその場で土下座にながら必死に懇願した。通行人やお店から出てきた人達が私達を見ていた。これには流石に私も焦ってしまった。
「ちょ!や、やめてよ!!わ、分かった!分かったからもうやめて!!」私はついそう返事してしまった。
「ほんと!?」アイリはすっくと立ちあがり、「じゃぁ明日9時、ハチ公前で待ち合わせね!待ってるよぉ!!」と、お店に戻った。
(な、なんなのあの人……)
翌日…。
「良かったぁ~、来てくれたんだね!」
「……言っちゃった以上来るしかないから…」
私は仕方なくアイリと付き合う事にした。
「…で?どこ行くの?」
「えぇ~とまずはねぇ、これ!」と、アイリはスマホ画面を見せた。〈君に送る花束〉という恋愛映画の画像が提示されていた。
「これのペアチケットを予約したんだ。バイトが忙しくてなかなか時間取れなかったんだけど、上映最終日はどうにか予定が空けられたんだよ。それなのにアイツ、あっさりと振りやがってぇ~…!」
「つまり…私は穴埋めってわけだね」
「ぐっ!そ、そんな言い方しないでよぉ~…。まぁとにかくさ、今日は2人で楽しも!さぁ行こ!!」
私はアイリに手を引かれて映画館へとやって来たが……。
《お客様にお知らせ致します……9時30分上映予定の〈君に送る花束〉は、映写機の故障のため、急遽上映中止となりました……お客様に大変なご迷惑をおかけしました事、深くお詫び申し上げます……》と、着いて早々上映中止のアナウンスが流れた。
「でぇぇ~!!噓でしょぉ~!?とほほ……」
またしても不運な事が起こってしまった。
「はぁ…チケット代は返却してもらったけど、映画館来たのに何も観ずに帰るのはなぁ……ねぇ、なんか観たいのある?」
そう聞かれたので、私は「じゃあこれ」と適当に上映中作品のポスターを指さした。
「え?…こ、これって……」
〈ゾンビの祝祭日〉という、明らかにホラー映画だった。
「こ、これが観たいの…?」
「嫌なの?」
「嫌…じゃないよ!よぉし観よう!」そう言って、私と一緒にホラー映画を鑑賞した。
約1時間半、アイリは私の腕にがっしりとしがみつき、ガタガタ震えながら冷や汗を掻いていた。
(怖いなら断ればいいのに……)
映画を無事に観終えて、アイリは安堵の息を漏らした。
「じゃあ次行くか」
次にアイリが連れて来たのは、最近新しくできた水族館だった。
「わぁ~!見て見て!!」
トンネル水槽を、色鮮やかな魚達が悠々と泳いでいた。
「綺麗だなぁ~!まるで空を飛んでるみたい!」
アイリはまるで小さな子供のようにはしゃいでいた。
その日はちょうど、深海生物の特設コーナーが期間限定で設けられていて、アイリはこれ目当てで彼氏と来る予定だったらしい。今人気のオオグソクムシやイガグリガニなど、見た目が少しグロテスクなのもいれば、メンダコやコンペイトウという可愛らしいのもいた。
アイリはそれぞれの生物達をまじまじと見ながら私に言った。
「深海生物ってさぁ。見た目は確かにちょっときもちわるいんだけど、でもよく見ると可愛いし、癒されるんだよねぇ~」
でも、私は違った。明るい光が差す青い海の中を泳ぐ魚達と違い、暗く静かな海底で生きる深海生物達…。私も人間世界の仄暗い場所で生きているような人間だけれど、深海生物は、アイリのような人達に癒しを与え、楽しませている。けれど私は…関わった人が不運と不幸に見舞われる……私は似て非なる存在なんだと思うと、見ていてなんだか気持ちが落ち込んでしまった…。
「あっ!そろそろ時間だね!」
「えっ?」
「アシカとイルカのショーだよ!さぁ行こ!!」とアイリは私の手を引いてショーの会場へと向かった。
(どこまでマイペースな人なの…?)
会場にやって来ると、私達は一番前の座席に座り、ショーを鑑賞した。可愛いアシカ達と、、プールで繰り広げられるイルカ達の華麗なパフォーマンスに、アイリは大はしゃぎだった。
「さぁ続いては、大ジャンプによる輪くぐりです!水面から約6メートルの高さの輪くぐりにモモちゃんが挑戦してくれます!モモちゃん頑張ってね!」
モモちゃんというイルカは『キューキュー』と返事してプールの底まで潜り、水面に向かって勢いよく飛び上がった。輪くぐりは成功し、会場は拍手で覆われた。ところが、モモちゃんが私達の目の前の水面に落ちた瞬間…。
「うひゃ~!」
プールの水がアイリにダイレクトにかかり、びしょ濡れになってしまった。
「だ、大丈夫!?」
「つ、つべたい……」
スタッフさん達はとても親切で、服が乾くまでアイリにタオルとジャージを貸してくれた。
水族館を出た私達は、近くのレストランで食事をした。
「ん~!やっぱりカレーライスは最高だね!」
アイリはずっと楽しそうにニコニコ笑っていた。彼氏に振られた上に、観たかった映画は観れず、イルカに水をかけられた…これだけ不幸や不運が続いたのに、何故こんなに明るくいられるのだろうかと、私は思った。
「ふぅ~!食べた食べた!!あれ?神崎さん、オムライスあまり食べてないみたいだけど、体の具合が悪いの?」
「い、いや…そんなんじゃない……」
「そう……」
私はとても食べれる気分ではなかった。
「…ねぇ神崎さん、もし辛い事か何かで悩んでいるなら、あたしが相談に乗るよ?」
また要らぬお節介が始まったと私は思った。
「別になんでもない……」
「そう…か……。今日はさ、あたしが奢るよ!」
「いいよそんな…」
「良いから良いから!今日は無理に付き合ってくれたんだし、これぐらいはしなきゃね!」
食事を終えて、私達が会計をしようとレジに向かった。けどその時、レストランに走って入って来た小さな女の子がアイリにぶつかった。
「わわっ!!」アイリはよろめき、後ろの方へと倒れた。後ろには、配膳ワゴンで鉄板ステーキを運んでいる店員さんがいた。
「危ない!!」
「……おっと!お嬢ちゃん大丈夫かい?」
運よく通りかかったお客さんがアイリを受け止めてくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
「エリ!!だから走ったら危ないって言ったでしょ!!」女の子の母親らしき女性が駆けてきて、女の子を叱った。「本当ににすみません!!」
「あぁいいえ、全然大丈夫ですから、あまり叱らないで上げてください」アイリはそう言うと、女の子に話しかけた。「怪我はない?」
「うん、だいじょうぶ」
「良かった。これからはちゃんと気を付けようね」
「ごめんなさい…」
「うん!良い子良い子!」アイリは女の子の頭を優しく撫でた。
(やっぱり……私は疫病神だ!!)と、私は居た堪れなくなり、その場から逃げ出した。
「ちょっ!神崎さん!!」
(やっぱり私には……友達なんて出来ないんだ!!)私は無我夢中で走っていた。
「待ってよ神崎さん!!」
反対側の道路へ行こうと歩道橋を上った所で、アイリが私の腕を掴んで止めた。
「離してよ!!」
「一体どうしたのさ!!なんで逃げるの!?」
「私は人を不幸にするんだよ!!」私は勢いでつい叫んでしまった。
「え?」
「…私に関わった人は、みんな不幸になっちゃうんだよ……」
「ねぇ神崎さん、ちゃんと話して?どういう事なの?」アイリは真っ直ぐに私の顔を見て聞いた。真剣な眼差しの彼女に、私は自分が疫病神だと言われてきた事をようやく話した。
「そうか…そうだったんだね……。でも神崎さん、あたしハッキリ言っちゃうけど、疫病神だとか災いだとか、あたしはそういうオカルトじみた事は一切信じないよ」
「な、なんで!?」
「人間生きていればさ、偶然にも不幸が幾つも重なっちゃう時ってあるもんじゃん?それより、神崎さんを疫病神だなんて揶揄ったその子の方がおかしいよ。そんな言葉を真に受けて、一生自分の殻に閉じこもる必要なんてないんだよ」
「で、でも!私と一緒にいた所為で、明星さんは今日何度も不運な目に遭ったじゃん!」
「例えば?」
「さ、さっきレストランで倒れた時とか…怪我してたかもしれないんだよ!?」
「でも他のお客さんが助けてくれたじゃん」
「イルカに水をかけられたり…」
「一番前の席に座ったんだから水ぐらいかかるよ」
「映画が観れなくなったのは!?」
「それも偶然。あそこは前にも2・3回くらい故障した事あるし」
「じ、じゃあ彼氏さんは!?」
「あぁそれは…」
「私に話しかけてから別れちゃったんでしょ?……やっぱりそうなんだよ……。私は疫病神…誰とも仲良くなっちゃいけないんだよ……」
「よぉし!」はアイリは私の反対側の方へと走った。10メートルくらい離れると、突然歩道橋の柵に上り始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
「君がいる所まで渡りきってみるよ!」
「なに言ってるの!?」
「神崎さんが疫病神じゃないって事を、今ここで証明してあげる!」
「危ないよ!!」
「あたし、君を助けたい!!」彼女はそう言うと、両腕を左右に広げてバランスを取りながら、柵の上をゆっくりと歩き始めた。
歩道橋を上ってきた人達も驚いて立ち止まり、アイリを見ていた。
「ねぇ!お願いやめてよ!!」
「動かないで!!」
徐々に私の方へと歩いて来るアイリ。途中で若干ぐらつき、私は思わず目を覆った。それでもアイリはすぐに態勢を整え、また歩き始める。
5メートル…4メートル…3メートルと近づくアイリ…。私が彼女が落ちないよう必死に祈った。
2メートル…1メートル……ようやく手の届く所までアイリがやって来た。
「明星さん!!」私はすかさず手を伸ばした。そして、アイリは私の手を掴んで柵から降りた。着地して足を躓かせたアイリを慌てて抱き止める。
「はぁ…はぁ…ありがとう。ほら、大丈夫だったでしょ?あたし、バランス感覚には自信があるんだ!」その瞬間、私の右手が彼女の頬を叩いた。
「ばか!!何考えてるの本当に!!無鉄砲にも程があるよ!!」
「ご、ごめん……」
「…良かった……良かった…無事で良かった……!…うぅっ……!!」私はその場で泣き崩れてしまった。
「おい君達!何してるんだ!!」
「あっ!やばい!!」
パトロールをしていたお巡りさん達がやって来て、私達は逃げ出した。アイリは私の手をしっかりと握り、人混みをかき分けながらひたすら走った。
どうにか逃げきった私達は、中央公園のベンチに座り込んだ。
「はぁ~…いやぁなんとか逃げられたぁ~あはは……」
「あははじゃないよ……。もうあんな事、二度としないでよね」
「ごめんごめん。でもさ、これで分かったでしょ?君は疫病神なんかじゃないって。橋も渡りきれたし、お巡りさんからも逃げられた。あ、それともう一つ」
「なに?」
「あたし、彼氏に振られたって言ったでしょ?あれ嘘」
「…へっ!?」
「ていうか、彼氏なんて元々いないし」
「はぁ!?なんでそんな嘘付いたの!?」
「いやだって…そう言わないと付き合ってくれないだろうなぁと思ってさ……」
「…なんでそこまでして私の事を?私がどんな人間なのかもよく分からなかったのに……」
するとアイリは答えた。
「確かに…君の全部が分かったわけじゃないけどさ……なんだかね、昔のあたしとどこか似てる気がしたんだよ」
「昔のあなた?」
「うん……あたしは今はこんな感じだけどさ、小さい頃は内気で人見知りで、いわゆる陰キャってやつだったんだよね」
(とても信じられない……)
「あたしがこうなれたのは、お母さんのおかげなんだよ」
「お母さんの?」
「うん…」
アイリは私に、母親との思い出を話してくれた。
「あたしのお母さんは、誰にでも優しくて、いつどんな時も、明るく元気にニコニコ笑っていた素敵なお母さんだった。近所の人達も、そんなお母さんの姿にいつも元気を貰ってたんだって。でもその頃のあたしは陰キャだったから、仲の良い友達なんていなかったし、いつも暗い顔をしていた。その所為でクラスメート達から、〈死神〉とか〈幽霊〉とかよく言われたよ……。お母さんはそんなあたしを何度も励まそうとしてくれていた。
『アイリ、どんなに辛い事があっても、こうしてニコニコ笑っていれば大丈夫だよ。だから笑ってごらん?ニコニコ~!』
でも、あたしにとってはそれがとても辛かった…。こんなに明るいお母さんから、なんであたしみたいなのが生まれてきちゃったんだろうって……。あたしはお母さんに、『お母さんにはあたしの気持ちなんて分からないんだよ!!』って、つい怒鳴っちゃったんだ……。
そんなある日、お母さんが突然倒れて、お父さんが急いで救急車を呼んだ。病院に運び込まれたお母さんは、検査の結果、末期の胃癌で、もって後半年と診断された……。あんなに明るくて元気だったお母さんが癌を患っていたなんて、とても信じられなかった……。その時、あたしは本当に死神なんじゃないかと思っちゃったんだ……。その事をお母さんに話したら、『そんなわけないでしょ。だってアイリは、お母さんの子だもん』って、優しく微笑んでくれた。あたしは何度も何度もお母さんに謝った。するとお母さんも、『大丈夫だよ』って何度も言ってくれた。
そして、抗がん剤治療が始まった。瘦せ細って…髪は抜け落ちて…もう嘗ての面影は消えていた……。でもお母さんは必死に癌と戦ったの。また元の生活に戻りたい…元気になって、アイリを笑顔にしてあげたいって……でも叶わなかった……。
半年後、とうとうお母さんと別れる時が来た……。お母さんは、あたしの手をぎゅっと掴んで言ったんだ。
『アイリ……ごめんね…。アイリの気持ち、分かってあげられなくて……』
あたしは初めてお母さんの悲しそうな顔を見た……。学校であたしが揶揄われていたのを知らずにいた事が、凄く辛かったんだなぁって伝わってきたんだ……。だからあたしは泣くのを堪えて、『お母さん、ありがとう!大好きだよ!』って、笑顔で答えた。その時のお母さん、とても嬉しそうに笑ってたなぁ…お母さんの最期の笑顔は、今でも忘れないよ……。そして思ったんだ。あたしは死神なんかじゃなくて、天使になりたい…、お母さんみたいな、人を笑顔にできる天使になりたいって…。おかげでもう揶揄われなくなったし、今ではこの通り!ヘヘヘヘ!」
アイリの話を聞いて、私は「ごめんなさい」と謝った。「余計なお節介だとか、色々と酷い事言っちゃって……」
「んまぁ、お節介なのは間違いないかもね。えへへへ」
「……ありがとう、明星さん」
「…アイリって呼んでほしいな」
「え?」
「いやなんかさぁ、苗字で呼ばれるとなんかむず痒い気がして…それにさ、あたし達は同じクラスの友達でしょ?へへっ!」
「……アイリ……ありがとう、アイリ」
「こちらこそ!よろしくね、りこ!!」と、アイリは満面の笑みを浮かべた。明るくて優しいその笑顔を見た瞬間、胸がとても温かく感じ、私も自然と笑顔になっていた。
「じゃあ行こっか!りこ!!」
「うん!アイリ!!」
差し伸べるアイリの手を取ったその瞬間、私は…閉ざされた心を救う天使…、信頼できる最愛の友達に出会えたのだと、心の底からそう思った。
そして、あれから3年……。
「……………」
「りこ!お待たせ!!」
「アイリ!びっくりしたよもぉ~!」
「どうしたの?ぼぉ~っとしちゃって」
「ん?思い出してたの。私達が出会った時の事」
「あれからもう3年経つんだねぇ…」
「うん…」
私達は同じ大学に進学し、こうして今も一緒にいる。
「じゃあ、行こっか!りこ!!」
「うん、アイリ!!」
そしてこれからも、明るくて優しいお節介な天使と一生一緒にいられるようにと、私は心から願った。